


Mr.Suzuki:鈴木俊彦遺稿集:第3回
”アメリカ・カナダの旅H"
Glacier National Park Montana
鈴木俊彦、玉子
●第一章 ロッキーの山
第二日目 カナダ入りを目ざして グレイシャー 三
蝙蝠
アメリカは広い国で、本土だけでも時差が四時間もあり、すでに一時間は時計の針を進めをけれぱならない所に来ているのだ。息子は、年の三分の一位アメリカ中を飛ぴ廻っているので、そんなことは百も承知の筈だが、今日ぱかりは家族を引きつれての旅、とんと失念していたようだ。
だから、時間はすでに十時寸前、でも食堂では嫌な顔もしないで、われわれの食事を整えてくれた。一、二品、品切れがあって、外のものを注文した。
この宿のウェイトレス達は、ホテル人と思えない清楚なところと、反面、場慣れしてないところもあるような気がした。その時は時間が一時間ずれていることを、われわれは気がついていない。
やがて、ウエイトレス達のそぷりが落付かなくなった。実は、今夜十時から、お客様方を歓迎しての、ホールで歌やショーがあるのだという。そして既に十時を廻っていることを知らされ、われわれの時間が一時間くるっていることもわかった。それは気の毒とも、済まないとも思ったた矢先、マーチ風の音楽がホールの方から聞こえてきた。そういえぼ、さっきホールを横切ったとき、これから、なにやらある準備が進められていたと息子がいった。
それと、ここのウェイトレスやポーイなどの大部分は、全米各州の大学かち選抜された大学生で、夏中をここで働いているのだという。そうだろう、生々と楚々と、立ち働く姿は若者のそれであった。
アメリカではこのように大学生は夏休み中働いて社会体験と財布とを重くしている。
結局、僕らは十時をかなり回った時分に食堂をおじゃましたことになった。既に売店も閉っていたので、ご婦人達は明朝の買物に期待を寄せ、新は明日のプールを思いながら、暫くマーチ風の音楽など聞いて部屋に引き上げた。
それでもなお、孫はプールをせがんだが、ここのプールは戸外、すでに閉鎖しているので、やっと納得し、部屋に戻った。
夕食に行く前、うす暗くなる頃、無数のこうもりが、部屋のヒサシの所を飛交っていた。コンクリートでない木造りのヒサシはかっこうの棲家にふさわしい筈、明朝、穴倉のような所にこうもりがたくさん逆さまにとまっているのを見た。
こうもりという字は、たしか蝙蝠と書くんだなと、妻と二人して思い出していたが、孫達は吸血鬼ドラキュラを、漫画本から思い出したら気味悪がった。僕は蝙蝠は、虫へんに福あまねしと書くからめでたいものだと話したが、夕暮の空を怪しく飛交う蝙蝠にはなんとなく、うす気味が悪いのも、誰でも感ずるところだろう。
ついでに、動物と鳥の戦争に際してとった蝙蝠の話をして、男の孫に蝙蝠的人物はいけないよと、老人めいたことをいって聞かせた。それにしても初夏の夕暮の空を飛ぶ蝙蝠は何か、そぞろな思いをさせる。ふと韓愈の詩を思い出した.
その一節
山中の石はごろごろとして
道はかすかについているぱかリ
その道を上って、寺に着けば、
蝙蝠が飛んでいる
座敷に上り、きざはしに坐せぱ
降ったぱかりの雨は、たっぷりと
バショウの葉は大きく
クチナシの実もふくらんだ
旅は人を感傷的にするも、僕のような不粋な者でも異国の広漢たる平原にあって、夕空に新月を見るとき一種の感慨が湧いてくる。
タ暮、この広いホテルの前庭に、屋条旗がひるがえって、鎌のような新月が出ている。詩人ならぱ、数行の詩となろうものを。
寝るとき思った。明日の昼食、どうもパンと肉では腹の落ち着きが悪いので、息子に計って昼食用の米を炊飯器にしかけて寝た。かくして、われわれの旅行第二夜が深まっていく。
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