


Mr.Suzuki:鈴木俊彦遺稿集:第3回
”アメリカ・カナダの旅K"
Calgary:Cowboy Town
鈴木俊彦、玉子
●第一章 ロッキーの山
第三日目 カナダ・カルガリーに向かう 二
カルガリー到着
カナダの産業は、製造業一五%、農林水産業四%、小売ホテル業一五%、地城社会・個人サービス三五%、金融・保険五%、運輸通信六%、その他一五%となっている。だから未だに一次産業のもつ比重はかなり高い。
なにしろ、農業といっても、穀物生産地帯の一戸当り耕地面積は五〇〇ヘクタール平均というとてつもない広さ。広い広いとたまげて来たアメリカの又二倍以上、日本の五〇〇倍という広さだ。
その生産内容は大規模、機械生産で、輸出本位の換金作物生産である。小麦、大麦がその主産である。
いまわれわれの向っている方向の右手、つまり東の方への拡がりは、カナダの中でも広漠たる大平原だ。ここいらは、氷河の侵食で一面に一つの平坦な土地続きである。その代り、左手の方、われわれのこれから入ろうという土地は、カナダの皺が幾重にも重なり合っているロッキー山脈、カスケード山脈などで、もっと大きくは、南北アメリカの西海岸の背骨になっている。メキシコから北のアラスカ迄、南北は三〇〇〇粁位にわたって連なっている。しかも三千米、高きは四千米、もっとも高いマッキンレーは六千米の高峻の峰、その間を何億年かの氷河がするどく削り込んで、谷をなし、湖をつくり、流れを複雑に形成している。
その谷間に明日は入るのだが、そのとてつもない眺望は、左手に夕暮の空の下、かすかに見えるだけで、静まり返っている。明日も晴天を約束してくれるように、空は茜色である。
今宵の宿、カルガリーはアルパータ州南部の中心の地で、パンフ国立公園の南東の入□に当り、ここから鉄道ほバンフを通ってジャスパーに連なっており、更に左に曲ってパンクーパーに通している。又、北上する鉄道はエトモントに通じている。
このまま宿に入らずに、この町を見物しておこうと南から北に通り抜けて見ることにしたが、すぐ鉄道の駅のところで、市内の繁華街もそこいら辺りから左手。われわれの宿もその辺りとすぐに解る小さな町、と思っていたが、人口は五十万を超え、カナダでは人口の急成長の町だという。小麦取引きの中心地であり、ロッキーの入口としてより有名。
目ざすウエステイン・ホテルも商業中心地の真中で、すぐにもわかった。三十階以上もある大きなホテル、やはりチェーンの一つ。チェック・インLて十二階の部屋に入る。なかなか上等の部屋、例によって二組に分れる。まだ明るいから、街に出て日本食をとることにした。この位の街には必ず日本食がとれる店がある。
日本食といっても何でもあるわけでなく、アメリカ、カナダの日本料理店はやはりアメリカ風の日本食が多い。鉄板焼き、シーフード、ふんだんの野菜、もちろん天ぷら、すしもあるにはある。
今日の店の職人は日本からの出稼ぎ人だがなかなかの、ひょうきん者らしく、孫を相手に手ぎわよく焼けたのを、皿の上にポイと落してくれる。
土地のプドー酒がよかろうと、息子と二人で三杯ほど飲だ。かなりいける酒である。
この日本料理店は割合整っており、感じもよく、アメリカやカナダ人の客が数組いた。旅行客である日本入や、商社の日本人中心の経営ではとてもやっていけない。アメリカやカナダの中流以上の入達を吸収しないと店はやっていけないそうだ。日本食も世界に向って、進出し出したものだろうか。
食事を終って外へ出たが、まだタ陽がある。八時過ぎである。十時にならないと暗くはならない。もう少し散歩しようと思ったが、こどものプール要望で宿に戻る。それにこちらのショッビングは早じまいである。 明日の準備もあるので、僕らは部屋に引き込む。プールはこどもとおやじだけ。
こどもが大はしゃぎしすぎ、下のがタイルに転んでケガ、大したことはないので、氷で冷しておけぱよいというので休ませたが、上の方はプールのお開きまで頑張って、十一時少し前にようやく部屋に戻ってきた。
明日は山中に入るので、例のにぎり飯の支度をしておこうということになって、寝るのは十一時をかなり廻ってしまった。
・・・・・・ 第四日へ
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