4.パーシャ

無職ですが、何故かお財布にはドル札が束になって入っています。無職ですが、何故かバカ高いレストランでMethaにご馳走してくれます。無職ですが、家には豪華絢爛なシャンデリアが輝き重厚な調度品がひしめき合っています。・・・これは一体どうしてだろう??Methaは常々思っていました。
ある日パーシャがモスクワに到着したMethaをシェレメチェボ空港に迎えに来てくれた時のことでした。
「Metha、ほら見てみろ。新しい車を買ったんだ」
見ると、ダークブルーのピカピカのボルボです。Methaは車のことはよく分かりませんが、それでも何となくすごく高そうな車だということは分かりました。
「ひゃああ〜。どうしたの?また車、替えたの?今度はすごそうな車じゃないの」
「へっへっへっ、気に入ったか?Methaのために買ったんだゼ」
「わははははー。うそだー」
「冗談だよ。当たり前だろ」
そのようなバカな会話をしながら助手席に乗りこんだMethaは、早速好奇心を押さえきれずにパーシャに向かって聞きました。
「ねぇねぇ、この車、いくらしたの?中古車でしょ?」
パーシャは吸っていた煙草の煙にごほごほとむせ返り、そして少し考えてから言いました。
「うーん、値段か。Methaには正直に言っちゃおう。9千ドルだ。3年目ぐらいの中古車だな」
「きゅ、きゅうせんどる?」
Methaは思わず叫びました。ちょっと安すぎやしないでしょうか?日本円に換算して100万円弱です。
「なんだよ、Metha。何で驚くんだ。高いからか、安いからか?」
「安すぎるよ。・・・ああ、きっとヤバい車なんだね、これ」
「わははは。Methaは良く分かってるな。ま、このモスクワでヤバくない車なんてないからな!別に秘密じゃないさ!」
パーシャはぐい〜ん、とアクセルを踏みながら笑いました。
パーシャによると、この車は「とっても親しい友人」から買ったのだそうです。その「とっても親しい友人」は3年前に新車(あるいは新車同様の状態)で1万5千ドルぐらいで「しかるべきルート」から購入しました。「しかるべきルート」というのは、西ヨーロッパに本拠地を置き東ヨーロッパや旧ソ連諸国向けに盗難車を売りさばくブローカーのことです。
「ふーん、じゃあこれも盗難車なんだー。そうか・・・ひょっとしてこの車はアウトバーンか何かをぶっ飛ばすはずだったのに、何の因果かこんなモスクワまで来ちゃったんだねぇ」
Methaはしげしげと車内を見まわしました。パーシャは居心地悪そうにMethaを睨みつけます。
「やめろよ。俺は何にも知らないんだからな。これは俺の友達から買ったんだ。その前の持ち主のことなんかどうでもいいんだからなっ」
しかしそこでMethaは、はたと別のことに気がつきました。
「あれ、パーシャ、それでその9千ドルはどうやって工面したの?無職のパーシャにどこからそんなお金が出るわけ?」
「Metha、どうしたんだよ、今日はやけにシツコイな。いいじゃないか、そんなことどうでも」
「だって知りたいんだもーん。教えて、教えて!・・・教えろ、教えろったら!もしかしてパーシャ、あんたもヤバイことやってるんじゃないのッ!」
いつものMethaらしからぬ(?)しつこさにとうとう観念したパーシャは、真実を語り始めました。しかし一旦語り始めるとそこはロシア人、でるわでるわ、いっくらでも喋ってくれるのでした。そんなことまで言って大丈夫なのか!と思えるようなことまで飛び出してきたのです・・・。
無職だと思っていたパーシャは、実は様々な会社のオーナーだったのです。ただしパーシャは現在は全く経営にタッチしておらず、共同経営者にまかせっきりで、自分は利益の何割かを貰いながら遊んで暮らしているというのです。
そうです。パーシャは有閑大富豪だったのです!
パーシャの持つ会社で最も大きくかつ成功したのは「広告会社」でした。
現実問題として、モスクワでビジネスをするにはマフィアとの関係は切っても切れません。マフィアとの良好な関係を保つことは、安全に商売をするため、あるいは万が一何かトラブルが起こったときに助けてもらうために必要不可欠です。ロシアにはメジャー(?)なマフィアがいくつかありますが、パーシャはそのうちの一つ「A・・・」というマフィアグループと契約を結びました。「A・・・」の幹部にはパーシャの友達がいたので、様々な便宜を図ってもらうことができました。
例えば、マフィアへの「上納金」は売上の1割で勘弁してもらいました(普通は3〜4割が相場らしいです)。また脱税が発覚して税務当局からの査察が入りそうになったとき、うまく手を回してもらい、逃れることができました。
更に「A・・・」も他のマフィアグループと同様、ロシアの政治家達と黒いコネクションを持っています。選挙がある時には、「A・・・」から紹介して貰い、有名政治家の選挙キャンペーンの大口の仕事をいくつもまわしてもらいました。
「そうそう、ロシア大統領選挙の時は大もうけしたなぁ」パーシャは愉快そうに煙草を燻らせます。
「『Z』っていう政治家知ってるだろう。アイツは上客だったなぁ。いつもキャッシュで広告料を払ってくれるんだ。こーんなアタッシュケースにドル札詰めてアイツの秘書が来てさ・・・」
「Z」という政治家は、民族強硬派として知られている大物政治家でソ連が崩壊してからその極端な思想と煽動的な演説で一部に狂信的な支持者を持つ人物です。Methaにしてみると、チョットあのひとアブナイのでは・・・と思えるような政治家です。
「『J』っていう政治家も良かったな。いつもキャッシュってわけじゃないけど支払いはきちんと守ってくれたしな」
「J」というのはソ連時代からの共産党の生き残り、ガチガチの保守派です。
「ううーむ、パーシャ、いいんだけどさ、ちょっと特殊なお客様が多いみたいだねぇ。それに「Z」と「J」を同時に顧客にするなんて、思想的にはちょっと節操がないのじゃ・・・」
「いいんだよ、そいつの政治家としての思想なんか、どうでも。カネだよカネ!カネを払ってもらったらそれでいいんだ。こちとらビジネスなんだからなっ!」
「・・・ま、そうなんだけどさ・・・」
ソ連崩壊の混乱に乗じてノリノリになったビジネスマン・パーシャは、ある日ベンツを買うことにしました。それは友達から買ったのではなく、きちんと(?)ブローカーを通じて盗んだベンツをドイツから密輸してもらったのです。車の入港先はバルト海の国エストニアのタリン港だったので、パーシャは休暇も兼ねてエストニアに3ヶ月遊びに行きました。・・・そして3ヶ月エストニアで遊び暮らしたパーシャがベンツで意気揚揚とモスクワに帰りつき、そこで見たものは・・・。
自分のオフィスの駐車場にひしめき合う「取り立て屋」の車の群れでした。
パーシャが留守にしていた3ヶ月間会社の運営を任せていた友人が、パーシャの断り無くできもしない大きな仕事を受注し、失敗したのでした。そのペナルティーを埋めるために友人は様々なところから借金をし、更には懇意にしていたところ以外のマフィア・グループからも借金をしていたのです。
・・・そしてその後はまさに「なにわ金融道」の世界でした。
「その借金を返すために大変な思いをしたよ。次から次へと債権者が押し寄せてくるし、電話はじゃんじゃん鳴りっぱなし、いろんなマフィアの代理人がマシンガン構えて脅しに来るしよぉ・・・。もう本当に地獄のような数ヶ月だったぞ。その間にカアチャンはガキ連れて逃げちゃうし・・・踏んだり蹴ったりだったな。
で、結局俺が持ってた他の会社の売上の帳簿をごまかして、なんとか借金の穴埋めにしたのよ。ま、他の会社にとっちゃ結果的に税金対策になったわけだな。わははは」
Methaは初めて知るパーシャの人生に仰天するばかりでした。確かにパーシャに初めて会った時「なんだかヤバそうな人だなぁ」と思った覚えはあります。ハデなシャツにネクタイ、タダモノではない目つき、怪しいサングラス、そしてゲテモノ趣味とも言えるほどの「ゴージャス好き」。
Methaは思わず次の瞬間、叫んでいました。
「パ、パーシャ、お願いっ、そのマフィアのお友達を今度紹介してっ!!」
パーシャはむせ返りながら大爆笑しましたが、しかしその後、ぽつりと言いました。
「Metha、正直言って、俺はもう疲れたんだ。本当に殺すか殺されるかなんだ。俺はもうあんなプレッシャーと恐怖に支配される毎日には耐えられない。トシだからかもしれん。だけどもうごめんだ。もっと正常な生活が送りたいんだよ、俺は。だから今は経営には一切タッチしてないし、遊んで暮らさせてもらってるんだ」
モスクワでビジネスをするには、Metha達一般大衆の想像を絶するような相当の覚悟がいるのです。語ったこと以外にも、パーシャは人に言えないような苦労を重ねてきたに違いありません。恐らく日常生活においてもマフィアやその他の「黒いビジネス」との関わりは排除できなかったでしょう。そのような緊張とストレスに満ちた生活は、並みの神経ではそう何年も続けられるはずがありません。パーシャが年齢の割に老けて見えるのはそのせいなのかもしれません・・・。
・・・しかし次にMethaがモスクワを訪れた時、パーシャは言いました。
「Metha、まだ内緒の話なんだけどな、いい儲けばなしがあるんだ。50万ドルぐらいの初期投資が必要なんだが、どうだ、興味ねえか?」
いいかげんにせぇ!懲りないオヤジ!