福島章:『精神鑑定とは何か』, 講談社ブルーバックス, B1075, 1995.07.20., ISBN4-06-257075-0, \760+税.
昨今の凶悪犯罪に関して,TVによく出演なさる福島章先生の本.
存在は知っていてもなかなか実態が分からない, 司法の現場での精神鑑定について,分かり易く解説した本. 例えば裁判の中での鑑定書の位置付けや,鑑定における具体的な手法, 事例紹介などが示されている.
ただ,精神鑑定結果が司法でどのように扱われるかについては 全く批判しておらず,精神科医としてそこはやはり何か言うべきではないかと思う. 特に犯罪を犯し,無罪となった精神病患者を,収容し, 加療する専門の施設が日本に存在しないことについて ご意見を伺いたいところだ.
例えば,妻を殺害したとされる被疑者が,詳しく調べた結果精神分裂病と分かり, 無罪判決が出るという事例が出ている. 一審の判決が懲役4年という量刑の軽さも驚くが, 被疑者は罪を犯したという認識をしている(量刑が軽すぎると不満を述べている) にもかかわらず「精神分裂病」という診断で即, 心神喪失→無罪というのはどうかと思う.
殺人の動機が精神病に由来する妄想だったとして, 犯行時に自分を完全に見失っていたとは到底考えられない. 被害者の命が失われるという点で殺人としては同じであるのに, 病気による妄想なら罪にならず,常人の勘違いや無知や偏見による 妄想の場合は罪になる,というのはどうだろう. 動機が妄想でも故殺はやはり重い罪だと思うのだが. また,分裂病の一点で責任能力も「なし」と判断されるのであれば, これはこれでまたひどい差別だと思う.
本書を読んだ時もこのエピソードにはちょっと首を傾げたが, 後に日垣隆氏の『偽善系II』(文藝春秋,2001年3月)の1章2章を読んで, その疑念はより強くなった.福島先生にはぜひ,精神科医の立場から, 日垣氏が指摘している事件捜査や司法のおかしな現状についてご意見を出して いただきたいと思った.ここでは,被疑者が<心神喪失で無罪となる恐れがある> というだけで検察が勝手に不起訴とし,その被疑者を受け入れる施設もないので 社会に再び戻され,そしてまた再犯で同じことが繰り返されるという, きわめてゾっとする事例が示されている.
検察が勝手に不起訴にしてしまうことについては, 助言する立場にある精神科医は何か言うべきではないだろうか. また,釈放された被疑者について,被害者を増やさないため, また確実に治癒させるため, 当人を収容する施設や制度を何とかするよう動くべきではないだろうか. 特に後者は精神科医の仕事の機会を大きく増やすものだ.
まぁそれはそれとして,精神鑑定が何であるかよく分かり興味深く, 事件報道なども一段深く考えられるようになるという点で, 本書の存在を評価したい.
福島章:『殺人と犯罪の深層心理』, 講談社+α文庫,F14.2, 1999.07.20., ISBN4-06-256356-8
人間の進化の歴史に触れながら,不完全な捕食動物としての人間のありようが, 種々の凶悪犯罪とそこに見られる攻撃性に繋がっていると考察している. 凶悪犯罪を世紀末の事象として,最近の社会の変化にその原因を求めようという 風潮が少なくない中,人の存在そのものにその起源を探ろうという姿勢, さらには,凶悪犯罪の犯人の中にあるものと共通のものが, 普通の人間にも普遍的に存在するという姿勢は共感する.
この本の内容にちょっと補足すると, ヒトの捕食動物としての特性が定着したのは狩猟時代で, 新人に進化してから数万年の歴史により, 自然選択が働いてその特性は遺伝子のレベルにまで定着していると思う. 一方,農耕時代にヒトに身に付いた特性は, まだ十分遺伝子にまで定着していない気がする. 簡単に言えば,狩猟時代に人のハードウェアができあがり, 農耕時代に現代人にまでつながる心や行動のソフトウェアができあがった. 従って,狩猟時代にできあがったハードウェアから来る衝動を, ソフトウェアの更新のみで押さえようというとき,色々軋轢が出てきて, その一部が犯罪として発現してしまうのだと思う.
(2000.08.27.記)(2001.04.28.更新)
福島肇:『電磁気学のABC』, 講談社ブルーバックス, B728, 1988.05.20., ISBN4-06-132728-3
1991年にワープロ文豪mini5に専用モデムをつけてNIFTY-Serveに入会し, その頃は割とよくRCに顔を出していた.そこで一度だけお会いしたのが 「福島センセ」こと福島肇氏で,そこで紹介してもらったのがブルーバックスの物理, 電磁気,相対論の各ABCだった.それで早速3冊とも購読してみた.
この本はその中で,電磁気学の基本について分かり易く説明している. 特に,電場,磁場など直感ではとらえにくい「場」という概念の解 説に力を入れいている.
電磁波が伝わるのに,何か物質の媒介が必要との観念に固執すると エーテル論となり,現在も反相対論の擬似科学者がその存在を熱心に提唱する. しかし,空間が電磁波を伝える性質を持っている, 場というのが物質と同様に実在であるという考えに立てば, 古典的な意味のエーテルは不要となる.読んでいるうちに, 擬似科学者の想像力の貧困さが何となく分かってきた気がした.
(1998.01.31.記)
藤田紘一郎:『笑うカイチュウ』, 講談社,1994.09.20., ISBN4-06-207069-3
コワイモノ見たさで読んでみたけれど,実は寄生虫に対する愛情に溢れた本.
しかし寄生虫の学者はヘンな人ばっか(笑). あとで考えたら目黒寄生虫館館長の亀谷了先生の影響がすごくでかい なぁと納得したけれど(つまり亀谷先生はもっとヘン). ただし続編の『空飛ぶ寄生虫』はあまり面白くない.
藤田紘一郎:『体にいい寄生虫』,ワニブックス,1997.03.20., ISBN4-8470-1272-0
『空飛ぶ寄生虫』が大して面白くないなんて言っていたら出ました. 強烈な本が(笑).
時々話題になるサナダムシダイエットについてもっとも詳しい本. 何しろ体を張って実験してますから(^^;. 一方では医学関係者としての倫理もちゃんと満たしていて(と思う), 健康法の本としても理想的.ただ, 寄生虫がアレルギーにいいという話はどうも否定的な話が最近ニュースにちらほら. サナダムシが体にいいかということの真相は読んでのお楽しみ.
と学会の『トンデモ本愛の世界』でも取り上げられている.
(2003.12.29.更新)
保坂展人: 『ちょっと待って!早期教育』,学陽書房,1996.01.30., ISBN4-313-65071-7
七田チャイルドアカデミーの七田眞氏の早期教育を始めとして, 加熱する乳幼児教育に対して批判を行っている本.NHKの朝のニュースで七田眞氏批判の本ということで(七田氏の反論つきで)紹介され, 期待して買った.「子育て脅迫情報」という言葉はいい表現だと思う. 青沼貴子氏のイラストもいい.
七田式教育批判は主に第4章. ここでは,七田氏の障害児に対するひどい偏見の見られる表現や, <牛乳で育てると牛並みの脳にしかならない>という馬鹿げた発言, マニュアル化されすぎた教育法(子供を8秒間抱きしめよなど)などを 批判している.これ自体はあまり悪くない.
でも,これは気にしすぎかも.強調筆者.
なんと細かく、おせっかいなことだろう。 何かに似ていると思ったら、管理的ムードの強い中学校あたりで配られる 『夏休みのすごし方』などというプリントそっくりではないか。 妻は「夫を見送る」のがあたりまえで、三度の食事の支度・片付けも すべて当然のように妻がやり、サラリーマンの夫との「夫婦の語らい」の 狙いは胎教のための「社会、科学の学習」をテーマとせよとスケジュール表は 指示している。
ラーメンのCMの「私,作る人,僕,食べる人」で騒いだ フェミニストみたいな突っかかり方.
七田式のスケジュールが専業主婦の母親を想定しているだけであって, 女性の社会進出を否定しているというものではないだろう.また, 「主婦が社会進出していない」という命題自体が間違いだと私は感じている.
もっと問題なのは,この本が七田式教育のオカルト傾向に対してほとんど触れていないことだ.氏の本には,胎児や乳児に透視能力やテレパシーなどの 超能力があるとはっきり書かれているし,七田式教育の売りはその能力を 開花ることにもある.その方面については,と学会編『トンデモ本の逆襲』のP.123〜126で藤倉珊氏による ツッコミが入っているので,そちらを参照されたい.『トンデモ本女の世界』でも田原総一郎氏の記事が P.198-203にある.
保坂氏があまりオカルトにつっこまないのは,氏が元社会民主党の衆議院議員 (2003年11月の選挙で落選)で,ここの党是が「憲法ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」 というまた別の種類のオカルトじみた発想のところだからとは言い過ぎだろうけど
2chの育児板にある七田眞氏のスレを見ても具体的に七田氏のオカルトネタを挙げて面白がって いる人がほとんどいないあたりからして,普通の人はそういう話題は そもそも認識の埒外ってことで見なかったことにしてしまうのかもしれない.
また,改めて読み返して感じるのは,この本の主張の怪しさ. 幼児教育を煽るのが「子育て脅迫情報」なら, この本はさしづめ「ゆとり教育脅迫情報」と言える. 詭弁のガイドラインを思い出す. 「15:新しい概念が全て正しいのだとミスリードする」
例えば第8章でオウム事件に言及しているが, 事件について「偏差値エリートの暴走」ぐらいの認識でしかない. この章自体が「「偏差値カルト」は生き延びるか」という標題になっている.
オウム真理教は組織として実態のある破壊的カルトだが, 「偏差値カルト」にどんな実態があるというのか. 組織立ったメンバーの獲得やマインドコントロールによるメンバーの搾取を 行っているのだろうか? そんな主張は特になく, 「偏差値カルト」とは現状の社会や教育に対するレッテル貼りにすぎない. 詭弁のガイドライン「11:レッテル貼りをする」.
現状をそのようにレッテル貼りして否定し,また, 公文式にのめりこんで子供を虐待するに至ってしまった母親などを紹介し, 極端な事例により早期教育や「偏差値競争」などを否定するというのが この本の骨子となっている.
公文式については,詭弁のガイドライン「17:責任転嫁」か. 「児童虐待は早期教育が原因!」.しかし, 髪の毛掴んで引きずり回すとか,プリントをひたすら暗証させるとか, そんなひどい虐待は普通の親にはそうそうできるもんじゃない. 公文式をやっていても虐待なんかしない親が大半だろう. 「2:ごくまれな反例をとりあげる」にも該当するのかもしれない.
また,6章では「緊張がとけないオトナ子どもたち」という標題で 東京医科歯科大学小児科・心身症外来の医師,三好邦雄氏の談話を紹介している. 臨床の場からの最近の子供の問題を解説してもらっているのだが, こんなことも氏は言っている.
子どもたちに早期教育と、早すぎる机の上の勉強が加わってくると 感性が衰弱していきます。発想が硬くなって、オリジナリティがなくなってしまう。 やがて、エネルギーが低下してしまい、机の上の勉強も伸びていかない。 あせって勉強しても、どんどん後から来た子に追いこされていく。ところが、 これは勉強が足りないんじゃないんです。
早期教育と「感性の衰弱」,「発想が硬くなってオリジナリティがなくなる」 という現象の関係はどう証明されたのか.というか,証明のしようがあるのか? こんな不合理な表現を使わなくても,
「早期教育と、早すぎる机の上の勉強を強いられた子供のなかには, 途中で元気がなくなって成績が伸び悩む子供がいる」
と表現すれば十分ではないか.「感性が衰弱する」などというのは, 科学的な根拠のない煽りでしかないだろう. 詭弁のガイドラインでいえば「4:主観で決め付ける」に相当. 「早期教育を受けると子供の感性が衰弱する」.
結局本書は,主張の多くがレッテル貼りなどの煽りでなりたっている.
七田式教育も問題だと思うが, この本もやはり,用心して読む必要があるだろう.
(1998.01.28.記)(2003.12.29.更新)
【は】 【Book Review Index】 【ま】