牧まさお:『宇宙からの医者 ドクター・フリッツの奇跡』, 小学館,1997.09.20., ISBN4-09-380421-4

「宇宙」には"そら"とカナがふってある.
著者は以前,パンタ笛吹という名前で,共著者の真弓香氏とともに,青山圭秀医師を批判する『アガスティアの葉の秘密』という本を出している.その本は,『科学朝日』1995年7月号の<と学会 超常メディアウォッチ>にて,「情けねぇぞ、アガスティアの葉!」とか「青山博士の再反論が読みたい」と好意的に取り上げられていた(2000年にはサイババの暴露本も出して話題になった).
が,しかし,今度は完全にビリーバーである.少なくとも批判的なことは出てこない.では,アガスティアの葉のインチキを暴いた著者が推す,ドクター・フリッツとその医療はどんなものか.
フリッツ医師とは,第一次世界大戦で戦死したドイツ軍の従軍医師である.その霊がブラジル人ルーベン氏にとり憑き,毎日1000人もの患者に医療行為を行っているという.ルーベン氏はそれまで一介のコンピュータ技術者だった.医師免許は持っていない.
フリッツ医師の治療は主に注射であり,時に手術を行う.注射は茶色の謎の液体を,腕とか背中とか鼻とか目とかにする.なぜか痛くないという.手術の方も痛みはなく,施術中に医師と談笑できるほどで,術後は歩いて帰れるという.これが本当のことならすごいことだ.
まずなんといっても注射がアヤシイ.茶色の液体はいったい何か.TVの取材が来た時に彼はそれを明らかにしている.やおら洗面器にアルコールとヨードチンキとテレピン油を混ぜて,注射液を作ってしまったのだ!.それでいきなりゲストの医師の首に注射.なんだか一撃必殺のような気がするが,この注射の効能は,以下の通り(P.110).
「注射液の中のアルコールは、炭素、水素、酸素からなっています。これらは簡単に分子分解し、私の治療の原材料となって働きます。これらは、それぞれの体内で、違った相関位置を組み、別種の構成物質になり得ます。つまり、体内の磁場を操ることにより、腫瘍を解体したり、健康な細胞を再生したり、出血や痛みを消したりできるのです。宇宙の真実では、肉体は個体ではないのです。肉体とは、絶え間なく共振しあう素粒子でできた、電磁気の集合体なのです。もしあなた方が、エネルギー場と質量を相互に関連させて、同じ波長の場を作れば、私が作るのと同じ磁場を発生させることが出来ます。あなたは、電磁場を操らなくてはなりません。本当は、それが一番難しいことなのですが……」
なんだかよくわからない.
要約すればアルコールは分解されて違うものに合成され,色々効くということ,それはフリッツ医師の超能力(電磁場を操る能力)も関与している,これを真似るのは難しい,とのこと.そりゃ難しそうだ.が,「炭素、水素、酸素」といえば人体に一番豊富に存在する元素だ.何も不潔な環境で注射することなどなかろう.肉体の宇宙の真実がどうこうというご高説と,洗面器の液体を注射という,不衛生で即物的な治療行為とは実に好対照をなしている.
アルコール,ヨードチンキ,テレピン油の混合液を注射して患者が平気だというのも不思議だ.先の説明ではアルコール以外の材料は要らないはずだし,テレピン油の注射は無茶苦茶体に悪そうだ(そういえば太平洋戦争の頃,南方で釣った魚をテンプラにして食べたら全員下痢したという話があった.揚げた油がテレピン油だったとか).
注射が痛くないという点については以下のようなご立派な理屈がついている.
ドクター・フリッツは大脳皮質の細胞膜の両極を、彼の宇宙エネルギーで操作できます。だから麻酔なしでも痛みがないのです。
P.126
衛生的にも「ここは、聖霊レベルでの殺菌波動で溢れている」ので問題ないとか(P.79).
いや,まぁ,こういう説明を信じるのもいいのだけど,困ったことに,もっと簡単で納得しやすい説明が,まさにこの本に書かれている.牧氏と同行し,注射を打ってもらった真弓香氏がこんなことを言っているのだ.
「あれって、全然痛くなかったわ。というより、注射針は絶対皮フの中には刺してなかったわね。あの茶色の注射液は、皮膚につけたガーゼの中に発射したに違いないのよ」
P.109
牧氏もこの後,「彼女と同じことを、僕も感づいていた。それは、人や症状によるのだという。」と書いている.
つまり少なくともこの2人は,テレピン油なんか注射されていないわけだ.やれやれ.
とすれば,他の全員も注射なんてされてないんじゃないかと思えてならない.これで,無痛だったり衛生的に問題が出なかったりといったことも充分説明がつく.薬液がテレピン油だって平気だ.どうしてこんなの信用するかね>パンタ笛吹氏
手術の方も疑わしい所がけっこうありそうなのだが,残念ながら真相は私にはよく分からな.どんなのかというと例えばこんなだ.
乳児の目の障害を直すために来た母子.フリッツ医師はいきなり母親の目を切開し始める.(P.163)
「これは、私の行う手術の中でも、一番難しいものの一つです。これが、愛情溢れる母親の赤ちゃんを治療する方法です。私が今、こうして母親の目を切開して、眼細胞組織を自由にします。すると、2、3日のうちに赤ちゃんの眼細胞遮断現象がなくなるのです。それに伴い、赤ちゃんの目は見えるようになります。母親と赤ちゃんはよく似たDNA構造をしています。ですから、握り合った手を通して、DNAの変化が光子の速度で伝達されるのです」
うう.なんと「ちょ〜」の香り溢れる説明であろうか.「眼細胞遮断現象」って何だ?.DNAの変化が光速で伝わるなんて言うなら,その場で乳児の目が見えるようにしていただきたいものである.
さて,最後にカラー口絵の写真について2点ほど問題点を指摘しておこう.
一点はルーベン氏の写真で,右上に白っぽいモヤモヤが写っている.撮影者のモーラ氏の説明では,フリッツ医師が「私の右手に光が差しこむのが写るでしょう」と言ったとのこと.しかし,光というわりには暗そうだし光源はフラッシュしかなさそうだ.だいいち色が肌色だから,これは撮影者の指が写り込んでいる可能性が高い.フリッツ医師は,レンズに指がかかっているのに気付き,高次元の言葉で「光が写る」と指摘されたのではないかと思う.

また,もう一点は,「電気ノコギリで手術直後の螺旋状の光の束」とある,壁に血の飛び散った凄惨な写真.手術をしたのは「切開好き」のドクター・リカルド(が憑依したアントニオ氏)とのこと.この霊はルーベン氏にも憑依することがあるとか.
で,この光の束なのだが,同じようなカーブで2本写っていること(左のはかなりぼんやりしている),ドアのところに陰が写っていることなどを考えると,カメラのストラップがストロボの光を反射しているのだと思う.

まぁ,こういうわけだから,何となく,「UFOや宇宙人の目撃者は絵が下手だ」というのと同じように,「心霊研究家は写真が下手だ」という風説が出てしまいそうで,心配してしまう.
さて,こんな本が,天下の小学館から出ているわけで,これを読んでブラジルまでフリッツ医師の治療を受けに行ってしまう人が出やしないかと,実はわりと心配している.注射のフリぐらいならいいだろうが,フィリピンの心霊手術と違って,こちらは手術は本当に切ることがあるようだからなおさらだ.せめて,ドクター・リカルドが電気ノコギリ持って待ち構えているかもしれないぐらいの用心はしていただきたいものである.
1998年6月20日のフジTV系番組『奇跡体験!アンビリバボー』でドクター・フリッツのことが紹介されていた.
案の定というか,日本人が一人治療を受けに来ていた.30代前半とおぼしき女性で,子宮筋腫の治療だという.日本の医者に,絶対小さくならないと言われていた腫瘍が,1/3になったと話していた.なんとも胸が苦しい.
腫瘍が小さくなったというのは,レントゲンでも撮ってもらっての話か? ドクター・フリッツの診断をそのまま信じているのではないか?
彼がしたのは,例の茶色い薬液(番組ではヨードチンキとだけ言っていた.アルコールはやっぱり要らないんだ)を注射するだけ.いや,正確には,腹に針を刺して抜くだけ.なら,そんなの医療と言うのか? とてもそれで病が治るとは思えない.早く日本に帰って,腫瘍が本当に小さくなっているか確認してくれと言いたくて仕方なかった.医療行為が云々ではなく,宇宙のエネルギーがというなら,何も医者の真似なんかしなくてもいいじゃないか.
以前宝島30という雑誌でも,卵巣の病気を抱えた(治癒後に不定愁訴が残ったというのが実際のようだが)女性がアヤシゲな民間医療の被害にあう話あがった.こちらは中国の気功師で,この女性は背中にかなりヒドい火傷を負ってしまった.
一体,彼ら民間療法師は,何の権利があって人の体を傷つけているのか.
パンタ笛吹氏の報じるところによると,どうやらブラジルの警察がドクター・フリッツことルーベン氏を摘発したらしい.世の中悪いニュースばかりじゃないね.
ただ,氏は逮捕されてもすぐ釈放され(かの地の警察は色々訳ありらしい),現在ハワイに逃避中とのこと(一応国外には出られないようになっていたのだが).本の予言と違って,21世紀を迎えた今も生きているらしい.まぁ死んでるより生きてる方がいいとは思うけど,そろそろ自分が何をしてきたかよ〜く考えた方がいいんではないか?
最初は口絵の写真があまりにタネの分かり易い心霊写真だったので買った本なのだが,その後こんなに楽しい展開になるとは思ってもいなかった.パンタ氏の無茶苦茶まわりくどい状況説明も笑える.
ルーベン逮捕についてもう少し分かり易いニュースは2ch掲示板のオカルト板の「パンタ笛吹ってどう。」のスレッドを参照されたい.
志水一夫氏のサイトのドクター・フリッツ関係のリンク集から,当ページにもリンクを張っていただきました.どうもありがとうございます.
(2002.06.02.更新)
槇田仁:『筆跡から性格がわかる』,講談社ブルーバックス,1997.10.20. ISBN4-06-257190-0, \740+税.
私は極度の悪筆でずっとコンプレックスを持ってきた. そんな私でもこうして情報発信ができるのはコンピュータ様々である. それで,この本で少しでも私の悪筆の理由が分かればと思い買ってみた.
読んだ感想として,『筆跡から体格がわかる』とも言えるなと思った. 本書で筆跡と関連があるとしているのは,「性格」と言うより「気質」であり, 気質の分類は有名なクレッチマーの体形分類に基礎を置いている. つまり,分裂気質の人と循環気質の人と粘着気質の人が書く文字は違った 傾向があるらしいということだ.
で,驚いたことに,自分の悪筆の様相がまさしく「S型」 (やせ型,分裂気質)によく一致していた.
「自分が一致しているような気がする」というだけでは様々な錯誤を含んでいる 恐れがあるので,これだけで筆跡と気質に強い関連があると断言できないし, そもそも「性格」や「気質」そのものが錯覚であるという議論も最近聞いた. なので,多分に慎重になるべきだとは思うが, それでも本書に書かれている事項は興味深い指摘だと思った. まぁ,性格や気質が錯覚でも体格は客観的に分類可能なので, ひとまずは筆跡と体格の関係を分かり易く示した点でも意義深いと思う.
とにもかくにも,血液型性格関連の議論に比べればはるかに有意義だと思う. 筆跡と体格が関連ありそうだということにそれなりの説得力があるし, 筆跡と気質の相関を突き止めるために行った数々の実験も興味深い. 少なくとも性格に関連した研究では,性格とは何かというメタな議論や, 科学的に妥当な統計処理が不可欠なはずだし, 本書はそれを行っていることを示している. ちなみに血液型でまともな統計処理をすると, 大抵性格との相関が見られなくなってしまうようだ.
後で知ったのだが,昔のヨーロッパでは, 筆跡による性格判定が血液型性格判断のそれといくらも変わらない スーパーなものだったらしい(昔とは限らないようだ).世間では,血液型で, 人の行動を予測でき,仕事の適正や恋愛の相性まで判断できることになって いるようだが(もちろん科学的に立証されてはいない. だいたい,性格と血液型の相関があったとして, どうしてそれで相性やら何やらが決められるって言うんだ?), 筆跡鑑定もそれに近いものを期待されていたようだ.
本書については,そういう擬似科学としての筆跡性格関連とは, 明らかに一線を画している.性格心理学そのものがトンデモである という指摘に対しては反論する材料がないのだが.
筆跡で体格が分かること自体はどういう意義があるのかと疑問に思っていたが, 事件捜査の科学鑑定に関する本を読んだら,プロファイリングの中で, 犯人の脅迫文などから気質を推定するというのが出ていた.気質は, 体形と関連があるので,ここから犯人の背格好(やせ型とか肥満型とか)が 分かるのだという.筆跡と気質の関連を解明する研究は, 例えばこんなところで役立つと分かった.
それにしてもこの本は古臭いイメージがあるなぁと思ったら矢幡洋氏による反論がネット上にあった. ちょっとこれの正否を評する言葉が出てこないけれど.
「気質」の分類が面白くても,実際の人間を類型論で考えるのはどうかと思う.. でも,創作を理解する上では役に立つもののようだ.
(2003.10.28.更新)
松田美佐:『うわさの科学』,河出書房新社,1998.01.15., ISBN4-309-50139-7
1968年生まれの若い研究者による,現代的な,うわさに関する解説書.
一度広まってしまった噂は,自然消滅ということがよくある一方,どんな対策でも消すことはきわめて困難だという.それは,うわさというのが単なる事実関係に関する情報ではなく,魅力的な『物語』であるためで,『事実』を否定してもそれで消えるようなものではないという.根強いUFO伝説や擬似科学の隆盛などを思い出すにつけ,なるほどと感じられる指摘である.
(1998.06.22.更新)