3.ロフシャン
濃いアゼルバイジャン人の中でも、ロフシャンは特別に濃い〜です。彼の濃さにはもう参っちゃいます。何がすごいって、ロフシャンは日本語を喋るのです。それもかなり独創的な日本語です。
ロフシャンはソ連時代、ウズベキスタンのサマルカンドにある大学で日本語を勉強しました。それだけでも「??」なのですが、彼の先生はモスクワで日本語を勉強したウズベキスタン人でした。ということは、彼の日本語は少し、いやかなり、正統派の日本語から遠ざかっているかもしれないという可能性を秘めているのです。
ロフシャンはどうやらMethaが大のお気に入りのようです。Methaがアゼルバイジャンに行くと必ずその日のうちにMethaのところに電話をかけてきます。
「Methaさん、おげんき?」
「ああ、ロフシャンさん、こんにちは。元気ですよ。あなたはお元気ですか?」
「おげんきよ〜。カナラズ」
カナラズ、というのは、ロフシャンにとって「もちろん!」という意味らしいのです。しかしこれはまだ序の口。
「Methaさん、今日、夜、アレですか」
「アレ?アレって?」
「じかん、じかん」
「ああ、時間があるかってこと?ありますよ〜。ヒマですよ〜」
「うれしいです。じゃあ今日、夜、ナニしましょう」
「(えっ・・・)」
「Methaさん、ふたりで、ナニしましょう」
いえ、なんのことはありません。ロフシャンは言葉につまるとすぐ「アレ」とか「ナニ」と言ってしまうのです。この場合は、「一緒に食事しましょう」ということなのでした。
しかしロフシャンの奥深さはこのすっとんきょうな日本語だけではありません。彼は実は、「アゼルバイジャンのコムロテツヤ」なのです。
ロフシャンはきちんと音楽を勉強したことはありません。しかし幼い頃から音楽が好きで、そのうちほとんど独学でピアノを弾くようになり、30歳を越えてからキーボードをたたきながらぽつぽつと作曲をするようになりました。アゼルバイジャンではいわゆる「ポップス」を作曲できる人材はまだまだ多いとは言えません。というわけであまり競争相手のいなかったロフシャンは、いつの間にかアゼリ・ポップスの売れっ子作曲家にのし上がってしまったのです。
ちなみにデビュー作は「別れの雨」です(・・・この日本語訳はロフシャンによる)。この曲はアゼルバイジャンの人気女性歌手が歌い、アゼルバイジャン・ヒットチャートの1位にもなりました。Methaはこの曲をロフシャンの車のカーステで聞かされましたが・・・何と言ったらいいのでしょう・・・ううーん、確かに「ポップス」なのですが、やっぱりトルコっぽいというか中東っぽいというか、イスラムっぽいと言うのか、何だか場末のレストランで売れないベリーダンサーでも出てきそうな感じの曲でした。
さて、もう何度目かのふたりの「ナニ」(一緒に食事することですよ!!)の時、ロフシャンは言いました。
「Methaさん、わたし、二曲目を書きました」
「あら。今度はなんて言うタイトルですか?」
「『明かりを消そう』というタイトルです」
「へえ。そりゃまた意味深な・・・」
「『別れの雨』の後、いろんなおんなの歌手がわたしの曲を歌いたい言いました。でも、わたしは、なかなかOK言いませんでした」
「ほお」
「それで、いろんな人に断りましたが、ひとりの歌手が気に入ったので、その人に『明かりを消そう』あげました」
アゼルのコムロのおめがねにかなったラッキーな歌手はアイギュン・カシモヴァという若い歌手でした。彼女が歌ったロフシャンの『明かりを消そう』は、「第1回全アゼルバイジャン・レコード大賞」にノミネートされたらしいです(結果は・・・そう言えば聞いてないなあ)。
それだけではありません。ロフシャンは言うのです。
「それから、この曲を日本語に翻訳して、日本のゆうめいな歌手にもあげました」
「へえ〜?誰ですか、有名な歌手って?」
「かとうときこさんです」
「加藤登紀子!?」
あの加藤登紀子さんだと言うのです。シャンソン、ジャズ、ブルース、民謡、ポップスなどジャンルにこだわらず日本と世界中の様々な楽曲を素晴らしい声で歌い上げる、あの国民的大歌手、加藤登紀子さんだと言うのです。Methaはとても信じられませんでした。しかしさすが、コムロテツヤです。自分の曲を歌わせる歌手については妥協を許さないようです。
「いま、日本で、かとうさんはうたっているはずです。あなた、きいたことあるはずです、Methaさん」
「う・・・。ほ、ほら、私、今は日本に住んでないから・・・。も、もしかして友達に聞けばわかるかも・・・」
「きいてみてください」
「は、はい・・・」
というわけで、どなたか加藤登紀子さんの「明かりを消そう」という歌を聴いたことがあったら、ぜひMethaにご一報ください。歌詞の内容は、「家に帰って扉を開けたとき、あなたがもうそこにはいないとわかったらあまりにも悲しすぎるから、明かりを消そう」というものらしいです。何ともロマンチックではありませんか(あっ、ちなみにロフシャンが作詞したのではありません。ロフシャンは作曲だけです)。
またこの「明かりを消そう」は、1999年の冬にアゼルバイジャン全土がエネルギー危機に陥り、全国的に計画停電が実施されたとき、当時のエネルギー大臣を批判・揶揄するためにも利用された、非常に政治的なメッセージもこもった(?)歌でもあるのです。
「Methaさん、今度は、あなたのために、曲、書きます」
ロフシャンは、すきっ歯を見せて無邪気に笑いました。
それから1年が経っていますが、まだ書いてもらっていません。