[East-Asia / People & Trip] [東アジア-人と旅]


 東アジアってどこ?で始まった台湾の旅、1984年のことです。以来仲間たちと東アジア各地を訪れてきました。東アジアは「漢字」「儒教」の土地。その国々の大きな歴史の中で、一度は触れた「漢字」と「儒教」。旅はそんなところへと向かいました。訪れた国々は、中国・韓国・北朝鮮・台湾・香港そしてベトナム。ベトナムも朝鮮半島も、かつては漢字を使っていたのです。

 台湾での仕事の際に学習した中国語が東アジアでは役に立ち、普段訪れることのない場所・巷の人々との会話・会食、と貴重な体験を得ることもできました。そこで、雑誌や会談などで話をしてきたもの、東アジアを訪問するごとに得た新たな体験を紹介していきます。
東アジア雑記には二つのサブタイトルがあります。

[東アジアは停看聴] この由来は台湾にあります。車で鉄道を横切るとき、踏切で見受けるのが「停看聴」の看板。日本では「止まれ!見よ!」と教わりました。車の運転教本には、これに「聴け!」が入っています。台湾では「止まれ!見よ!聴け!」。

 旅の面白さははまさに「停・看・聴」。何か感じたら足を止め、のぞき、話を聞く。必ず得るものがあるはずです。そこで面白さを体験したらもう旅は「停看聴」。行く先々、田舎を、街を、人々を理解することができるようになるでしょう。  では<東アジアへ停看聴!>  (写真は台湾東部、花蓮市から南の森坂営林署に向かう踏切)

[勝手に中国語講座]
 人々との出会いで知った柔らかい中国語の使われ方を体験から紹介していきます。


[東アジアは停看聴] INDEX`04

「台湾の安室奈美恵」−張恵妹 (台湾・台北) June/30/04

・・・「カラオケ」とマネジャーの名刺に刷り込まれていますから、カラオケをします。モニターに一人の歌手のライブが映し出されていました。原色を使ったパッチワークの衣装を重ね着した彼女のフリに惹きつけられました。友人に尋ねると
「張恵妹(zhang hui mei)です。彼女は原住民の酋長の娘さんですよ。台湾の安室奈美恵と呼ばれたこともありました。知っていましたか?」。
そういえばモニターの中の彼女、髪をひっ詰め、小顔で、目が大きく黒くキュートです。安室奈美恵に似ているかもしれません。しかし歌はバラード、音域は下から上まで破綻がありません。このときから彼女のCD探しは始まりました。
・・・

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携帯電話の私的利用法 (台湾・台北) June/24/04

・・・
海外に出ることが多い私は、渡航先で使える携帯電話を複数台所有しています。そのうちの一台にフィンランドのNOKIA製携帯電話があるのですが、これが結構私のライフスタイルに合っています。何があっているかというと、数字にかかわる扱いが実に適材なのです。

例えば、15分後に荷物を整理してホテルをチェックアウトしなければならない、[1500]と入力して一つのボタンを押すと、いくつかのメニューが選べる画面になります。そこから[カウントダウンタイマー]を選んで[決定]を押せば、15分後にノキアサウンドが鳴ってくれます。時計を見ながら荷物整理する必要がなくなります。・・・

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さすがはかつての魔都・上海!(June/10/04)

 ・・・ お世話になったままでご無沙汰していた方々に上海から送った絵葉書、私はかなり気に入っています。1920年代30年代のカレンダーに使われた挿絵、それも著名な芸術家が手がけたものから選んだそうです。雰囲気がいい、今様でない、どこか色っぽい。面白いことに作者の名前が入っている。絵葉書セットの説明では、芸術家や収蔵家の手元にあったものらしい。それに改革開放以降、経済活動が活発になるにつれ、芸術作品などを求める機運が出てきているとあります。

余裕といえばそうかもしれませんが、まあこんな絵葉書中国国内で流通するとも思えません。私から絵葉書を受け取った方々、どんな気持ちだったでしょうか。まだ数枚残っています。ご希望の方、メールをいただければお送りします。ではでは・・・ 

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CALENDAR-1


たまには東アジア最大の都市・上海を (May/30/04) 

 ・・・その日は週末、バンドは夜景を楽しむ人々であふれかえり、立錐の余地もありません。人の集まるところ、それは商売が成り立つところ。抜け目無く物売りが観光客に擦り寄ってきます。背広姿の私を見つけると、「ロレックス安い、ロレックス日本円2000円」。若い小柄な女性が日本語で声をかけてきます。薄暗闇でもはっきりとわかるできの悪いロレックスです。連れが台湾人と分かると中国語で「150元150元」。二人で値段を比較します。「おう、通貨情報が正確だー」。断り続けると次は「ヴィトン、ヴィトン・・・」とウォレット。何とか振り切ると今度はお兄さんが・・・。

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BAND


[東アジアは停看聴] INDEX`03

・上海駅でSARS検査表を提出 (Jun/17/03) ->こちら

 5月いっぱい、中国も台湾もSARS一色。しかし仕事は待ってくれません。北と南、北京と香港・広州は大騒ぎ、おまけに台湾にまで感染者がでたというので、国際共同計画は頓挫寸前・・・

 上海空港に着き、台湾の建築家と合流、いつものように待っていた車で飛ばして飛ばして・・・いつ大事故にあっても不思議ではない状況を感じながら蘇州のホテルに着きます。これから一週間、壊れた計算機、といっても計算をする際に事業採算係数を都合のいいように変えてしまう蘇州の事業者に対して私が与えた愛称ですが、付き合わなければなりません。1ヶ月の空白、現地サイドは国内のメンバーですでに作業を進めていました・・・


・SARSとレスリー・チャン・・・ (Apl/7/03) ->こちら

 2月末に続いて4月はじめに再度中国・蘇州を訪れました。時期が時期です。世界的な話題が溢れている時期の蘇州です。新聞でもホテルの食堂で流されるテレビ画面のトップニュースはイラクの戦い。しかし、私の周りでの話題はまずSARS、新ウィルス性肺炎。なにしろこの発祥は中国ですから。

 日を変えて会うごとに、今日はどこどこで何人発症、何人死んだ、空港が怖い、日本を出るときはどうだった・・・。話題はつきません。何しろ中国はイラク戦争に反対していますから、遠い話題です。彼らが本当に切実なことは自分のこと。死んではお金が儲からない、儲けたお金も死んでしまう。 ・・・


・「蒲東空港に着いたら連絡を・・・」 (Mar/1/03) ->こちら

 台湾から、「携帯電話をもってきてください。上海の蒲東空港で待っていますので、着いたら私の携帯に連絡をください」、というメッセージが入りました。それだけです。ただ一人で出かけ、新しい上海の空港で人が待っている。自由旅行に出かけるわけではありません。不安でした。

 日本の携帯電話は、残念ながら海外で使えません。早速用意しなければなりません。モバイル関連の雑誌から探し出したのがモベルという会社。SIMというチップを販売しています。これをウェッブ上の海外携帯電話販売店から購入して差し込めば、世界のほとんどの国で電話のやり取りできます。用意ができたのは出発三日前、事前にマニュアルに基づいていじってみますが、なにしろ電波が入らないのですから実際に使えるかどうかは向こうに行ってみなければ判りません。これも不安でした。 ・・・  


[東アジアは停看聴] INDEX`02

・三十八度線の町は今・・・ (Nov/7/02) ->こちら
・・・ 番組のクライマックス部分が紹介されておやっと思った。どこか見覚えがあるのだが、風景は明るく華やかなのだ。番組では、離ればなれになっていた二人が、偶然行き交う渡しで再会する云々。画面で見る周辺は明るく、背景の建物は大きく真っ白だった。 ・・・


・「森坂」火災で貴重な風景を失う(追記) (Oct/15/02)
・・・住民がたちあげた「再生森坂」計画に私たちも参加協力したばかりです。「再生シンポジウム」を開催し、翌年には県の文化部からの補助金事業が始まろうとした矢先の火災でした。 久しく訪れておりませんでしたが、今後も森坂の行く末を見ていくつもりです。・・・->こちら


・亜細亜の雑貨で商売? (Apr/4/02)
・・・ 道端のクズがどんなものかは、そこに行ってみなければワカラナイ。というかなりアバウトな発想でしたが、話は面白い。世の仕組みにとらわれて口に糊してきた時代の人間にはなかなかできるものではありません。それに亜細亜の道端には宝の山が落ちているような気もしてくるから不思議でした。・・・ ->
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・台湾に残された日本人村「森坂」を学生に語る (Jan/10/02)
・・・ 昨年の暮れ、私の母校東京芸術大学で、台湾に残された日本人村「森坂」での活動について話をしてきました。知り合いの村松伸氏が芸大学生にアジアについて授業をもっています。彼は、日本の中のアジアを紹介、アジアの国々で活動している日本人をゲストに呼んで話を学生に聞かせています。その一環の一つとして呼ばれました。・・・ ->こちら


・建築家の西澤文隆さんが見つけだした竹の家 (Jan/10/02)
・・・ 今では原住民の家はみなコンクリート造りに変わってしまっている。政府の移住政策によるもの。竹の民家など、それを造る人間がいなくなれば継承する手だてもなくなってしまう。以前にも紹介した台湾中部の竹の家も同様でしょう、竹の棟梁からもっともっと話を聞いておかなければ・・・ ->こちら


・新年に向かってアフガンを想い「水滸伝」を読む (Jan/10/02)
・・・ アフガンでの出来事をテレビで見るにつれ、なぜか「水滸伝」を思い浮かべました。「水滸伝」に登場する人物は無頼の群。腐敗する官僚に追われた者、街のヤクザ、辺境の山賊、盗人、妬み恨まれ罪を着せられた者。で、何となくアフガンを思い浮かべたのですが、もう一度「水滸伝」で内容を確かめてみようと暮れから正月に何種類かの「水滸伝」を読んでみました。・・・ ->こちら


[東アジアは停看聴] INDEX`01

[東アジアは停看聴] 2001年後期 ->こちら
・タレント渡辺満里奈が紹介する台湾の風景 (Oct/26/01)
・「森坂」火災で貴重な風景を失う (Oct/15/01)
・「国のために死ねますか?」
(Oct/1/01)
・瘋癲老人 協力者を失しなう
(Jun/23/01)

[東アジアは停看聴] 2001年前期
->こちら
・台湾タクシー事情
台湾でタクシーを乗りこなす術 (Mar/8/01)
・台湾竹房屋棟梁再訪・台湾竹房棟梁訪問
(Feb/24/01)
・竹構造住宅の仕口とインテリア
(Feb/12/01)
・台湾の日式住宅
(Feb/12/01)
・台湾涼感紀行
(Feb/12/01)
・森坂のNPO
(Feb/12/01)


[勝手に中国語講座] INDEX


・・・ みなさんこんばんは。みなさんが始めて覚えた中国語は何でしょうか。日本にいても、いくつかの中国語はいつの間にか覚えているものです。「ニーハオ」「シィエシィエ」などが代表的ですよね。わたしが30代半ばに始めて台湾へ仕事に出かけたときから、わたしの中国語学習は始まりました。そこで味わった実に面白い中国語学習の体験をお話ししたいと思います。正調あり、裏技ありで、学習書には載っていません。ただし、しっかりした中国語を学びたい方、参考になさらないように。では、始業ベルの始まりです。・・・

注:中国語の漢字には日本語にないものが多く、表記ができません。ここではピンインというアルファベットを使った発音記号で現すことにしました。アルファベットの後の数字は四声というイントネーションにあたります。


[勝手に中国語講座] 08-「馬馬虎虎」いい加減な二人組 (Apl/7/03) ->こちら

[勝手に中国語講座] 07-「新假破来的」骨董品の偽物にご注意を (Mar/2/03) ->こちら

[勝手に中国語講座] 06-「差不多吧」そんなもんでしょ!(Feb/2/03) ->こちら

[勝手に中国語講座] 05-「紅包拿来」お年玉ちょうだい!(Jan/24/03) ->こちら

[勝手に中国語講座] 04-「不理我・・・」 (Dec/1/02) ->こちら

[勝手に中国語講座] 03 -「介紹」一寸紹介を・・・(Nov/24/02) ->こちら

[勝手に中国語講座] 02 -車間距離を保てば (Nov/10/02) ->こちら

 [勝手に中国語講座] 01 -始めての中国語 (Nov/02/02)  ->こちら


[東アジア フォトインベントリー] INDEX


[東アジア フォトインベントリー INDEX] ->こちら
 1990年代初頭、勃興期にあった東アジアを肌で感じ、書き綴った旅の記録です。 建築総合雑誌 "at" 1990年5月号から1992年4月号まで二年間にわたって連載されたものを、雑誌社の好意によりWeb Magazineとして再録しました。その後の東アジアを「10年後記」で述べています。写真は北田英治氏。



[稲葉滋のバンコク通信]


 生涯を放浪で生き抜こうとしているかのような、友人であり仕事の協力者でもある建築家の稲葉滋君が、今、タイの大学でタイ語を学習中。
 閉塞した日本の建築界に嫌気をもよおし、寄る年波にも臆せず、果敢に外国生活へ挑戦中です。筆無精故、定期的な紹介は期待薄かも知れませんが、旅行ガイドでは入手できないなにかが得られること請け合いです。 ご期待ください。(2001年10月まで) ->こちら




生態的環境建築は可能か? (休止中)


房総半島勝間集落-「晴耕雨読」の生活日誌


東アジア-旅の出会いと対話は「停・看・聴」から

台湾に残された旧日本人村の記録 ( 休止中)


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