Mr.Suzuki:鈴木俊彦遺稿集第3回

”アメリカ・カナダの旅D"photo/train_4_20040508.jpg      

 

AmericanTrain

鈴木俊彦、玉子

第一章 ロッキーの山 

第一日目 アメリカの西北部 二

 やがて、砂漠地帯は完全に終わったと見えて、どこもかしこも豊富な水、そしてこの水を使って田畑に灌水しているのが見える。田畑とはわれわれ日本人の慣用語で、つい農地を見ると田畑というが、ここでは一枚の田もない。畑といっても、日本流の耕地ではなく、ほとんど牧草地、それに灌水しているのだ。たまには、トウモロコシやソバ畑もあるようだ。又、灌水といっても、日本流の水路をつくて、畑に水を引くのでなく、草地はとてつもなく大きなスプリンクラーを動かしhたもので、その形もさまざまである。一直線のもの、輪形のもの、固定しているもの、移動するもの、なんでそんなに幾種類もあるのか知らないが、アメリカでも農機具の売込みの結果かもしれない。最長八〇〇米もあるスプリンクラーには、おったまげた。日本では考えられない。

 その八〇〇米もあるスプリンクラーが小さく見えるのだから、牧草地の広大さは、涯てしなく続く。ただ、驚異と羨望だけだ。それでも日本のことは頭から離れないし、世界のそうした中で、日本農業も自ら生きる道はあると思う。広い土地に抗して農業を成立させる知恵、日本人にはあると思う。なにしろ日本には日光がふんだんにある。水もふんだんにある。土地のせまいのにはどうにもならないが、日光と水は、それを補って十分なものがあると思う。

 そんあ思いをしながら、暫く水辺に沿って車は時速一〇〇キロ位で走っている。ふと、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなりという名句を思い出した。

 私にさえ、水の眺めは常に流動的で、何かを想わせるものがある。又、とあるほとりに出た。「往くものは斯の如きか、昼夜をおかず」と孔子のいわれた川のことを思い出した。どの位の大きな川か、水量や、流速はどの位の川か今迄わたしは、そんなに大きい川とは思ってもみなかったが、アメリカの川を見、中国の川を思うとき、日本流の小さな川でないような気がして来た。

 それに、アメリカのここでの河はゆったりしていて、流れがどちらに向いているのか、さっぱりわからない。あるとき息子が、アメリカの川はどう流れているのかわらない時があるという。車と並行して流れており、車はかなり上り坂なのに、水も同じ方向に流れていることがあるという。これは広い土地で、水はどこかを通って、やがて、車の方向と同じ方へ流れていくものだろう。ここでもアメリカの広さがあるというもか。

 やがて、アメリカの鉱物資源の豊富なところにさしかかった。昼過ぎ通過した町がいかにも西部劇に出てくるような古びた町で、そこに鉱山の町らしい臭いも感じた。第一次産業は農業でも鉱業でも、そうはなばなしい感じは受けない。特にアメリカのような大規模開発をしているところでは、行きずりの旅人にとって、表面活々として生産活動を感じさせない。それに鉄道はいかにものんびりしていて、積荷のための停車か、停まったまま動きもしない。総じて、日本の鉄道のように、いそがしく上下を往き来している所は、この一週間の旅では見たこともない。こんどの旅でも一日に、二本くらいの汽車が走っているを見たが、いかにも、のんびりしている。よくこんなで経営ができるものだと、日本の赤字国鉄を思い浮かべて、息子に聞いてみたら、アメリカでもカナダでも鉄道の現状はかなりの赤字のようだと答えてくれた。アメリカ、カナダそれぞれやり方は違うが、貨物部分に対しては、その積まれる商品に対して、連邦政府から、かなりの補助が行われているという話。カナダの谷合いを走っているとき、川の両岸を別々の会社の鉄道は走っていた。かって鉄道全盛時代は、きそって社会の花形であったが、現在では自動車にまったく押されてしまっている。ただ、国土がバカでかいので、鉄道の役割は、現在でもそれなりにあるという。

 話は少し前になるが、砂漠地帯を抜け、水場にそって、やや走ったあたりで、最初のレストプレイス。こども達のトイレ休憩もかねて三十分余休む。

 こうしたレストプレイスは、必ず木立の中にあって、涼しげな木の下、ほんとに休憩という気持になる。だからレストプレイスにはかなりの人達がいる。その後のどこでもそうだ。夏休みのシーズンだから、年配の人からこども連れの家族が多い。ここでは見なかったが、こうしたレストプレイスにはボランティアのご婦人達が、家々の手製のビスケットやコーヒーをサービスしてくれる所が多い。手作りのケーキだから、種々雑多で、その土地の特徴があり、我が家の自慢のものらしい。代金は無料だが、若干の金を函の中に入れていく。日本のお遍路道にあるそれと同じか。売店の精神とはまったく違ったもののように思う。

 もう一つ、トイレには必ず紙がきちんとおいてあるし、水洗には必ずお湯もでる。それに施設全体が、掃除も行き届いていてきれいである。

 アメリカの夏はキャンピングカーも多いので、その車の専用トイレがあるのが普通とか。どこかで、車のトイレをきれいにすることが必要。したがって、レストプレイスの幾つかに一つは自動車ごと便所「に入る施設があるようだ。ここのプレイスも、少し離れた場所にそれらしきものがあって、なるほど車社会の行き届いた配慮というものだ。日本のように車だけあればよいというものではない。

 こども達は、セブンアップという日本のサイダーみたいなものの缶を買ってくる。僕もビールを飲めば最高だと思ったが、運転してくれている息子のことを思うと、そうもいかないので、麦茶でがまんということになった。

 車に弱い玉子はいかがかと思ったが、もう一〇〇キロ位来ているのに、どうということはない。これはしめしめと思った。この先、どうなるかは知らないが、何しろ道がすばらしいのと、車が少ないこと、息子の運転という安心感があって、どうやら大丈夫らしい。

 鉱山を過ぎ、谷合を抜けると・・・・・・

             ・・・・・・ Next


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鈴木俊彦遺稿集

第1回:私の仏教観(1988)

第2回:ニュージーランドの旅(1990)
第3回:アメリカ・カナダの(1986)

@まえがき

A旅の準備とシアトル:飛行機の中
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