[勝間通信]

 房総半島勝間集落-「晴耕雨読」の生活日誌。優しい響きの四字熟語、実際にはとても厳しいライフスタイルでした。「晴耕」は肉体の鍛錬、「雨読」は思考回路の活性化。「あるものは使い、無いものはつくる」、創意工夫が求められます。日々変化する森羅万象の観察力が養われます。そんな日常をご紹介しています。


   [勝間通信] 2004年6月25日

夏至の勝間・盆明けのような勝間の風景

 やはり今年の気候はすこしずれているのでしょうか。新暦の6月21日は夏至、昼夜が同じ時間となる日です。例年このころは曇天か雨、むしむしとした梅雨特有な気候なのですが、今年は快晴・低湿と、盆明けのようでした。

 新暦の6月21日は旧暦の5月4日。五月晴れであっても不思議ではありませんが、逆に旧暦の6月21日は新暦の8月6日、お盆を控えた時期。季節の流れが生活と一体となっている農村地帯では、このようにとらえどころのない天候には悩まされます。去年の冷夏といい、今年の早くやってくる季節といいどうなってしまったのでしょうか。

 しかしこのころの勝間は実に快適でした。緑よし、風よし、空よし、夕暮れの雲は秋空。簾ごしの風景も鮮やかでした。二月も先取りした、梅雨の最中の一瞬の季節外れを味わいました。

[写真上:アトリエの庭先から見た夕暮れの勝間]
[写真下:アトリエの簾越しの緑]

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   [勝間通信] 2004年6月17日

猫といっしょの田舎暮らし」

 「猫びより」という雑誌の編集者のKねーさんから連絡がはいりました。頁が埋まらないので取材に行きたいと。「猫といっしょの田舎暮らし」という特集ですから断る理由はありません。

 おいでになったときは快晴の勝間、取材時間はほんの一時間程度でしょうか。残りは昨年切り倒したまま放置されていた孟宗竹を畑に積み上げること、家の脇にある隣部落に続く小道の草刈を手伝っていただきました。お聞きしてみると、このような肉体労働は初めてだそうです。感謝です。

 彼女と話をして気がついたのが勝間に移り住んで7年目を迎えていたこと。思いを込めて住みはじめてみたものの、まだその一端も実現できていないこと。

・「晴耕雨読」・・・

 「晴耕」は肉体の鍛錬、「雨読」は思考回路の活性化ですよね。これはかなり厳しい。年とともに両立は困難に。

・「自給自足」・・・

 自分が食するものは自分で作る、不足しているものは育てて賄う、必要なら採取する。昭和30年代までの日本の農村を思い浮かべればいいのですが、ひとつの屋根の下の大家族も地域共同体が希薄になっている今の日本、これも難しい。

・「地産地消」・・・

 「地元で生産、地元で消費」、どこまで実現できるのかもっとも興味深いことなのですが、当然一人では家族では不可能です。最低でも部落単位で考えるもの。「晴耕雨読」と「自給自足」は個人の問題ですが、「地産地消」は意思を共有する集まりが必要です。

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   [勝間通信] 2004年5月17日

五月晴れは・・・気がつけば高温多湿と強い風

 このところの天候不順を勝間で見てみると、雨が多く、晴れると風が強い。以前は通年で平均風力2M以下ですから、風力発電などとんでもないということでしたが、昨年末からは始終強い風が吹きまくっているという印象です。部落の人もそんなことを口にします。なんなんでしょう。気象庁は風については何も言いません。房総半島独自の現象なのか、それとも上総あたりだけのできごとでしょうか。

 五月を迎え、五月晴れを期待していましたが、これも外れます。急に高温多湿の梅雨を思わせる気候が始まりました。あたりは夏草が茂り始めましたので、鮮やかな緑に包まれているものの、さわやかさは今のところやはり味わうことはできません。

 五月の連休の後は例年農家の衣替え、夏仕様にします。東と南側の縁側の簾を新しいものに交換します。古びた農家も生き返ります。これで強い日差しをさえぎり、室内からは簾越しの夏景色を眺めることになります。




   [勝間通信] 2003年4月7日

「アホで間抜けなブッシュとスターリンオタク・サダムのいくさ」・・・

 イラクの戦いのニュースを見るにつれ、反吐の出るような感覚を覚える。糞ったれの戦いを誰が望んでいるのか。TV画面で合衆国政府のしみったれの高官が、使えなくなった下半身を奮い立たせ、糞まみれの勝利を傲慢に語るのを見るにつけ糞から目を背けてしまう。どうしたらいいのかも判らずチャンネルを変えることになる。この戦を解説するヤツがいる。彼らは同罪だ。そいつの糞の穴に糞まみれの箸をつっこんでやりたい。 (大行征)


   [勝間通信] 2003年2月2日

・[勝間の竹炭-2] 炭焼小屋

 園芸屋さんの炭焼きは半年で終わります。県道沿いに小さな構えのお店を出し竹炭を売りに出してみますが、どうも思わしくなかったのでしょう、しばらくして店をたたんでしまいました。人手がかかる割に売値を上げられなかったのかもしれません。経済効果は得られませんでした。

 園芸屋さんが炭を焼き始めてしばらくすると、部落のもう一角で炭が焼かれ始めました。もうひとかたが挑戦したのです。その当時はあまり気にかけていませんでしたので解りませんでしたが、後でお話を聞いたところ、どんな釜がいいかあれこれ挑戦していたのだそうです。

 炭は長時間かけて蒸し焼きにしてできあがります。ですから窯の温度がすぐに冷めては困ります。窯のなかでは、熱が炭全体に均等に回ってほしいので、燃やし始めには窯のなかの空気の流れに気をつけなければなりません。竹の仕込みに一日、燃焼に一日、熱を冷ますのに一日、一回の炭焼きに三日間は必要です。竹をどの大きさで炭にするのか、その作業場は、窯の薪はどこに置くのか、火の具合を観察するにはどうすればやりやすいか、焼いている最中に出る竹酢をどこで受け止めて溜めるか、等々炭焼きもそう簡単ではなさそうです。

 もうひとかたの炭焼き人、弓削田さんといいます。炭焼き小屋は自宅の前、自家用菜園の一角に建てられています。この菜園、有機・無農薬菜園なのですが、一見すると雑草で覆われているようです。野菜と季節の花と堆肥の山と・・・それらが渾然一体。自然の有様そのままを再現しているかのようです。その一角に写真のような小屋ができあがりました。その特徴は長く斜めにつきだした煙突。あれやこれやの結果がこの姿になったようです。

 窯のしつらえにも相当時間を費やしたとのこと。あれこれと工夫に工夫が加えられています。それらをお一人でやってしまったことが凄いですね。お百姓はやはり「百の匠」、百匠でした。(つづく)



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   [勝間通信] 2003年1月24日

・気がつくといつの間にか旧正月・・・

 正月を迎えHP更新を・・・と考えてるばかりで作業が進みませんでした。で、気がついてみると梅は蕾を、土手にはうっすらと緑が。昼間も心持ち長く感じられるようになり、いよいよ春、農歴の正月。農に携わる人には大切な節目です。まもなく部落では春祈祷のおまじないの御幣が辻々に立てられ、豊作をもたらす神を迎える準備が始まります。とはいえ風は冷たく、動き出すのには一寸。コタツに座って縁側越しに春めいてくる風景を眺めるに留めています。


・[勝間の竹炭-1] 勝間の炭焼きを紹介

 炭がブームになっているようです。身体にいい、湿気を吸い取ってくれる、お米の臭いを取り除いてくれる、インテリアの飾り物にして臭いを吸収してくれる、環境に優しい、などなどいろいろな効用が評価されています。特に竹炭の話題が多いのですが、竹は本州を北限にして日本中に自生しています。成長が著しく早く、3・4年で使い物になりますし、春先の竹の子は棄てがたい魅力です。

 いいことずくめのようですが、周りが竹林のところは手入れが大変です。ほおっておくと家の中まで押し掛けてきますから。それに里山から雑木が消え、植林された杉や檜は放置されたまま。いつの間にやら竹に浸食されてしまいます。勝間はまさにそんな状態にあります。川越の園芸農家の友人は、房総半島一帯にはびこる竹林は年ごとに増えていると感じたそうです。

 二年前、下の園芸農家に 「これだけある竹を放っておく手はないですよね。今、竹炭は売れるそうですよ」、 の一言で彼は炭焼き小屋を建て、従業員を使って竹炭の製作に取りかかりました。この辺りでも、昭和30年代までは炭焼きが行われていたそうで、勿論その頃の炭は雑木のコナラ、ブナ、椎など。昨年亡くなられた部落のじっちゃんに聞いたことがあります。ですから下地はあります。しかし、先代先々代が高齢、または亡くなられたでノウハウの伝承はほとんどなかったようです。

 園芸家は、勝間の先の炭焼きを生業としているところを覗いて焼き方を学んできました。後は実際に自分で試してみること。焼き上がっては見せてもらいました。生焼き、半焼き、焼きすぎ、何度か繰り返すうちに出来が良くなりました。竹だけでなく、炭にできそうなものを辺り構わず焼いてみます。右の写真にある招き猫の脇がその時焼いた松ぼっくりの炭です。光沢のあるしゃきっとした見事な炭になりました。丸竹の花差しとともにさっそく玄関に飾ってみます。・・・(つづく)

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   [勝間通信] 2003年1月1日

[勝間通信] 2003年1月1日 家族・友人・そして志を共有する人たち "新年快楽!" 今年もOUR−STUDIOをご支援ください

 昨年暮れ、大掃除の最中突然に全身疲労、高熱(といっても37.8度)で寝込んでしまいました。夜中には平熱に戻るという、これまたいい加減な身体、原因は普通の風邪、ウィルス性ではありません。懐かしい病気です。本来なら最後のHP更新としたかったのですが、とりあえず新年だけはと思い、例年のご挨拶とさせていただきます。

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