Festa 0105 by Spangle Maker


小説

真夜中の咆哮

Written by Spangle Maker

 ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!
 激しくドアを叩く音で,まどろみかけていた真山は叩き起こされた.連休でこれといってすることもなく,夕方からバーボンに氷を浮かせて金魚をながめていた.それでいつのまにかうとうとしてしまった.
 厄神島の難解な事件にどうにかケリをつけてからもう何日になるか.監視していた朝倉もいなくなり,妹の事件の憎しみをぶつける相手が実在しなくなって久しい.柴田も去年死にかけたのが嘘のようにすっかり元気になっていた.柴田….
 ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!
「真山さん,起きてください,真山さん,真山さ〜ん!」
 ておい,柴田だよ! 真山は信じられないというふうに首を振り,だるそうに立ちあがった.床に放り出してあったズボンをとりあえずひっつかんではきながらドアを開けた.
「おいおい! 今何時だと思ってる.近所迷惑だろ!」
 怒鳴りながら戸を開けると,柴田が血相変えて立っていた.
「柴田係長,どうしたんすか,休みの,しかもこんな時間に」
「真山さん,事件です,とにかく弐係にすぐ出頭して下さい」
「どうしたんだ,どんな事件?」
「とにかく重大事なんです」
「朝倉?」
「来れば分かります」
 急いでシャツを着,上着をひっかけて外へ出た.
「真山さん,早く!」
 歩きながらネクタイをしめていると柴田は先に行ってエレベーターを呼び,上づった声でそう呼んだ.

 月が輝いていた.地下鉄はまだあるが,休日ということもあり人通りは少なく,街は異様な静けさに包まれていた.足早に歩くうちに月は高架橋の陰に隠れ,街灯の偏った色の光が二人の陰を遠く遠くへと吹き流していた.何台もの車が二人の横を猛スピードで走り抜けていった.真山は時々後ろをふりかえり,柴田の切迫した顔と路上の車を交互に見ながら歩いた.数分歩いてやっと立ち止まり,ようやく見つけたタクシーの空車を呼び止めた.
「一体何が起こったんだ」
「…」
 タクシーの後席で柴田を奥に追いやりながら,真山は訊いた.真山が座るとドアが閉まった.
「警視庁まで,急いでね」
 行き先を告げてからもう一度柴田に訊いた.
「柴田,本当に朝倉なのか?」
「…」
 柴田は遠くの街灯りを凝視したまま,蒼白な顔でおし黙っていた.
「あいつは生きているのか?」
「…」
 真山はビニールレザーのシートの,冷やりした肌触りを感じていた.

 真夜中の官庁街は,真山のアパートの周辺以上に閑散としていた.二人はずっと押し黙ったままだった.タクシーを下りても黙ったまま歩き,通用門を目指した.
 柴田がトートバッグをごそごそはじめたので,真山はズボンの尻のポケットから自分の警察手帳を出し,守衛に見せて門をくぐった.
 非常扉を示す灯りが,異様に鮮やかな緑に廊下を照らしていた.二人の足音が無人の廊下に響いた.足早にエレベーターを目指した.エレベーターが一階に着くのが異様に遅く感じられた.

 地下二階.暗く沈んだ廊下の向こうに,いつもの弐係の扉が見える.柴田が先に走ってゆき,扉を空けた.弐係の地下室は真っ暗に闇に浸っていた.真山が一歩入ると,柴田もすぐついてきた.暗闇に目を慣らそうと真山は一度まばたきをし,それから慎重に歩いて灯りのスイッチを探した.ほぼ同時に,そこに人の気配を感じた.
 その途端,目の前に閃光が走った.同時に破裂音が立て続けに二人を襲った.
「柴田! 伏せろ!」
 真山は反射的に身を翻すと,柴田を抱え込み,その足を払って地面に臥せさせた.そしてその上に覆い被さった.と同時に右手を自分の腰に回し,そこに隠し持っていた拳銃に手をかけた.
 OA床のささくれた絨毯の肌触りを感じた.どこにも痛みはなかった.血の臭いもない.まだ生きてる.真山はすかさず柴田に馬乗りになった姿勢のまま銃を振り上げた.
「誰だ!」
 そこへ灯りがついた.真山の目の前をはらはらと紙ふぶきが落ちてきた.色とりどりの紙ふぶき.細い上テープが一本,真山の頭の上にフワフワと落ちてきて,ゆっくりと右手の拳銃の上に下がってきた.真山は目をしばたかせた.心臓が喉から出そうなほど早く高鳴っていた.
「ほぉ〜ぉ,お熱いのう」
 真山の拳銃の,銃口のすぐ先に彩の顔があった.
「木戸!?」
 真山の尻の下で柴田がもぞもぞ動き出した.
「真山さん,重い,重いです」
「真山君,もういいよ,銃を降ろして」
「係長…,いや野々村さん?」
 柴田がやっと立ち上がると,ぱんぱんとほこりを払いながら言った.
「真山さん,おめでとうございます」
「はぁ?」
 すかさず,そこにいた真山以外の全員の声がそろって響いた.
「真山警部補,お誕生日おめでとうございます」
 柴田,彩と野々村のほかに,近藤も遠山も奥に立っていた.
「柴田〜!」
 ふりかえると柴田はそこにはおらず,足早に奥の本棚の陰に消えていて,すぐに大きいお盆をかかえて戻ってきた.ケーキがそこにでんと乗っていた.34本のロウソクが林のように立っていて,さっそく彩がチャッカマンで火をつけはじめた.ケーキの真中にはチョコレートで文字が書いてあった.

真山警部補 おたんじょうびおめでとう

「だって去年は私入院してたでしょ.今度は盛大にやろうって,みんなで相談してたの」
「だからってこんな夜中にやるやつがあるか? 俺はキリストじゃないぞ」
「まあまあまあ,真山君,とにかく一杯やろう.雅ちゃんの手料理も用意してあるんだぞ」
 よく見たら机の上に料理とコップとお酒が大量に用意してあった.
「だけどどうやればチョコレートで『警部補』って書けるの?」
「それ,僕がやりました.ちょっとしたコツなんですよ」
「近藤さん…」
 ようやく真山の顔の緊張がほぐれた.
「まったく,みんな,脅かさないで下さいよぅ」
「真山さん,私も手料理作ってきたんですよ」
「ん?」
 一瞬全員の動きが止まった.
「手料理,必ず食べて下さいね.皆さんもね.係長から日頃の皆さんの活躍に感謝を込めて,ささやかなお礼です」
「ちょ,ちょ,ちょっと,脅かさないで下さいよぅ」
「何言ってるんです.真山さん,今日は真山さんが主役なんですから,覚悟してくださいね」
「だからその,覚悟って何よ」
「ほぉ〜ぉ,お熱いのう」
 彩がすかさず冷やかした.
 こうして,地下室のパーティーはいつまでも続いた.
 白んでゆく空に,月はゆっくりと消えていった.

<完>



Last updated May 5, 2001. by Spangle Maker.