地球に優しい国、イギリス 〜英国廃棄物事情
「汚い、汚い、汚い、汚いッ!!」
ある日お友達のアルバロとロンドンの街を歩いていると、突然彼が発狂し出しました。
アルバロはスペイン系ですが、スコットランドで生まれ育ちイングランドのとある大学を卒業した後、ロンドンで就職しました。アルバロはとにもかくにもイギリスそしてロンドンが大嫌いです。Methaと会えばいつもイギリスの悪口で大盛り上がりします。そのアルバロが、街を歩いていて突然怒り出したのです。
「何て汚い街なんだ、オレはイギリスが大嫌いだ、大ッ嫌いだーっっ!!」
…アルバロはその時悩みでもあったのかもしれません(その一年後、アルバロは「もう二度とこの国には足を踏み入れん!」と捨て台詞を残してアメリカに行ってしまいました…)。しかし、アルバロが街を歩きながら堪忍袋の緒が切れたかのごとく突然「街が汚い!」と叫びだしたことについて、それは全く責められるべきことではありません。
とにかくイギリスの「街」はどこもかしこも汚いのです(田舎は美しいと言われていますが、それは緑や花が街に比較して多いため視覚的にごまかされているに過ぎないのだとMethaは思っていますっ!)。
ここでは当初、「英国衛生事情」と題してイギリス人の生活習慣や衛生観念も含めて幅広く分析してみようと思ったのですが(?)余りにも膨大な感動超大作になりそうなので、今回のお話では「一般の廃棄物処理」に限定してご紹介しようと思います。
ご存知の方も多いでしょうが、イギリスにおける一般廃棄物は分別のブの字もありません。
生ゴミもビンも缶もペットボトルもプラスチックも発泡スチロールもビニールも新聞紙も、みーんなスーパーの袋か黒い大きなゴミ袋に入れてポイッです。「ゴミを出すのは火曜日の午前中にお願いします」などという取り決めもありません。ゴミが出るそばから曜日も昼夜もお構い無しにどんどんと捨てていきます。
住宅街を歩いていても目に付くのは家の前に出してあるゴミ袋です。どんなにポッシュなビクトリア朝の住居でもその玄関先にはでーんと黒いポリバケツが置いてあり、ほのかな臭い漂う生ゴミが顔を覗かせています。またそうかと思えばその隣のバケツには割れた植木鉢なんかがビニール袋から突き出ていたりします。空き家になっているような古い家や今は使われていない教会の庭などは暗黙の了解により付近住人の廃棄物投棄場となり、そこはあたり一面名も知らない恐ろしい植物が生息していたりします…。
もちろんいくらイギリスと言えど環境保全にはちょっとぐらい気を使わなきゃという思想が全く無いわけではありません。一応分別収集をしている「フリ」ぐらいは観察することはできます。Methaの家の近くの通りにも大きな黒いコンテナがいくつか無造作に並べられ、「青いビン」「緑色のビン」「缶」「紙類」などなどと書かれています。
しかしはっきり言って、そこを利用している人をMethaはほとんど見たことがありません。更にそこに溜まった廃棄物を業者がいつ回収しているのかも全くのナゾです。いつ見てもそのコンテナはぴくりとも動かされた形跡はなく、一ミリたりとも違わぬ不動の姿勢を保っています。どう見てもそのコンテナはただ「永遠に放置されている」ようにしか見えないのであります。
Methaとは違う地区に住むお友達のところでは、数年前のある日、区が大々的に「分別回収キャンペーン」を展開し「●●通りに分別ボックスを設置しますのでゼッタイそこに捨てるように!!」とのお達しがあったらしいのですが、ゴミが溜まっても全く回収に来ず、結局数ヶ月後にはボックスごと消滅してしまった、とのことでした。…きっと区の廃棄物担当者の思いつきだったのに違いありません。そしてその担当が(例によって)すぐに辞めてしまったため、計画は頓挫したのです。絶対そうだ(キメツケです)。
EU加盟がほとんど国民の悲願となっている中・東欧諸国 ―例えばチェコやポーランド、ハンガリーなど− は、EUに受け入れられてもらうための必要条件、すなわち「EU基準」をクリアするために必死の努力をしてきました。その分野は政治経済、社会、教育、ありとあらゆる分野にわたります。「環境」ももちろんその中の重要な項目のひとつです(ま、この場合対象となる廃棄物は主に産業廃棄物や有害廃棄物なのですが…)。
ところがEU諸国の中でも中心メンバー国のはずのイギリスの実態、これはいったいナンなのでしょう!?こんな国がEUにのうのうと加盟し続けていることは一体全体許されるのでしょうかっ?こんなことでは、そのうち自国で処理しきれなくなった廃棄物をこっそりと海に投げ捨てたりドーバーを挟んでお隣の国に捨てに行っちゃったりしてしまうのではないでしょうか?こんなルーズな国が東欧諸国に向かってエラソウに「EUに入りたいならちゃんと基準を守りなさいよ」なんて言えるのでしょうか?
こんな国を放置していてはいけません!
他のEU諸国は、即刻イギリスにEU脱退勧告をすべきです!!!
…おや?確かこのコラムには「地球に優しいイギリス」というタイトルがついていたはず。全然本題とは逆の内容になっていますって?
ところがどっこい、「地球に優しい」イギリスの本当の姿はこれからなのです。
ある日Methaは旅の途中で持ち手が壊れて取れてしまったスーツケースを処分しようと思い立ちました。もう十分に使った古いスーツケースです。
どうやって捨てようかな…Methaはちょっと困りました。いくらこの国のゴミ捨て場が何でもありだと言っても、スーツケースをぽんとそのままフラットの共同ゴミ捨て場に置いたらさすがに迷惑だろうし。聞いたところによると大型ゴミは、管轄区の廃棄物担当に連絡しお金を払って取りに来てもらうことになっているらしいのです(実際そんなことをやっている人は一体どれぐらいいるんだろうというのは素朴な疑問として残りますが)。そこでMethaはフラットのポーターさん(ビル全体のお世話してくれている管理人さん)に、具体的にどこに連絡すればよいのか聞いてみることにしました。
「あのぅ、すみません。このスーツケース壊れちゃったので捨てたいんですけど…(と実物を見せる)。どこに連絡して引き取りに来てもらったらいいか教えてもらえますか?」
ポーターのおじさんは一瞬びっくりしたような顔をして、それからしげしげとスーツケースを眺めました。
「フム」
おじさんは鼻を鳴らしました。
「これぐらいのものならね、ここの共同ゴミ捨て場に出しておいても構わないよ」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ、大丈夫」
そしておじさんはウインクをよこしました。
「二三日もすれば処分されてるよ」
…?
Methaはポーターさんの最後のせりふとウインクが気になりました。何か含みがあるような気がしたからです。言い方はちょっと冗談っぽかったし、あれはどういう意味だったのかしらん…?確かに普通にゴミ捨て場に出しておいていいって言ったよね…まあいいや、捨てちゃえ!Methaはゴミ捨て場にスーツケースを置き、逃げるようにして(?)その場を去りました。
そして翌日。
いつものように朝ゴミを捨てに行ったMethaは、思わず声を上げました。
「おお、なくなってる!!」
これが地球に優しいイギリスに住む地球に優しいイギリス人の「あっぱれなリサイクル根性」に出会った瞬間でした。おそらくスーツケースを持ち去ったのは十中八九、ポーターのおじさんその人でありましょう。取っ手が壊れてしまって傷だらけの古いスーツケースを何に使おうと思ったのかは永遠のナゾです。Methaはおじさんの家のどこか思いがけないところにさりげなく使われているスーツケースを想像し(例えば衣装ケースとか、土を入れて家庭菜園とか…)、何だか頭痛がしてきました。
他にも、地球に優しいイギリス人のリサイクル精神は日常生活の随所に見られます。
例えば有名な「ティッシュのリサイクル」。普通イギリス人はハンカチで鼻をかみ数日にわたって何度か使ったあとやっと洗濯します。しかし使い捨てティッシュという文明の利器が登場した昨今、これを利用している人も少なくありません。ただし「数日にわたって何度も使う」という地球に優しい崇高な精神はそのままです。イギリス人のポケットには何度も鼻をかんでガビガビになったティッシュが常備されています。
もう一つ典型的なのが「地下鉄における新聞のリサイクル」です。車内に放置された新聞や雑誌を拾って読む。 これは日本でもよく見かける光景ですね。ただ日本では、新聞を網棚に放置していくのも、それを拾って読むのも、なんとなく後ろめたくお行儀の悪い行為であると見なされがちです。
しかしイギリスではそれは礼儀です。読み終わった新聞(特に無料配布されている情報誌など)は、少ない資源をより多くの人が利用できるようにするため、地下鉄など公共の場に放置していくのが礼儀です。ゴミ箱に捨てたり、ましてや家に持って帰るなんて許されません。そんな自分勝手な独占行為はしてはならないのです。またそのリサイクル新聞を利用する場合、床から拾ったりすることはもちろん、隣の人の目の前を乗り越えて手を伸ばそうが、前に座っている人の肩越しに手を伸ばそうが、全く失礼にはあたりません。リサイクルは崇高な行為なのです。誰にも文句は言えません。(写真:地下鉄の床に厳かに放置された新聞。ついでに窓際にはジュースの空き缶も捨てられてます)
一方、大型ゴミの争奪については、気に入ったものに出会える確率が低いでしょうからかなり競争が激しいかもしれません。
しばらくMethaの近所の家が改装工事をしていた時のことです。工事が終わりに近づくとその家の前に建築廃材を入れる大きなコンテナが出現しました。工事で出たコンクリートや木材その他のものが一緒くたに山積みにされています。
「ああ、もうすぐ工事が終わるんだな」
とMethaは前を通りかかりながら思いました。そして次の日同じようにその前を通りかかったMethaは、思わず足を止めました。
そのコンテナに捨てられているゴミが昨日の倍近くの量に膨れあがっていたからです。しかも黒いゴミぶくろやスーパーの袋、ジュースの空き缶などどうみても「建築廃材」とは思えないものばかりです。しかもしかも、ブラウン管のないテレビや家庭用の掃除機まで突っ込まれています!おおお、更にコンテナの横には小さな冷蔵庫がっ!一夜のうちにこれだけのゴミ。計画的犯行としか思えません。
更に翌日。ある意味、Methaには次に何が起こるか分かっていました。そして期待と不安で胸
を一杯にしながら、再びコンテナの前を通りました。
や、やはり…。
思ったとおりです。冷蔵庫は跡形もなく消えていました。そしてブラウン管のないテレビも(掃除機は売れ残っていました)。全てはコンテナが設置されてから三日間のうちに行われました。素晴らしい連携プレー。いや素晴らしい…。Methaは言葉もありませんでした。(写真は冷蔵庫がなくなった後のコンテナ。冷蔵庫を撮影したかったんですが間に合いませんでした。)
さて、お終いに先ほど登場したポーターのおじさんの、もう一つのエピソードをご紹介します。
Methaが引越しをした時のことです。引越し屋さんが荷物を取りに来てくれるという当日、Methaは自分のフラットのドアを大きく開け放って荷物を色々と積み上げて準備していました。そこへポーターのおじさんが様子を見にやって来ました。
「おお、いよいよだね。準備は整った?」
「ええ、大変ですぅ〜。うるさくしてすみませんねぇ」
「いやいや…何か手伝うことはあるかい?」
おじさんはそう言いながら近づいてきました。そしてそこに置いてあったぼろっちいテレビに目ざとく注目したのです。テレビはもう捨てるつもりで引越し屋さんに処分してもらう手はずになっていたので(もちろん有料)、運んでもらう荷物とは別に外の廊下のところに置いてありました。
「これは?もしかしてもう要らないの?」
ポーターのおじさんは聞きました。
「ええ。中古で買ったんですけど、最近調子がおかしくて時々白黒になっちゃうんですよ。リモコンも壊れてるし。だからこれを機会に買い換えようと思って…今日引越し屋さんに引き取ってもらうんです」
しかしそこまで言ってMethaはしまったと思いました。そして猛烈におじさんに申し訳ない気がしてきました。
「ああ、そうなの…。いや、よかったのに、下のゴミ捨て場に…ブツブツ…」
と、ポーターさんは最後のほうは何やら聞き取れないぐらいの小さな声でもにょもにょと呟きながら背を向け、行ってしまいました。しかしMethaには分かっていました。彼が何を言いたかったのか。
「どうして下のゴミ捨て場に置いてってくれないんだ、そうすればワシが貰ったのに!!」
…おじさん、ごめんなさい。Methaはその後姿に向かって、自分の配慮の至らなさをそっと詫びるのでありました。
(地球に優しい国イギリス・おしまい)