英国美容事情
外国で生活するにおいて、言葉だとか食事だとかその他生活習慣の違いだとか、いろいろと心配なことがあります。Methaも海外に留学や駐在が決まった人から何かと相談を受けることがありますが、…まあ本当に人は様々な心配をするものです。中には「ええっ、そんなこと考えもしなかった!」というような相談もあったりして、中々面白いです。
しかし、海外に住むための事前情報収集において案外盲点なのが「髪の毛」、すなわち美容院ではないかとMethaは思っています。
これまでのMethaの経験では、「あの国の美容院ってどんな感じなのかしら」と事前に心配する人というのは滅多にいないように思います。ところが実際その国に住んでから数ヶ月後の人(特に女性)と話しをすると、必ず話題に上るのが「美容院、どこ行ってる?」という話です。これは日本人に限らず、滞在歴の短い外国人居住者には大体共通しているような気がします。
実際、外国で生活してみると「どこでどうやって髪の毛を切るか」というのはヒジョーに切実な問題であることに気がつきます。髪の毛を切るという行為はほぼ万人に等しく降りかかってくる問題であるからです(いや、問題でない人もいらっしゃるでしょうが…)!!特に女性にとって髪は命、一部の男性のように「短かけりゃそれでいいんじゃ!」とか「面倒臭いから自分のバリカンでスキンヘッド」てなわけにもいきません。
日本で自分に会った美容院を探す時に主に問題となるのは、美容師の技術レベルです。ところが外国で美容院と闘う(?)場合、それに加えて更に次のような問題が生じます。
まず一つは「感性」の問題。いくらファッション情報が瞬時に世界を駆け巡る時代になったとは言え、どのような髪型がその人に似合うと思うか、あるいは「オシャレ」なのか、そういった感覚は国によって随分違います。体格の貧弱なアジア人が欧米人スーパーモデルのような髪型をして似合うことはほとんど無いでしょう。美容師さんがそういう「個体差」を理解していてかつ客観的に判断できる能力があることが重要です。
そして次に、物理的な問題として「人種による髪質の違い」があります。よく言われることですが、イギリス人のような「白人系」はボリュームの出にくいネコっ毛、あるいは水分が少なく細い綿毛のような髪質が多く、一方アジア人の髪質は水分・油分が多く、柔らかくても腰のあるタイプが多いらしいです。髪質によってカットやブローをする時の扱い方は随分違うと思われますが、そう言った根本的なことに美容師さんが気付いているかどうか(知識としてだけでなく、経験として)、というのも重要なポイントです。
そして最後は「用語」の問題。日本語で「えっとぉ、横は軽い感じでシャギー入れてもらってぇ、前髪は心持ち長めに揃えてもらえるぅ?あ、それから裾は少し外はねっぽくしてね♪」などと、英語では、ドイツ語では、フランス語では、ロシア語では一体どのように言ったらいいのでしょうっ!?
ところでイギリスには、日本人美容師さんのいる「日本人のための美容院」という職業が成り立っています。ロンドンにはもちろん、ロンドン以外の街にも、探せば日本人が経営し日本人の美容師さんがいる美容院が結構数多く存在しています。またこれはイギリスに限らず、アメリカやその他日本人が多く住む国では当然に成り立つ職業でしょう。やはりそれ程「髪の毛」は多くの人々にとって身近でかつ重要な問題なのです!
しかしイギリスに初めて住みはじめた頃(当時貧乏学生)のMethaはそんな日本人美容師の存在など、これっぽっちも知りません。なので当然、普通の美容院へ行くのであります。
美容院のドアを空けると、音楽がガンガンに鳴り響いています。何だか少し小汚い感じもします(この時点で既に不安になっている)。美容師さん達も何だか普通のオバサンっぽく、彼女達自身、特にスタイリッシュな髪型をしているわけでもありません。それでも何件も見たうちで一番オシャレと思われる概観のところ、しかも入り口横のショーウィンドウには「今ロンドンで最も話題のヘア・デザイナー●●(聞いた事もありませんでしたが)の店」という宣伝文句とオリジナルブランドのシャンプーや何かが並べられている、それなりのお店だったのに。
「ハーイ、ジェニファーよ〜。こちらにどうぞ〜」
Methaの担当はたくましい腰回りのブロンド女性です。彼女の髪型もこれと言って特筆すべきものではなく、ただ無造作に伸ばしただけのロングヘアに見えます。Methaはできるだけ難しいことは言わないように(用語を知らないので多くを語れないというのもありますが)、かつできるだけ明確でシンプルな言葉を選びながら慎重に意思を伝えました。
「え、えっと、基本的なかたちはこのままでいいのです。長さを一インチぐらい切って下さい。あとサイドは少し後方に流れるようにもう少々レイヤーをつくっていただき…」
「オッケー。バックに流れるようにね♪」
調子よく答えたジェニファー。…一応主旨は伝わったらしい。
張りきって仕事を始めたジェニファー。もちろんシャンプーなんぞしません。ビニールをMethaの首の周りにぐるぐると巻き付けるや否や(日本のように「苦しくないですかぁ?」などと聞いたりしません!)、霧吹きでぱしゅぱしゅと申し訳程度に髪の毛を濡らし、おもむろに髪のひと束をぐいっとひっ掴むとヘアクリップでとめ、櫛も通さずに裾の毛を切りはじめました。おおお、心の準備もしていないのにいきなり本番開始です!!
ジェニファーのカットの勢いはそれはもう凄まじい速さで進行していきました。
じゃきっ、じゃきじゃきじゃき…ばさばさばさ(左手で髪の毛をかき回すと)、ばらばら(切られた髪の毛が四方八方に飛び散りながら落ちてくる)。ぐいっ(髪の毛の束をひっぱり)、じゃきじゃきじゃき(再び恐ろしい速さで切りはじめる)…。
その間エンターテイメントなのか何なのか、彼女はひっきりなしに喋っています。
「学生さん?何勉強してるの?法律?あ、違った?ここ学生さんがよく来るのよね。何だかみんな法律勉強してるって言うからさ、てっきりあなたもそうかと思っちゃったわ。あははは…。いやー、今日は朝から結構忙しいのよー。ほらお店こんなに混んでるでしょ?…はい、こんな感じだけどいいかしら?」
なぬぅ、もうできたのか!?始めてから15分も経っとらんぞ!!
鏡を覗くと、確かに切る前よりは短くなっています…ちょっと短すぎるかも…でもまあいいや…。
「じゃ、乾かしますね〜」
このブローが曲者です。
前にも言いましたが、欧米人とアジア人の髪質は決定的に違うのです!しかもMethaの髪は細くて切れやすく、なのに妙な腰があって、湿気やブローで簡単にくせがつくという便利かつ大変不便な髪質なのです。しかしジェニファーは大胆にも豚毛か何かの固いブラシを取り上げ、髪の毛の根元にぐわっと突っ込んでぐいぐいとありとあらゆる方向に髪の毛を引っ張りながらドライヤーをかけ始めました。Methaは引っ張られぶちぶち切れていく我が髪の毛を感じながらも、ジェニファーの怪力に翻弄されないように、首にありったけの力をこめて頭を固定しようと踏ん張りました。
更にご丁寧にも、ジェニファーは仕上げに「手櫛」を用いました…ジェニファーのデカイ手がMethaのこめかみあたりにがしっ!!と食いこんでは髪の毛を逆立てて行く様子が目の前の鏡に映し出されています。「ああ〜…そんなことしたらボリュームが出すぎる…」Methaは痛さと恐怖に涙を浮かべながら、どんどん気が遠くなっていきました…。
「さあ、できたわよ。どう?」
一瞬の記憶の空白の後、その声にはっと我を取り戻したMethaは、目の前に鏡の中に火星人を見てしまったのです…頭だけが異常に大きく狭い肩、そこから細い腕が(実際はそんなに細くはないが頭がデカすぎるために相対的に細く見える)にょろりと生えている火星人を。
Methaの髪の毛は文字どおり爆発していました。
ジェニファー嬢は、普通の欧米人に対するのと同じように、Methaの髪の毛を根元から逆立て、ボリュームを出してくれてしまったのです。しかも当時のモードだかなんだか知りませんが、毛先はぎざぎざでばさばさ、好き勝手な方向に飛び出しています。Methaは毛先をシャギーにしてくれと言った覚えはないぞ!!レイヤーを入れてくれと言ったのだっ!!しかもサイドだけのつもりで!!!!
Methaの頭はいまだかつてこれほど大きくなったことはありませんでした!!しかも額やこめかみの生え際のところは、ブラシで叩かれ引っ張られ、更にジェニファーのツメが刺さったせいか、ほんのり赤くなっていますっ!痛いんだよ、コラ!!!
Methaは呆然としながらお金を払い(30ポンドもしましたっ!)、よろよろと美容院を後にしました。
…でもMethaは知っているのです。
ブローが終わって立ち上がったMethaの全身のバランスを見た瞬間、ジェニファー嬢が一瞬「あっ、しまった」という顔をしたのを。
次の日から数カ月、Methaが短い髪の毛を無理矢理アップに束ねて過ごしたのは言うまでもありません。
また日本人のお友達が某有名サロンのカットモデル(5ポンドぐらいでやってもらえるので学生には人気)をした結果を見たことがありますが、やはり火星人…いや、小さなティナ・ターナーと成り果ててしまっていました。待ち合わせの場所でMethaは最初彼女を見つけることができなかったぐらい、その変貌ぶりは凄まじいものでした。それからMethaは密かに彼女のことを「ティナちゃん」と呼んでいました(ごめんね)。
しかしその後もMethaは、性懲りも無く街の美容院にて冒険を続けました。他の選択肢を知らなかったからです。
そしてその度に同じような目に合い、いいかげんに精も根も尽き果てようとしていた頃、いつもエレガントな髪型をキープしている日本人のお友達から「バスで30分ぐらい行ったところに住んでいる日本人の美容師さんのところでカットしてもらっている」という話を聞き、ようやく「日本人美容師」なるものの存在を知ったのでありました。
ところでこの間、ロンドンで発行されているロシア語の新聞を読んでいたら、美容院の広告が載っていました。「ロシア人美容師によるロシアのスタイル」。おお!!やはり自分の国の人に髪の毛を切って貰いたいと思うのは皆同じなのだ!Methaは妙に納得しました。そう言えばオレーグも「ロンドンで髪の毛を切って満足したためしがないワ!」といつもブツブツ言っています(だからと言ってロシア人美容師がイギリス人美容師よりマシなのか、はたまたロシアのスタイルというものはいかなるものなのか、というまた別の次元の疑問はありますが…)。
あの悪夢の日々から数年。もちろんMethaも今では日本人経営の日本人美容師による日本人のための美容院に行っています。シャンプー台はあるし、リンスもしてくれるし、カットには30分以上かけてくれるし、ブローの時にムースとかもつけてくれるし、なんとマッサージもしてくれるんだぜ!!
(英国美容事情・おしまい)