5.ズーラ

 

何やら「小学生とその父親」とでもいった風情の写真ですが、これはMethaと、そのアシスタントであるズーラの写真です。誰がナンと言おうと、ズーラはMethaの「部下」です。

…しかしこれほど体格の差があるとは…Metha自身もこの写真を見て始めて気付きました。これではまるで彼はMethaの保護者か何かのようです。

 

グルジアで仕事をしていたある日、Methaは自分の仕事を手伝ってくれるグルジア人を雇うことになりました。普段は色んな人の助けを借りながらも、基本的にはひとりぼっちで仕事をしているMethaです。過去の何度かの経験からも「人を雇う・人に指示を出す」ということがどれほど難しく自分に向いていないかを知り尽くしているので、少々気が重くなりました。

しかし今回ばかりは仕方ありません。知り合いに頼んで目ぼしい人を何人か紹介してもらい、面接することにしました。そのうちの一人がズーラでした。

 

面接のためにMethaの仕事場にやってきたズーラはがちがちに緊張していて、満足に息もできない程でした。ドアを開けて入ってきた時から、彼の顔は真っ赤に上気していました。Methaはそんな彼を見て「外はそんなに暑かったっけな?」と不思議に思ったものです。

「まあまあ、座ってちょうだい」

そう言ってMethaはズーラを座らせ面接をしました。面接と言ってもほとんど雑談のような感じで、今となっては何を聞いたのかほとんど覚えていません。覚えているのは「ズーラはかつて柔道選手で、小学生か中学生の時にグルジアのジュニア・チャンピオンになったらしい」ということだけです。

「じゃあ今日はどうも有り難うございました。他にもあと何人か面接しなくちゃいけないんですが、結果は来週あたりにご連絡しますね」

Methaは面接を終えるとそう言って立ち上がりました。そして握手をするために右手を差し出しました。

ズーラは一瞬躊躇しましたが、すぐに後ろ手に組んでいた右手を素早く差し出しました。Methaはズーラの手を握った瞬間、あっと思いました。

ズーラの右手は、親指と小指の二本しかなかったのです。

 

咄嗟に顔には出さないようにはしても、やはりMethaの顔には何らかの表情が浮かんだのでしょう。ズーラはさっと顔を紅潮させてMethaの顔から目を逸らせると、出したときと同じような素早さでその手を引き、左手に抱えていた小さなポーチで右手を隠すようにして部屋を出て行きました。

 

それから何人かと面接をしたMethaは結局ズーラを採用することに決め、ロンドンから彼に連絡を入れました。ズーラは電話の向こうで相変わらず声を震わせて何度も何度もどもりながら、しかしあきれるほど大声で「有難うございます、がんばります」と繰り返しました。

 

ズーラのお父さんはグルジアでは著名な作家で、グルジア作家同盟の長を長年務めた人でした。作家同盟、と聞いてもぴんと来ない方達は多いと思いますが、東ヨーロッパを含めソ連の時代の社会主義国では「作家同盟」というのは非常に重要な社会的立場にある、そして発言力ある知識人の集団でした。チェコスロヴァキア(当時)やポーランドが1989年に無血の革命によって共産主義政権を倒したのも、裏に表に彼ら作家達による社会的な作品の影響、民衆への呼びかけ、そして政治的な活動があったからです。新しい政権が樹立されてそのまま政治家になった作家達も少なくありません。

ズーラは、お金は無いけれど社会的に認知され人々の尊敬を集める、そんな父親に強くあこがれ父のようになりたいと思って育ちました。

「僕は人々の役に立ちたい、世の中のために何か働きたい、そして多くの人に認められたい、強い発言力を持ちたいんです」

ある時ズーラはMethaにそんなことを言いました。その時Methaはそんな彼の年齢不相応な「純粋さ」にぎょっとし、同時に少し苦々しい思いで眺めました。この手のシンプルな純粋さは一見健康的で微笑ましくも思えますが、実のところこのような漠然とした理想は非現実的であるうえ時として危険でさえあるからです。Methaはそんな彼の「青さ」がとても気になりました。

 

1991年、ソ連崩壊後のグルジアで内戦が勃発しました。グルジアがソ連から独立した時の立役者だった当事の大統領に対し、彼のその後の強硬な民族主義的政治に反感を覚えた反大統領派と軍がクーデターを起こしたのです。かっとなると誰も止められないほど暴走するアツいグルジア人のことです。一般の市民も無秩序に街に繰り出し、銃を手に取ったり手榴弾を投げたりして、それこそ「ボランティア」で戦いました。

当事高校を終えたばかりだったズーラもその一人でした。ズーラの「純粋な情熱」がそうさせたのであろうことは、後の彼の話からも十分推測できました。しかしまともに訓練も受けていない一般市民が、しかも煽動的な雰囲気と熱病のような高揚感の中でまともに戦えるはずがありません。

ズーラは手榴弾を誤って爆発させてしまい、そして指を失いました。

どの程度の規模の事故だったのかは分かりませんが、ひょっとすると指を失った程度ですんでラッキーだったのかもしれません。しかしズーラの人生はどん底に突き落とされました…少なくとも彼にはそう思えました。

内戦の後、ズーラはグルジアを出ようと思いました。バルト海沿岸の国ラトヴィアに渡り大学でラトヴィア語とラトヴィア文学を専攻しました。しかしそこでは差別にあいろくな思い出はなかったと彼は言います。彼は、その差別は自分の手の障害が原因だったのだと思っています。

ラトヴィアからグルジアに帰国した後、ズーラはお兄さんと一緒に小さな会社を設立しました。宝石・貴金属の卸売りの会社です。彼らが具体的にどのような商品を扱ってどのように商売をしていたのか詳しくは知りませんが、内戦直後のうえ他の国内紛争がまだくすぶり続け経済が壊滅状態にあるグルジアで、宝石や貴金属の市場がそんなに有望でないことは容易に想像できます。ズーラ達の会社は一年もしないうちに立ち行かなくなりました。ズーラはこの事業の失敗によって再び大きく傷つけられました。

 

ズーラは時々、こちらがびっくりするほどの憎悪をあらわにして怒ることがあります。別に暴力をふるったりするというわけではないのですが、その怒りは全身からみなぎり、怒りのオーラが背中から出ているのが見えそうなぐらいです。その怒りは、一緒に働き始めたばかりの頃のMethaにも向けられたことがありました。もちろんMethaだって負けてはいませんから、二人で怒鳴りあいになりました。真昼間、道のど真ん中でです。Methaが男性だったら殴られていたかもしれません。

その時ズーラが怒った原因は全くMethaには理解できないことでした。ズーラは何かの拍子にMethaが彼の給料をごまかしていると思い、それが自分を知っている誰か第三者がMethaに入れ知恵をしたためなのではないかという「妄想」を抱いたらしいのです。

それを聞いてMethaはあっけにとられました。

百歩譲って、彼が疑念を抱くような些細なきっかけはあったかもしれません。しかしどこをどう探ったらそんな突拍子もない推理が出てくるというのでしょう。しかし彼の妄想は勝手に暴走し、いくら説明しても全く聞く耳を持ちません。Methaはもうどうしたら良いのか分からず、思わず泣きそうになってしまいました。ズーラが何故そんなに恐ろしいほどの被害妄想に駆られているのか理解できなかったのです。

結局次の日、少し冷静になったズーラはMethaに頭を下げました。

「昨日はすみませんでした」

でもすぐこう言いました。

「でも僕は本当に誰かのさしがねだと思ったんです。僕は何度もそういう経験をしてるんだ。この国ではそんなこと珍しくないんです。ご存知だと思いますけれど」

Methaはもしかしたら彼ではなく別の人を雇った方が良かったのかもしれないとも思いました。

しかし一方で彼の通常の働きぶりは非常に熱心で、満足のいくものでした。Methaはそちらの方に賭けてみることにしました。

 

ズーラと一緒に働くようになって数ヶ月ほど経ったある日のお昼どき、彼はMethaを自宅でのお昼ごはんに招待してくれました。

トビリシの街の中心を少しはずれた住宅街に、ズーラのアパートはありました。ブレジネフ時代に建設された旧ソ連諸国に典型的な集合住宅です。エレベーターはもちろん動きませんし、階段はあちこちが崩れ落ちて手すりもついていません。そんなアパートをえっちらおっちら五階まで上りドアを開けると、そこには満面の笑みのズーラのお母さんがエプロンをつけて待っていました。

ズーラのお母さんは近所の小学校で先生をしているそうなのですが、今日のお昼ご飯のためにわざわざ午後から休みを取ってくれたと言うのです。しかも隣のアパートに住むズーラの従妹が「手伝い」として駆り出されていました。Methaはすっかり恐縮してしまいました。

 

そのうちズーラは近所のパン屋に昼食のためのパンを買いに行く、と言って家を出て行きました。するとお母さんが突然台所からだだっと走り出して来たかと思うと、Methaの座っているソファの前にがばっとひざまずいたのです。

「ズーラはちゃんと仕事をやっているでしょうか?何か失敗したりしていませんか?」

お母さんはMethaの顔を覗き込みながら必死で尋ねてきました。そのあまりの気迫にMethaはちょっとたじたじなってしまいました。

「ええ、ズーラはとってもよくやってくれています。とっても助かっています。本当です」

Methaは率直な感想としてそう言いました。Methaの顔からそれがお世辞ではないことが何となく分かったのでしょう、お母さんはほっとした顔をして控えめに笑いました。

「これがあの子の初めての仕事なんです」

もちろんズーラは自分で会社をつくったり、その後もお父さんのツテで出版関係の仕事を手伝ってみたりしたことはあります。しかし「雇われて他人の指示で働く」ということは初めての経験でした。お母さんは、ズーラの張り切りようは今までの「仕事」の時とは全く違っていると言いました。

「若い人には仕事をさせなければいけません。仕事がないと時間をもてあまします。不安になります。そして良くないことをたくさん考えるのです。世の中が悪くなります」

お母さんは一生懸命言いました。

 

Methaはお母さんの言っていることが痛いほど理解できました。Methaはこれまで社会が何とも言えない険悪な雰囲気に陥っている国をいくつか見てきました。その険悪さの原因はもちろん国によって様々ですが、その中で共通して浮かび上がってくるのが「仕事のない若者」です。仕事がないせいで不安定な生活や絶望的な将来を、彼らはどうにかして解消しようとします。それは酒に溺れることかもしれないし、盗みに入ることかもしれない、はたまた暴力的なデモにお祭り気分で参加することだったり、ゲリラ活動や戦闘に参加することだったりもします。彼らのような不満とエネルギーを持て余している若者は政治的に利用されやすいのです。

そうしてそんな若者がマジョリティーになった時、均衡は崩壊し内戦や民族紛争が勃発するきっかけになりうるのです。また内戦が終結してせっかく社会復帰しようとした帰還兵士達が、故郷に帰っても仕事がないためにまたゲリラ部隊に戻ってしまい、結局内戦が再発するというケースは珍しくありません。

 

「有難う、本当に有難うございます。この子に仕事を与えて下さって」

Methaがおいとまをしようとソファから立ち上がると、ズーラのお母さんはMethaの手を握りながら何度も何度も言いました。ズーラはそんなお母さんを、照れもあるのか、邪険に追い払おうとしました。でもお母さんは、ぼろぼろのアパートの階段をゆっくり降りていくMethaとズーラを、戸口のところに立ってずっと見送っていました。

 

もちろんMethaはズーラの人生を救ってやろうと思って彼を雇ったわけではありませんし、おまけにこの仕事は期間限定であり、その先の彼の生活に責任など持てません。また時として「やっぱり彼を雇ったのは失敗だったか」と思い、彼に警告めいたことを説教したりしたのも事実です。それでもその後少しずつ年齢相応の「社会人」らしくなってきているズーラを見て、ズーラのお母さんが言っていたことの大切さに改めて気付くのでした。

Methaが何か特別な教育を施したわけでも全くないのに、確実にズーラは成長しました。「僕は人々の役に立ちたい」などいう意味のない言葉はほとんど口にしないようになりました。

それはきっと、そんなことをわざわざ口にしなくてもズーラ本人がまさに「誰かの役に立っている」自分自身を実感しているからなのです。

 

(ズーラ・おしまい)

 

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