ケイゾク/Short Story Vol. 1


小説.

魔境の砂浜、死を呼ぶ波音

ケイゾク File4.5

Written by Spangle Maker


「わぁ、海だぁ! 熱ちっ! 熱ちっ!」
「まだニ月だってのに砂が熱いわけないだろ」
「真山さん、東京湾にこんな砂浜があったんですねぇ」
「まぁ人工の砂浜だけどな」
「海なんて、小学校の臨海学校以来ですよ。私」
「お前なぁ」
「あの〜」
「はい?」
「もしかして刑事さんですか?」
「あ、そうっす。警視庁捜査一課の真山です」
「はーい。同じく捜査一課の柴田です」
「あ、こいつは見習いだから気にしないで」
「わざわざ遠い所ご苦労さんです」
「あなたが亡くなられた五島仁志さんのお友達ですか?」
「そうです。袴田化学工業で五島の同僚の宮前平と言います」
「こちらこそよろしく」
「よろしくお願いしまーす」
「はしゃいでるんじゃないよ」

「『平成五年ニ月三日、五島仁志二九歳は会社の同僚の宮前平章同じく二九歳と夜明け前から釣りにこの浜に来ていた。夜が明けてすぐ、小用を足しに行った宮前平さんは、戻ってきて五島さんの姿が見えないのに気付いた。付近を探すと、岩場、ここですね、その陰で五島さんが倒れているのを発見した』」
「そうです」
「『発見されたとき五島さんは既に事切れており、何か劇薬を被ったように全身がただれていた。特に腹部の損傷がひどく、ほとんど穴があいていた』」
「ええ、まさにそうでした」
「お気の毒ですね」
「本当にひどい状態だったみたいっすね」
「まだ時々夢に見てうなされるんです。あれがもし殺人だったとしたら、とても人間の仕業だなんて思えません。やっと犯人の目星がついたと分かり、ようやく少しほっとしました」
「『当時警察は事件、事故の両方の線で捜査を進めたんですが、結局どちらとも絞りきれず今日に至った』、と」
「説明は分かったけど柴田、結局どうなんだ?」
「実は私、現地に何か重要な手がかりがあると思ったんですよ。調書は死体の状態は詳しく調べても、周辺の状況はあまり押さえてないんです。写真も少ないですし。例えば五島さんが見つかった近くの岩の様子とか」
「岩ねぇ」
「あ、ほらほらほらほら、やっぱり岩に色々痕跡がありますよ。これです。うんうん」
「何なんですか?」
「岩の表面に、ほら、沢山傷がついてますよね。ドーナツみたいに円形の傷。形も大きさもドーナツみたい」
「あぁ確かに」
「でしょ? ん〜、やっぱりそうか。あの、犯人分かっちゃいました」
「もうかい?」
「宮前平さんも気付きませんでした? この傷」
「いえ、ぜんぜん。気が動転していたので、ちゃんとは見ませんでしたから。それに、もっと前から傷があったのだとあの時思いました」
「捜査一課はどうしてこの傷に注目しなかったんだ?」
「人為的なものでないと思ったんでしょう」
「で、柴田、犯人は誰なんだ?」
「犯人は…」

「犯人は?」
「ヒトデです」
「はぁ?」
「英語でシースターの、ヒトデです。全長は、そう、三メートルはあるはずです。そのヒトデが、五島さんを襲って、食べようとして消化液で五島さんを溶かしてしまったんです。宮前平さんの足音に気付いて途中で逃げてしまったのだと思います」
「…」
「…」
「これが、この事件の全てです」
「馬鹿!」
「あ痛!」
「馬鹿!」
「痛!」
「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」
「痛! 痛! 痛! 痛い〜」
「どうもすみません。こいつまだ研修中なもんで。おまけに常識がカケラもないやつなんですよ。ほら、行くぞ、帰るぞ柴田」
「や! いや、放してくださいよ。ほら、いいですか、よく見て下さい。この岩の傷。これは、先が吸盤になっている管足という棘皮動物の移動器官が、岩を砕いた跡ですよ。五島さんを溶かしてしまった謎の溶液も、ヒトデが貝がらを溶かす消化液だとしたら、鑑識で同定できないのも仕方ないんじゃないですか? 犯罪に使われた前例がないですから。というか、犯罪じゃなく事故ですけど。それに、吸盤の大きさから全長を割り出すと、三メートルぐらいになるんです」
「じゃぁ柴田、ちょっと海にもぐってその三メートルのヒトデつかまえてこいよ、ほらよぅ」
「ヒトデですか…。海にはまだ分からないことが多いですからね」
「あ、気にしないでくださいよ」
「いえ、私も、あのとき、何か大きな物体が海に飛び込んでいく音を聞いたような気がしたんですよ」
「そういう記憶は当てにならないもんですよ。あの時は風がわりかし強かったですし、波の音だったかもしれないじゃないですか」
「そうですかねぇ」
「とにかく、こいつの言うことは信じない方がいいですよ」
「でもそれ以外考えられないじゃないですか!」
「柴田〜!」

「あれ?」
「どうした、柴田」
「携帯が鳴ってます。えっと、着信と、もしもし? あ、彩さん? はい、分かりました。真山さん、彩さんからです」
「おう。もしもし? うん。そうか、やっぱり」
「何ですか?」
「濃塩酸、濃硝酸もある。王水がいきなり作れるな。濃硫酸も当然あるのか。水酸化ナトリウムも大量に。高濃度の過酸化水素もあるって? よく今まで爆発事故が起きなかったな 」
「何の話なんですか?」
「本棚には『ドイツのロケット彗星』があるのか。一番目立つところには『ブラッドミュージック』?」
「何なんですか? 教えてくださいよう!」
「ビデオの方は初代の『ゴジラ』、『ロボコップ』、『スーパースリー』もあるのか。懐かしいなぁ。それに『台風クラブ』などなど? 『夏エヴァ』もきっちりあると。そうか…」
「真山さん、もしかして…」
「宮前平、ちょっとあんたの家調べさせてもらったよ」
「そんな、まさか」
「やっぱり、思ったとおりあんたは…」
「キャー!」
「何だよ」
「ま、真山さん! どさくさに紛れて何するんですか!」
「何が?」
「私のお尻触ったでしょう?」
「触らねーよ」
「嘘、いま私のお尻をこ〜う」
「だから〜、いくらなんでも柴田の尻は触らないっての」
「だって触られたんですよ。まさぐってたじゃないですか!」
「だから違うって! それより宮前平はどうしたんだ?」
「あ、そういえば、さっきまでいたんですが」
「しまった、逃げられたか! ったく、お前が変なことで騒ぐから」
「だってお尻触られたんですよ。お嫁にいけなくなったらどうするんですか」
「だから俺じゃねーって」
「でも宮前平さんの家調べたって、どういうことですか?」
「奴はな、いいか、柴田、人体溶解マニアなんだ」
「人体溶解マニア?」
「自宅にその手のビデオや本、それに大量の薬品を所持していたってこと」
「真山さん、ということは、まさか?」
「奴がこの事件の容疑者なんだよ! まったくトロいんだから。奴は五島とつるんで会社からかなりの額を横領していた。五島が殺される前の日、五島がそのことで良心の呵責を感じて上司に内緒で相談していたのが分かっている。宮前平は、秘密が漏れるのを恐れて、趣味と実益を兼ねて五島を溶解させてしまったんだ」
「そんな…」
「とにかく奴を探せ」

「宮前平さ〜ん!」
「宮前平!」
「宮前平さ〜ん!」
「宮前平!」
「宮前平さ〜ん!」
「宮前平!」
「宮前平さ〜ん!」
「宮前平! …うわ!」
「真山さん!」
「柴田、来るな!」
「やぁ!」
「だから来るなって言っただろう」
「み、宮前平さん。そんな…」
「もう死んでるよ」
「死因は…、失血によるショック死? 薬品中毒の方が先か…。体が半分、溶けてなくなってる…」
「自分まで溶かしちまうとはな。人体溶解マニア名利に尽きるってもんか」
「…」

「困るな。また犯人に死なれたのか?」
「早乙女管理官…。お疲れ様でーす」
「…」
「なぜすぐに連絡しない。ともかく君達は重要参考人だ。ひとまず署までご同行してもらうからな。林田君、連行したまえ…、あれ? 林田君は?」
「そういえば、さっきまでいたんですがね」
「とにかく探したまえ。林田君!」
「林田さ〜ん!」
「林田君!」
「林田さ〜ん!」
「林田君!」
「林田さ〜ん!」
「林田君!」
「林田さ〜ん!」
「林田君!」
「林田さ〜〜〜〜〜ん!」

<終わり>

2000年11月執筆



Last updated April 27, 2002. by Spangle Maker.