2. オクサナ

 

 

アルメニアの女の子は、ものすごくおとなしい子ばかりです。動作も物静かで緩慢、話し声もおっとりゆっくりしています。しかし服装は結構ハデです。普段のお化粧にも隙がありません。おそらく多くのアルメニアの男性はそういう「いかにも女らしい」女の子が好きなのでしょう。

 

ところがオクサナはモーレツに元気なアルメニア・ギャルです。Methaは、オクサナほどうるさいアルメニア人の女の子を見たことがなかったので、最初はたじたじとなりました。しかしじきにMethaとオクサナは大の親友になったのです。だってオクサナは、いくらMethaがおどおどしていても、一向に構わずにがんがん電話をかけてきて、「お茶にいくわよっ!いいわねっ!」と誘ってくれるのですから。

 

オクサナの趣味はいろいろありますが、そのうちで最もキョーレツなのが「手術の見学」です。オクサナは病院の事務の仕事をしていたのです。

「わたし、手術を見るのが好きなのよ〜」

オクサナはいつもうっとりしてそう言っていました。

 

1991年にアルメニアが独立すると、まずロシアが電力の供給をストップしました。1992年の新年を迎えるとすぐに、計画停電が始まりました。2月にはついに1日20分の電力供給になってしまいました。さらにトルクメニスタンからのガス供給もストップされました。もちろん家でお湯を沸かすこともできない、本も読めない。外気がマイナス10度を下回る中で暖房もない。暗くなると毛布にくるまってじっと耐える生活でした。

「それでも何故か、みんな毎日仕事に行ってたのよねぇ。今考えても不思議だわ。電気がないからトロリーバスだって動いてないのに、2時間も歩いて通勤したのよ。きっと生活をできるだけ正常に送ろうとする無意識の努力だったのね」

「Metha、分かるでしょう。この病院、何にもないのよ。満足な手術道具もないし、手術室のライトだって壊れてる。薬だって満足にないし包帯だって足りない。そういう状況でも、うちのドクター達はすごく難しい手術を次々とこなしていくのよ…。それがとてもかっこいいのよ!わかる?Metha!!」

そしてオクサナはその「かっこいいドクター」のうちの一人と電撃結婚し、一児の母となりました。赤ちゃんはジグランと名づけられました。

 

ところがその後Methaがオクサナに会ったとき、オクサナはぽつりと言いました。

「Metha、わたしたちね、アルメニアを出るかもしれない」

 

「どうして?どこに行くの?ジグラン生まれたばっかりじゃない」

「スペインで親戚が働いてるのよ。それを頼って移住しようかと思ってる」

「移住って、大変だよ、オクサナ」

「わかってる。去年まではわたし自身は移住のことはあまり考えてなかったんだけど、ジグランが生まれて、考え始めたの。Metha、この国はもうだめかもしれない。生きていくのがどんどん難しくなってきてるような気がする。こんなのじゃ、ジグランを育てられない」

「オクサナ…」

 

Methaには何も言えませんでした。

様々なデータや指標を見ると、アルメニアの経済社会は決して悪い方向ばかりに向かっているようには見えません。けれども実際にその中に身をおいてみると、表現しようの無いネガティブなスパイラルを感じます。人々が、社会全体が一様に沈滞し、後ろ向きになっているなような気がするのです。

 

今、アルメニアからはどんどんと人が出て行っています。

「Metha、わたしがんばるわよ。がんばるけど、正直なところ、いつまでもつかわからないの」

別れ際、オクサナはそう言って笑いました。

 

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