イギリス鉄道物語

 

心暖まるヒューマン・ドラマ「イギリス鉄道物語」:このおはなしは全てMethaの体験した事実をもとに再構成しました。

 

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ある日Methaはロンドンからブライトンという南の海岸沿いの街(一応イギリス随一の海辺リゾートでもあります。へっ)。に行くことになりました。時刻表によれば、ブライトン行きの列車はビクトリア駅発、およそ30分に1本、所要時間は約1時間とのことでした。

ビクトリア駅に着きました。ではとりあえず切符を買ってみましょう。

お、構内のそこここにオレンジ色をした自動券売機がありますね。ではそこで往復のチケットを買いましょう。お財布にはあいにく20ポンド札しかありません。でも券売機には「Note Accepted(紙幣使用可)」の表示が出てますから大丈夫です。右下にお札を入れるところがありますからそこに入れましょう…あら、戻って来ました。お札のしわがきちんと伸びていなかったのかしら?もう一度いれてみましょう。あらあら、また戻ってきました。向きを逆にして入れてみました…戻ってきました!!裏表を逆にして入れてみました…むきーっ、戻ってくるっ!!「女王の顔を表にしないとダメだよ」後ろのお兄さんが親切に助言してくれます。「さっきからそうやってるんですけどっ!!」「貸してごらんなさい」親切にもお兄さんはMethaのお札を入れなおしてくれました…きーっ!なぜっ!!!!

「あれー、おかしいですねぇ」「もっ、もういいですっ!」

 

こんな時はさっさと券売機はあきらめ、窓口に並びましょう。いや、もとから券売機になど頼らなければよいのです。券売機が正常に作動する方がおかしいのです。お金が飲みこまれなかっただけでも感謝しなくてはいけません。

しかし同じような目にあった人がこんなに多いのかどうか、どの窓口にも恐ろしく長い列ができています。とりあえず一番短そうな列の最後尾に並んでみましょう。それにしてもまあ、何故ひとは切符一枚買うのに窓口でこれだけ熱い討論を闘わせるのでしょうか?何故誰も彼も、ぴったりとガラスに張り付き、窓口の人と口角泡飛ばす議論を延々10分も交わしているのでしょう?切符一枚買うのにどんだけ時間かけてると思てんのじゃ!

やっと順番が回ってきました。窓口では手際良く、次のように言いましょう。「ブライトン行き、一日往復切符、大人一人、お願いします」どうだ、この過不足のない情報、スマートな言い方!ふふふ…。最初からこのように頼めば、窓口の人は余計な質問(「往復ですか、片道ですか?」とか「日帰りですか?」とか「何枚ですか?」とか)をしなくてもすみ、故に迅速に切符が手に入り、結果として行列は速く進み、皆が幸せになるのです!ねっ?

 

ともかく切符は手に入りました。それでは列車の時刻と発着番線の確認です。ますます気を引き締めていきましょう!

駅のど真ん中には、巨大な「非電光掲示板」(電光掲示板ではありません。プレートがぱたぱた…と回って表示されるやつです)が設置されていますね。さあ人込みをかき分けて、一番見やすい角度のポジションをキープしましょう。その場に座り込んでしまってもオッケーです。掲示板のお供として、コーヒーなど買っておくといいかもしれませんね。長期戦になるかもしれないからです。

プラットフォームが複数ある大きな駅では、これまた一体どうしたことか、どの番線にどの列車が入って来るのか分からないのです。ブライトン行きの電車はだいたい15〜18番線であるはず(これも経験則にすぎませんが)なのでまだ分かりやすいですが、例えばパディントン駅発オックスフォード行きの列車など、さっき1番線から発車したのに次のは8番線から、なんてことは普通です。

 

Methaは常々この「毎回発着番線を劇的に変える」というシステムにどんなメリットがあるのか、ブリット・レイルに質問状を書いてみたいと思っているのです。どう考えても何のメリットも無さそうではありませんか?Methaが想像できるのは、駅員室で駅員さんがプラットフォームを写す何台かのカメラのモニターを前に、「もうすぐマンチェスターからの列車が着くなあ…(モニターを見て)おや、3番線が空いてるな。じゃあ3番線に入れちゃえ!」とか言ってテキトーに決めつけている姿です。いや、絶対そうに違いない!!

 

ところが乗客にとっての不便はそれだけではすみません。その発着番線が乗客に知らされるのは(つまり非電光掲示板に表示されるのは)「発車時間ぎりぎり」なのです。だいたい発車の10分ぐらい前にならないと掲示板には表示されません。ひどいときは発車時刻を過ぎても(!!)表示されないことだってあるのです!!…もっともこれはその電車の発車自体が遅れているということであり、それは大して珍しいことでないので焦ることはないのですが。

しかしともかく、乗客達はお目当ての列車のプラットフォームが表示されるまで、じっと辛抱強くそして呆然と、ひたすら掲示板を見上げながら立ち尽くすのであります。他に方法はありません。

 

おや、案の定、出発予定時刻があと3分程だというのに掲示板にはプラットフォームの番号が表示されないですね。さすがにちょっと不安になってきました。そんな時はそのへんを歩いている駅の係員らしきおじさんに訪ねてみましょう。理論的に考えれば、関係者なら事前に発着番線ぐらい分かっているはずです。

「あのー、●時●分発のブライトン行きなんですけど、プラットフォームは何番でしょう?」おじさんはMethaと同じように掲示板を見上げます。「ん?えーと、まだ表示されてないようですねえ。あそこに表示されますから、待っていて下さい」

わかっとるんじゃ、そんなことは!!表示されへんから聞いとるんやないか〜!!

ふと後ろを振り向くと、青い制服を着て名札をつけた長距離列車の乗務員らしき人々(車内で飲み物販売とかをする人)が4、5人、仲良くお喋りをしながら一緒に掲示板を見上げています。乗務員すらも発着番線を知らされておらず一般乗客に混じってこの掲示板で確認するのかっ??という新たな発見に新鮮な思いを禁じ得ません。

 

さて、出発時刻も5分が過ぎ、掲示板をじっと見つめる目が疲れ果てて軽い目眩を覚えてきたころ、ようやくブライトン行きの掲示板がパタパタと動きました。同時に構内アナウンスも流れてきます。「みなさま〜お待たせいたしました〜●時●分発〜ブライトン行き〜イースト・クロイドン、ガトウィック空港、ヘイワーズ・ヒース経由の列車は〜18番プラットフォームからの〜発車となります〜発車時刻の遅れを〜深くお詫び致します〜〜」

さあ18番プラットフォームに向かいましょう!と、一緒に掲示板をぽかんと見上げていた群集のうち一部がわらわらと動き始めました。同じくブライトン行きの列車を待っていた人たちです。予想以上に多くの人が待っていたようです。プラットフォーム番号が表示されるや否や、小走りに駆け出して行く人も数名います。は、はやく行かなければ席が!!18番ホームは駅の一番右端にあります。歩いていたら5分はかかります。ダッシュです!夏のブライトン行きの列車は結構混み合っているのです!!(なんてったってリゾート行きの列車なのですから。へっ)

 

とりあえず一番手前の車輌に乗ってしまいましょう。辛うじて三人がけの椅子が向かいあったシートの一つが空いています。青い毛布地のようなシートです。いかにもダニの住み心地がよさそうな感じですね。背もたれの隙間にはパンくず、紙くず、ビニールや雑誌の切れ端など、いろんなものが詰まっています。でも気にせずに座りましょう。たかが一時間の旅です。

バタン、バタン、と大きな音をたてながら、駅員さんがプラットフォームを歩きながら列車のドアを閉めていきます(イギリスの鉄道には自動ドアなんてものはありゃしません。そんな文明の利器を導入したら、みんながドアに指や足を挟まれたりして危険ですからね!)。このバタンバタンが聞こえたら、列車の出発時刻が迫った証拠です。イギリスでは発車の合図のベルなどありませんから、このバタンバタンがサインとなるのです。とっても分かりやすいですよね。

 

やがて列車は音も無く何気に静かに滑り出しました。早速車掌さんのアナウンスが流れます。

「御乗車の皆様、この列車はアッシュフォード経由、ドーバー行きの列車でござい・・・」なにーーっ、ブライトン行きじゃなかったのかっーー!!!「…あ、失礼しました、ええ〜、ガトウィック空港経由、ブライトン行きの列車でございまーす」。

はははは…。周りのお客さん達はちょっとだけ「ぴくっ」としたものの、それ以上の異変は見られません。さすがです。安堵でがっくりと脱力し、ちょっと汗臭いシートに深々ともたれかかりましょう。

 

さて発車して5分後。申し合わせたように乗客のほとんどが「体勢」を整えはじめます。基本グッズは芸能・ゴシップ記事満載のタブロイド紙。「スパイス・ガールズのジェリー、ダイエットに成功!」とか、「ウィリアム王子、ボランティア活動でトイレ掃除!」とか言う見出しが踊っていてとても読み応えのある知的な読み物です。それからクリスプス(ポテトチップス)の小袋、あるいはチョコレートバー。最近はコンビニ的食料品も発達したお蔭で、スパゲッティ・カルボナーラやお寿司を取り出す人もいます。そしてダイエット・コークか水の小さなペットボトル。これだけあれば完璧です。読むものと食べるものを何も持っていないと仲間はずれになって寂しい思いをするので、気をつけましょう。

 

おや、向いに座っているおばさんがもう降りるのか、ジャケットを着て身支度を整えています。列車はスピードを落としてきました。駅に到着するようです。おばさんはさっと立ちあがると通路を去って行きました…おや、彼女は読んでいたタブロイド紙を座席に忘れていきましたよ?食べていたスナック菓子の袋と空になったコークの缶もその上に転がっています。おーい、忘れ物ですよー?? しかしおばさんは取りに戻ってくる気配もありません。

そのうち新しく乗車してきた人がやってきました。青年です。彼は座席の上の残骸を見るとさっと片手を伸ばし、顔色も変えずにぴしっと手の甲でそれらのブツを払い除けました。タブロイド紙はばさっと床に落ち、スナック菓子の袋はひらひらと少し遠くに飛んでいきます。コークの缶は床に転がすのはさすがに悪いと思ったのか、窓際に置くことにしたようです。ちょっとかたかた揺れたりしてうるさいんですが、誰も気にしていないようです。

さあ、これで大丈夫。ゼロからスタートです。青年はシートに座ると、おもむろにタブロイド紙を広げました。そして小さなビニール袋からはスナック菓子とお水のボトルを…。

 

こうして愉快なゴミ箱列車は平和にブライトンの地へとひた走っているかに見えました…。

 

つづく

 

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