ミゲル(コロンビア)

 

ミゲルを一目見て彼の職業を当てるのはとても困難です。

左の耳に銀色のピアスが3つ。筋肉もりもりのマッチョで精悍な体つき。右手には銀色のブレスレットとミサンガ。今は短くしていますが、昔の髪型は肩まで届く長髪。スペイン語訛りの強いゆっくりした、しかし凄みのある英語。ちょっと皮肉な笑いを浮かべた口元。離婚歴あり、子供2人。もと奥さんはこの世のものとは思えないほど美しい、黒髪のコロンビア女性。趣味は、ビールを飲むこと、ジムに行くこと、そしてサルサ。Methaもよくミゲルに連れられて週末のサルサに行ったものです。素人目にも彼の踊りはかなりのもので、サルサの時のミゲルは激しくカッコ良かったのを覚えています。Methaではとても相手になりませんでした。

ミゲルとMethaは同じコースで学ぶ経済学の大学院生でした。大学院に来るまでは、ミゲルはコロンビアの経済企画省のエコノミストをしていました。そうです。「お役人」です。

また同時に、サンタフェ・デ・ボゴタ大学でマクロ経済学を教えていました。そうです。「大学講師」です。

 

こんなフザケたルックスの役人兼講師がいていいものだろうか???Methaはいつも思っていました。

 

Methaとミゲルは近所に住んでいたので、彼はよくMethaのノートやレポート、過去の試験問題を借りに来ました。しまいには電話まで借りに来るようになりました(ミゲルの家に電話がなかったので)。

それにミゲルは、Methaの家に時々置いてある日本の雑誌が大好きだったのです。Methaの家にはa●-a●とかn●n-noとか、そういうカワイイ雑誌はありません。SP●!とか週刊●春とか、週刊●潮とかいったオジサマ雑誌が何故か時々入手できたのです。ミゲルはそういう雑誌のグラビアのページを見るのが大好きだったのです。

「おおーっ、この女の子、かわいいなぁー…」

ミゲルは表情も変えずに一心不乱にグラビア写真に見入っています。そしてはっとしたようにを顔を上げ、フシギそうな顔をしてしげしげとMethaを見つめるのです。…ミゲル、あんた、わたしを怒らせたいの?

 

「あんたの奥さんがどうして離婚したかったか分かるような気がするよ、ミゲル」

「ん?そうか?Methaには分かるか。俺にはわからんな。俺は女性の気持ちは全然わからん」

「そうだろうねぇ」

「うちの奥さんはメス豹だったな。いつも、キィー!と言っては俺を引っ掻いてたなぁ。未だに俺には全然理由が分からないんだが・・・」

「…そうだろうねぇ」

「そう言えば今フラットをシェアして住んでいるイタリア人の女の子も、俺に向かっていつもキィキィ言ってるなあ。何故俺のまわりにはそんな女性ばっかりなのだろうか」

「……そうだねぇ……」

 

ある日、ミゲルは少ししょげた感じでMethaの家にやってきました。

「どうしたの、元気ないじゃない」

「大切に育ててきたグリーンが枯れてしまったんだ」

ミゲルがガーデニングが趣味だったとは全然知りませんでした。女性の面倒は見られないけど、植物には愛情を注ぐことができるのねぇ、ミゲルも。

「残念だったわね。大切なグリーンだったの?」

「大きくなるのをすごく楽しみにしていたんだ。やっぱりイギリスの気候が合わなかったのだろうか」

「日光に沢山あてなくちゃいけない植物だったの?」

「ああ。あと、アイスクリームの箱(注:外国ではアイスクリームは1リットル入りのでっかいプラスチックの箱に入って売っています)で育てたのが悪かったのかな…。水はけが悪かったのかもしれん」

「は?アイスクリームの箱?」

 

大切な植物をアイスクリームの箱なんかに土を入れて育てるかな?Methaは不思議に思いました。

 

「ああ…俺のいとしの草ちゃん(My pretty grass)…」

えっ???いとしの草…グラス?

 

「ちょ、ちょっと、ミゲル、それって、グラスって、もしかして」

「やっぱり日光が足りなかったんだ。ちくしょう!わくわくしながらずっと待ってたのに…」

「ミ、ミゲルーッ!!!!!」

 

そうです。ミゲルが育てていたのは、グラス、でした。大麻です。麻薬です。(麻薬取締り当局の皆様、申し訳ありません。過去の話です。それにどのみちミゲルの野望はイギリスの気候にはばまれてしまったのです。未遂です。許してやって下さい!!!)

さすが、コロンビア(と言ってしまって良いのでしょうか?)、さすが、ミゲル。何だかよくわかりませんが、こういうことを淡々と話すミゲルに、Methaはとても感動したのです…。

こいつは、タダものではない、と。たしかに彼はタダものではありません。

 

大学院を終えてからも、Methaとミゲルはずっといい友達でした。彼はコロンビアに帰ってからもあいかわらずマイペースな人生を送っていたようです。何回か彼がヨーロッパに遊びに来た時に会ったりしていました。

しかし1999年1月のコロンビアの大地震のあと、「ボゴタは大丈夫だったから心配するな」というメールが来たきり、ぷっつりと音信が途絶えました。大学院時代の友人に聞いても、誰も消息を知りません。

 

どなたか、コロンビアでピアスをしたガタイの良い、サルサを踊るエコノミストを見かけたら、Methaにご一報下さいね。

 

(ミゲル・おしまい)

 

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