電子交差点

    アリゾナ便り 

                        小谷啓子


 季節はずれでになりましたが…
 カウボーイたちの夏

 鉄のゲートが開くと、鼻息の荒い大きな黒牛が弾み出た。長い角を振り、土煙をたてて走る。背中のうざっといものを振り落とそうと、体を弓なりにし、バネのように弾ませる。後ろ足を蹴り上げ、下半身を右左にひねる。跳ねても跳ねても、若い牛乗り(ブルライダー)は揺るがない。ぴったりくっついて離れない。左手で綱を固くにぎり、右手を高く上げてバランスを取りながら、牛の動きに合わせ、上体をリズミカルに揺らす。歓声と口笛が競技場に響く。「その調子だ!」「ふんばれ!」怒った牛が後ろ足を思いっきり蹴り上げ、大きくツイストすると、さすがの牛乗りも、バランスをくずして落下。落ちた「邪魔者」に牛が威嚇の姿勢をとると、はでな衣裳のピエロ二人が割って入る。牛の気がそれたすきに牛乗りは立ち上がり、すばやくゲートの外へ。耐久時間は9秒、フォームもなかなかだ。この地元のエースは、3万ドルの賞金を手に入れられるだろうか? 聴衆は固唾を飲んで得点掲示板を見つめた。

 私の住むプレスコットで夏の恒例になっている「ロデオ」の一こまだ。現在全米各地、さらにカナダやオーストラリアでも行われているこのカウボーイの技能オリンピックは、他でもないこの町で、1888年に始まった。

 ロデオ

 ロデオは、カウボーイが日常の仕事に使ってきた技の競技会だ(種目は以下参照)。プレスコットの「世界最古のロデオ」には、全米・カナダ各地から各種目当たり50〜100の競技者が集まり、予選を過した10〜15人の競技が観客に披露される。各種目の優勝者には賞金が出る。ちなみに今年は「対牛レスリング」の$34,000をトップに、$18,120(女子障害競争)までが与えられた。「ロデオ・カウボーイ」と呼ばれる人達は、賞金目当てに夏の8〜10週間を、全国のロデオ会場回って過ごすといわれている。

 ロデオ種目
 荒馬ならし(bareback riding)野生の暴れ馬の背に鞍をつけずに直にまたがって、耐久時間(最低8秒)とフォームを競う。

 対牛レスリング(steer wrestling)体重200〜300キロの牛を放し、馬に乗ったカウボーイ二人が追い、まず綱で角をとらえる。次に一人が馬から飛び降り、牛に組みついて角を押さえて倒す。わき腹を地面つけるまでの時間とフォームで勝負する。難易度の高い競技ゆえ、賞金は一番高い。

 縄かけ:個人(calf roping)放った牛を追い、首に縄をかけて倒し、四肢を縄で縛りあげるまでの時間(今回は7秒が最高)とフォームを競う。

 縄かけ:ペア(team roping)放った牛を追う二人のカウボーイが同時に縄を投げ、一人が角、もう一人が肢を捕らえ、牛を動けなくする。時間(6〜9秒)と連携プレイのうまさを競う。

 鞍付き荒馬乗り(saddle bronco riding)気性の荒い馬に鞍をつけて乗り、時間と乗りこなしのうまさを競う。ロデオの花形競技。

 女子障害競争(barrel riding)馬上のカウガールが3つのドラム缶を順に回ってコースを走り、時間を競う。缶になるべく近づき、倒さずに回るには、馬と乗り手のコミュニケーションが大切だ。唯一の女子競技として、ロデオに花を添えている。

 牛乗り(bull riding)牛は本来乗るものではないが、乗ることの難しさと危険さゆえに、カウボーイの技を試す種目として採用された。振り落とされるカウボーイが怒った牛に踏みつけられないように、道化師が助っ人に入るのが慣わしだ。

 これらの正式競技の間に、子供たちの羊乗り競争、アクロバット(馬の上で逆立ちに近いポーズをとったり、馬の腹にしがみついて走ったり、鞍の上で立ちあがって星条旗を振ったりする)や、飾りたてた6頭立ての馬車のパレードなどが聴衆の目を楽しませてくれる。


 動と静 カウボーイの二つの顔

 日本やヨーロッパの人に「アリゾナ」のイメージを聞くと、たいてい「カウボーイ」という言葉が「インディアン」や「サボテン」、「砂漠」と一緒に返って来る。確かに町でカウボーイ装束の人をよく見かける。でもこれは単なるファッションではない。時は変わっても、「カウボーイ」は牧畜業者の中に健在であり、その文化的伝統はアメリカ南西部人の誇りなのだ。それを守って後世に伝えていくための活動も活発だ。プレスコットでは夏の恒例行事、「ロデオ」と「カウボーイ詩人集会」がその代表だ。カウボーイがその動的側面、肉体技を披露する「ロデオ」に比べると、その逆の静的、知的部分をアピールする「詩人集会」は外部の人にはあまり知られていないと思う。毎年夏、週末をはさんだ4日間に千人を超えるカウボーイ、カウガールが全米各地、さらにはカナダやオストラリアから集まり、古典から現代詩までを朗読し、西部版「講談」をユーモアたっぷり聞かせてくれる。彼らの多くが詩人でもあるのは、詩作と朗読が荒野の唯一の「娯楽」だった歴史からきている。

 ところで、「カウボーイ」という言葉を連発してから気づいたが、カウボーイと言われる人達の真の生活を知る人は意外にないのではないか。「カウボーイ」と聞いたとき目に浮かぶのは、西部劇のシーンではないかと思う。「駅馬車」(1952年)、「真昼の決闘」(1952)、「シェーン」(1953)、「OK牧場の決闘」(1957)「リオ・ブラボー」(1959)など、いい作品がいくつもあった。カウボーイハット、ヒールの高いいブーツ、太い皮のベルトに銃がまぶしい我らがヒーロは、言葉少なに、ひたすらクールに、拳と銃で悪を挫き、愛する町と人々に平和をもたらす。私たちに定着しているこの"カウボーイ"のイメージだが、牛追いを業とした狭義のカウボーイの実態とは、ややずれていることも言っおかなくてはならない。

 牧畜王国と元祖カウボーイ

 純粋な意味でのカウボーイが活躍した時代は以外に短く、アメリカが「牧畜王国」であった1866年から1886年といわれる。牧畜牛は16世紀、スペイン人によってアメリカ大陸にもたらされるが、それが食料として消費されるようになるのは、肉食が北軍兵士の常食となった南北戦争を待たなければならなかった。(以前は豚肉がメイン。)鉄道網もあまり発達していなかった当時、テキサスなど南部の牧場から北部の鉄道駅までの食肉牛の輸送には、牛自体を歩かせることしかなかった。数千頭の牛が幅400メートル、長さ1200メートルほどの帯を成し、大平原を日に25kmほど進み、数ヶ月後に目的地にたどりついたという。この牛の群れをまとめて歩かせるのが、元祖カウボーイの仕事だ。12人くらいがチームになり、多くの馬を連れ、年に二度、春と夏に大移動した。冬になるとカウボーイたちは牛主の家の"離れ"で共同生活をし、家の修理や雑用をしながら食べさせてもらったという。カウボーイ志願者は、主に南北戦争後に職を失った元兵士と、冒険心に富む南部の若者だったが、西部にあこがれる東部のインテリ層、法に追われる流れ者なども加わった。ほとんどが十代ku凾タやがて鉄道網が全国を網羅すると、牛を長距離歩かせる必要がなくなった。1890年には、牧場から最寄駅までの移動距離はわずか5〜6キロまでに縮まっていた。ホーム・ステッド・アクト(1862年)の適用を受けて、未開地を開拓して所有する人々も増えた。1870年には牧畜牛の耐寒性が証明され、モンタナ、ワイオミング、コロラド、ダコタ(南北)といった北の州に続々と牧場ができ、鉄条網の発明(1974年)も「大平原」の囲い込みに拍車をかけた。その結果、1890年代には、かつてのような限りなく開かれた土地での放牧は不可能になった。また牧羊ビジネスの拡大で牧草が減り牛がやせたこと、86年87年、モンタナの大雪で北部の牧畜牛が多数凍死したことなども大きな打撃になった。移動型の元祖カウボーイの生活様式は急速にすたれていった。

 カウボーイはかっこよかったか?

 ここでまた西部劇に話しを戻すが、ハリウッドの作る物語では、たいてい善悪の対立が基本モチーフになっているため、スクリーンでは殴り合いや銃撃戦、カーチェイスならぬホースチェイスがクローズアップされる。インディアンはどちらかとえば「悪」の側で、「襲いかかってくる」迷惑として描かれてい。牛の群れを追いたてて旅したカウボーイたちの普通の生活は、ごく断片的にしか見られない。映画に出てくる銃撃戦やおっかけっこだが、元祖カウボーイの生活にはあまり縁がなかったのが事実のようだ。大きなハプニングと言えるものがあるとしたら、雷に怯えた牛たちが雪崩のように迷走するスタンピードくらいだ。放牧の全盛期に5万人いたカウボーイの中で、銃弾に倒れた者は10年間に30人、そのほとんどが不慮の事故だったと言われる。カウボーイとインディアンの関係は良好で、インディアンから優れたカウボーイも生まれている。

 ジョン・ウェインやゲーリー・クーパー演じる西部劇のヒーローは小奇麗な身なりをしているが、これも、数ヶ月間ほとんど着たきりすずめだったカウボーイの実状とは異なる。鉄道駅のある北部の町で無事牛を引き渡し、お金をもらったカウボーイたちは、まず久しぶりに風呂に入り、散髪し、これまでの一張羅を焼いて、町で調達した新しい服に着替えて酒場にくりだしたと言われる。彼らがピカピカでいられたのは、稼いだお金が酒、女、賭け事に消えてしまうまでの数日間だっのだ。

 カウボーイ詩人

 牛を追いながら数ヶ月を戸外で過ごすカウボーイの日常は、過酷な自然と思い通りにならない大型動物を相手にした、危険で汚い、きついものだった。日に15時間も鞍に座り、黙々と牛を追う。小さなテントで寝起きし、変化の乏しい食事にも堪える。これといった楽しみもなく、たいくつで、さみしい毎日だった。大平原に飲み屋は無い。文盲のカウボーイも多かったため、本も役立たずだ。そこで彼らが編み出した「娯楽」が詩作とその朗読だった。普段の生活について詠んだ歌、カウボーイ仲間に伝わる「古典」、体験を「小話」にしたものなど、新旧の作品が、食後のキャンプファイヤーで交換された。

 詩人集会 

 やがて、カウボーイの詩作と朗読の伝統を保存しようという組織的な動きが牧畜業関係者の間で起こり、1985年冬、雪深いネバダ州エルコの町で、初の「カウボーイ詩人集会」として開花した。それは、ハリウッド映画やテレビによって薄められ、安っぽくなったカウボーイのイメージを払拭し、カウボーイ本来の姿 ――とりわけ、投げ縄や荒馬乗りなどの華やかな面に隠れがちな静かな詩作の伝統――を後世に残す試みだった。口承されてきた"古典"を保存すると同時に、現代的要素を加えた新しい詩も遺産に加えた。エルコの集会からこの運動は全米に広がり、現在では150を越える都市で、千人以上の詩人を集めた定期集会が行われている。幸運にも私は、今年のプレスコットの集会でボランティアをしながら、4日間、カウボーイたちの詩を聞くことができた。作者不明のものやバラードとして歌われてきたもの、伝説を詩にしたもの(以上"古典")に加えて、"カウボーイ"の末裔といえる現役牧畜業者の最近の作品が詠まれた。以下数編ご紹介したい。

 まずは古いバラードから

「アリゾナについて思うこと」(19世紀半ばチャーリー・ブラウン作といわれる)

好き勝手にできる土地が欲しくて
何ヶ月も探した悪魔が
アリゾナを見つけてご満悦
赤い花をつけたトゲの茂る土地
一目で気に入り、ここぞと思う

己の評判を落とすまいと
土地改革を、角にかけて誓う

まずはサボテンづくし
背の高いの、丸いの、太いの、黄色い花の
そこら中に散りばめる
仕上げはいちばん痛そうな"チョラ"

次に地獄からアパッチの入植だ
そしてスカンク部隊を送りこみ
お気に入りの荒野に、臭いづけ

水はいらんと決めた
一滴でもこぼそうものなら
「おれの髪と角をモップにするぞ!

からからにひからびるまで川にヤスリをかけ
念のために石灰も撒く
「ここの水は飲めないよ」

更なる改善に、ガラガラ蛇を入植
地獄にいる気になれるように
気温は45度にセット
天からの恵みの雨もお断わり

悪魔は吼える高炉に耳を楽しませ
煮え立つ水銀に顔をほころばす
熱い、きつい、すばらしいできばえ!

「地獄といい勝負だろう」
こう言って翼を広げ、舞い立ち
燃える群青の中に消えた

いま地獄のどこかで、
悪魔は大傑作に鼻を高くしている
トゲ、タランチュラ、さそりと言ったら
アリゾナの右に出るものは無い
百点満点の仕事をした悪魔に
もうアリゾナと地獄の見分けはつかない


次は、カウボーイの日常が目に浮かんでくる素朴な一編だ。口承されてきたものを、ジョン・ローマックスが記録した。

「愛馬ダニー・ギャル」

孤独な荒野の長旅も
男と馬ならミスがない
雨、あられ、雪、氷雨
俺とダニー・ギャルが行く

霧と露でぐしょぐしょになり
晴れ間とキミを夢に見る
雨、あられ、雪、氷雨
俺とダニー・ギャルが行く

枯れた茶色の大草原
町の影すらない荒野
雨、あられ、雪、氷雨
俺とダニー・ギャルが行く

川にぶつかれば泳ぎ
毎日が前進への戦い
雨、あられ、雪、氷雨
俺とダニー・ギャルが行く

牛を寝かせ、歌を歌い
夜を徹して見張りをする
雨、あられ、雪、氷雨
俺とダニー・ギャルが行く

嵐に静けさを消された大地
怯えて逃げる牛を追う
雨、あられ、雪、氷雨
俺とダニー・ギャルが行く

山の緑をくぐり
北の町で牛を囲う
雨、あられ、雪、氷雨
俺とダニー・ギャルが行く

キャンプファイヤーの揺らめく明かりに
皆で歌う古い歌
雨、あられ、雪、氷雨
俺とダニー・ギャルが行く


カウボーイの寂しさを詠んだ一編。
「30分の苦痛」 (チャールズ・バッジャ−・クラーク)

なぜこんなに落ち着かないんだろう
月は静かに、明るく輝き、
牛はゆったり休んでいるのに
今夜のぼくは眠れない
毛布にサボテンのトゲがあるでもなし
どうしてこんなにつらいんだ
見張りのジムが、外で
「アニ−・ローリー」を歌っているから

「アニ−・ローリー」?やめてくれ
寝ようにも寝られない
夜が大きく孤独に見える
喉の奥がひりひりする
ぼくのアニ−がよく歌った!
気持ちのよい、明るい響き
ダンスの後、車で送った夜
東の空が白んでいたっけ

うん「彼女の眉は吹き寄せる雪〜」
その瞳は澄んだ水の流れ
「彼女の顔は…」まだ目に浮かぶさ
夢に出すぎてたまらない

柔らかい手がちょっと震えていた
あの夜、あの木の下
「キミがこの世のすべて」と
ぼくが思わず口ずさんだとき

彼女の親はぼくを「負け犬」と言う
「蛮人」、「根無し草」、その通り
ぼくは牛追いになって
今夜もそうしてる
彼女は若いドック・ウィルキンスに嫁いだ
神様、それはないぜ!

あのバカめ、やめてくれないか
外で「アニ−・ローリー」を歌うのを

とても堪えられない
昔のことが思われて
ぼくには過ぎさった、古き良き時代
もう戻ってくるまい
ぼくの見張りの番?わかった、すぐ行く
相棒よ、コーヒーを温めておいてくれ

ジムの歌をやめさせてやる
外で「アニ−・ローリー」を歌うのを


カウボーイの間で語り継がれた伝説を詩にしたものでは、フランク・デスプレスの「ラスカ」がよく詠まれる。メキシコ人のヒロイン、ラスカは、突然の雷におびえて迷走する牛の大群に身を投げ、命がけで恋人のカウボーイを救ったといわれる。

「ラスカ」

自由な人生がほしい、澄んだ空気がほしい
牛の群れを追う愛馬の駆け足に、ぼくはため息する
戦場の銃声のようにムチが響き
ひづめと角と頭のメドレーが
争い、ひしめき、広がっていく
足下は緑、頭上は青
気鋭と危険、命と愛
そして、ラスカ!

昔ラスカは
灰色のムスタングにまたがり、ぼくの脇についた
肩のサラペは青、ブーツの金具はまぶしい銀
ラスかを見ると顔がほころぶ
本もお祈りも知らない女
「アベ・マリア」だけで、すべて間に合ってしまう
ただぼくのそばにいられればいいのだと
ぼくの脇で馬に乗り、ずっと走っていられれば
大地の端から端まで行けるなら

ラスカは大胆
崖に砕ける波のよう
ラスカは奔放
駈け抜ける風のよう
小さな頭から、足までが
ほどばしる情熱で
前に後ろに、しなやかに揺れた

悪天強風と戦う
崖っぷちの松の若木は
ぼくの愛するラスカのよう

ラスカは、ぼくのむさぼる餓え
ぼくから苦味を取り去り、甘味をもたらす
冗談で、やきもちをやかせたことがある
サンアントニオのある日曜、
アラモからきた美人への
ささやき、目配せ、手出し

ラスカは靴下止めから短刀を抜いた
蜂の一突きに、よろめくぼく
左か右にニセンチだけ
今夜はぐうたれている場合じゃない
ラスカは泣きじゃくり、
泣きながらさっとスカーフを破り、
傷をしばっってくれた
だからすぐ許してやった
かすり傷で死にゃしない
テキサスは、リオ・グランデのほとり

ラスカの目は茶色、限りなく濃い茶色
髪はその目より濃い
笑顔としかめっつらの中に、
真紅の唇が曲がり、ちょっと上の青い血筋に、
穏やかなアステックの血にまざって
スペインの伝統が息づく
体中、つめの先までに
生き生きした感情がみなぎっていた

太陽が炎と化し
空が淡い瑠璃色に輝くとき
人は一滴の水も口にしない

重苦しい空、暑い夜
ぼくは隣に座って忘れていた、すっかり忘れていた
休んでいる牛たちのことを
空気が圧迫されてきたことも
テキサスの北風の唐突さとスピードも

まっ昼間であれ、夜のしじま中であれ
怯えた牛が走りだすと
この世の誰にも止められない
あわれな馬と、馬上の者に
狂った牛雪崩が襲う

雷だろうか?ぼくは無言で
駿馬の綱を取り、鞍に飛び乗った
後ろからラスカがしがみつく
いくぞ!風下への熱い追跡
狐狩の比ではない
馬がこれほど役にたたないなんて
二人、命がけで走った
どう切りぬけたかは後で話そう
テキサスは、リオ・グランデのほとり

飛び立つムスタングを、けしかけた
チャンスは一度、たった一度だけ
止まって地面に飛び降りて、馬を撃つのだ
馬の死骸の下で、チャンスを待つ
狂ってめちゃ走る牛の群れが
馬と自分を一度に踏み潰さなければ
天に感謝
そうでなければ
さらば息づくキスよ、長いため息よ
すがすがしい空気よ、大空よ
テキサスは、リオ・グランデのほとり

牛の群れがスピードをあげた、
腰につけたなじみの銃に手をかけたとき
ムスタングが崩れ、ぼくらも地に落ちた
二人しがみついたままで
それで、どうなったって?

誰かの体がぼくに被さり
二本の腕が盾になって、割れそうな頭を守った
二つの唇が固く合わさると
雷が目に飛びこんだ
ぼくらの上を、牛の大波が打ち寄せた
打撃と共に血しぶきが目に入る
やっと這いあがると
ラスカは死んでいた!

ぼくは小さな穴を掘り
ラスカを大地の腕にゆだねた
誰にも知らずに眠るラスカ
夏の輝き、冬の雪
やがて花が咲き乱れ
花びらがラスカの頭を覆った

灰色の小さな鷹が空高く舞い
いたずらコヨーテが小走りする
黒蛇が体をすべらし、鈍く輝きながら、
コットンウッドの裂け目にすべり込む

猛禽が航海を続ける
来てはまた帰り
海上の船のように、堂々と停まる

存在するものがみな、過去のものであるかのような
ぼくのこの無関心はなんだろう
ぼくの心は半分、土に埋まってしまったのだろうか
テキサスはリオ・グランデのほとり

* * *

現代詩の中から、最近の牧畜業者のぼやきを、ユーモアをこめて。

「新聞によると」(ヴェス・クインラン)

新聞によると、牛商売がまたヤバクなったって
これまでに以上に、最悪なのだと

昔は腰をおろしたり、仲間のところに行っちゃ
これ以上雨が振らないと破産だ、なんて言ったもんだが
ほんの冗談さ

大吹雪も旱魃も怖くなかった
でも今度ばかりは震えが来たよ
いい商売でも食べていけなくなるんだと

金利は二倍にはねあがる
ガソリン代も
牛に食わす草も値上だと

この国のほとんどで、上がらないのは
母牛の値段ぐらい

わかったよ!羊にはいい話だ
ニ、三頭飼ってみるか
山羊を群れさせたっていいよ

でも草を根こそぎ食われちゃたまらん
土地が風化しちまう
地下水は深すぎて
灌漑しても金にならねえ

しょうもないのは、あの風潮
あれ食え、これ食うなっていう
赤身のうまい肉に、みんなしかめっつらだ

代わりに魚や鶏をやれっていう
脂身のないきれいな淡白源だと
爺ちゃんが聞いたらどう思うかね
鞍を売って魚網を買って、なまず捕りをするなんて
爺ちゃんはまっぴらだろう

鶏にどうやって印をつける?
穴あける耳もない
牧場に鶏は犯罪だ
考えてもごらん、焼きごてを当てたときの
こげた羽の臭いを

牛屋仲間と頭をつきあわす
俺たち、断固戦うぞ!
赤身のうまい肉が食えないというなら
牛の大群を走らせてやる
ごあいさつにね


 詩は目で読むものと思い込んでいた私にとって、耳で聞く詩はとても新鮮で刺激的だった。肉声からじかに伝わる感情やるムードには力がある。インパクも強い。また、上手な読み手ほど、言葉に命を吹き込み、リズムを与え、耳と心に響かせてくれる。目をつぶるとタイムスリップして、一瞬だが大草原に立っているような気がしてくる。

 みんな、カウボーイになりたい

 カウボーイの夏の祭典には、ロデオはもちろん、詩の朗読会にさえ、たくさんの人が、カウボーイルックで決めて来る。現役カウボーイといえる牧畜関係者もいるが、大半はサラリーマンや主婦や学生など、ふつうの人達だ。知り合いの5歳の孫娘も、カウボーイハットでさっそうと登場。ロデオ会場に置かれたコインで動く"暴れ馬"を見て、「私も、乗る〜っ!」老若男女を問わず、みんな「つもり」だけでもカウボーイになりたいのだ。なぜだろう?回りの人と話していると、なんとなく答えが見えてきた。

 まず、美しい肉体と、それの生み出す技への賛美。今や鍛えぬかれた無駄のない体の持ち主は、アメリカ(特に田舎町)では少数派だ。「細身のジーンズで包んだ、あの肢とお尻が最高よね。あれ見るだけでここに来た価値があるってもの」中年の女友達が言う。この肉体こそが、機能重視で無駄のない"カウボーイ・ファッション"に映えるのだ。と言ってから、"ファッション"にはやや語弊があったことに気づく。カウボーイ装束は、どれも必要性と機能性から生まれているからだ。例えばカウボーイハットは、馬にエサをやるときの"食器"にしたり、バケツにして水が汲めるように、丈夫なフェルトで大ぶりに作られた。ブーツのヒールを高くしたのは、あぶみに足を乗せやすくするためだ。バンダナはホコリから顔を守り、汗もぬぐえる。ジーンズの上に履く皮製の"エプロン"(シャープ)は藪やトゲのある植物から肢を守ってくれる。こういった外皮は、機能をしっかり果たせる中身と一致してこそさまになるのだが、とりあえず外側だけでも真似たいのがふつうの人だ。初老の男が、せり出したお腹とたるんだお尻を、細身のジーンズにぎゅっと詰めてみたりする。
美しい肉体は暴れ馬を押さえつけ、逃げる子牛に馬上から飛びかかり、瞬時にしばり上げる。見事な離れ技!そのスピード感と、軽やかな身のこなしに、見物人は息を飲み、目をみはりながら、はたと思う。「あんなに体を動かしたことが、自分にあっただろうか」。もちろんないのだが、カウボーイハットをかぶり、ブーツをはくと、自分にもできるような気がしてくるのが不思議だ。身を乗り出して歓声をあげるとき、心は馬上のカーボーイとい一体だ。そうしていると、眠っていた自分の動物的・肉体的可能性が目覚めるような気がする。遺伝子に刷りこまれた開拓時代の集団記憶が、現代人の中に一瞬目覚めるかのようだ。

 単なるノスタルジー以上の、祖先の集団記憶とも言えそうなものを追体験させてくれるという点で、カウボーイの詩にはロデオと同じ、むしろそれ以上の力があると思う。無学の若者が月明かりの下でつぶやいた素朴な言葉から、孤独や自然の厳しさ、動物への愛などがストレートに伝わってくる。詩になった西部伝説は、人間が大自然と背中あわせに生きていた少し前の世界に私たちを連いざなう。「人がこんな風に生きていたこともあったんだ」。「こんな寂しい思いをしたのはいつだったか?」カウボーイの言葉を聞きながら、遠い集団記憶の中に、忘れていたものを思いだすと、今の自分の悩みがちっぽけに思えてくる。カウボーイの詩はわが身を振り返り、バランスのとれた視野で捉え直すチャンスもくれる。何ひとつ不自由のない生活にぬくぬくしている自分に、みんな、もう少し厳しくあろうと思う。

 愛する人から離れ、大自然の中で厳しい、汚い、きつい仕事をするカウボーイのヒロイズムはさることながら、それ以上に共感をを呼ぶのは、その人生哲学ではないか。彼らの生きかたには、口にするのはちょっと気はずかしくなるような、素朴で慎み深い、神を尊ぶ「良き人間性」が表れている。それは、世の中がめまぐるしく変わろうと、誰もがいつも心のすみに残しておきたい価値観といえる。

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カウボーイ哲学(ジーン・アーサー)

 カウボーイは
一、敵の弱みにつけこまない。
一、一度言ったことを取り消さない。
一、嘘をつかない。
一、 子供、老人、動物にやさしい。
一、異人種、異教徒に寛容。
一、困っている人に手を貸す。
一、働きものである。
一、女性、両親、法律を敬う。
一、飲酒・喫煙を慎む。
一、国を愛する。

 この人生哲学は、1939年から1945年にかけてハリウッドで作られた西部劇のベースにもなり、戦時中には愛国心を煽るのにも使われた。

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最後にカウボーイの良心があらわれている一編をご紹介して、終わりにしたい。

 カウボーイの祈り(B・クラーク)

神様、ぼくの回りには教会なんてありません
でも「天地創造」は信じていますよ。昔のまま。
あなたがそのできばえを、
「良し」とおっしゃったときの、そのままを

窓から差し込む光に、みんなはあなたを感じると言います
でもぼくには、今夜、あなたがすぐそばにいる気がする
大草原の、静かでほのかな星明りの中に

神様、よい暮らしをありがとう
ぼくをこのうえなく自由にし
人からあごで使われることも
都会の生活に縛られることもなくしてくださったことに

どうか、このくらしを続けさせてください
大空に開かれた仕事を下さい
ぼくを、風と太陽の友にしてください

甘い生活も、贅沢も望みません
負け犬にも優しくなれるように、
誰にも公正で、やさしくなれるようにしてください

神様、ぼくだってたまには羽目をはずします。都会に出たときなどは。
でも誰にも、卑屈だとか、小心者だとか言わせないでください

ぼくの心を大草原のように開け放し
またがっているこの馬のようにすなおに
雨の後ろで吹く風のように清く
そよ風に舞う鷲のように自由にしてください

魔がさしたときには許してください
あなたに隠しごとはできません
あやまちは理解していただける
母よりぼくのことがよくわかっていらっしゃるのだから。
ぼくの言うこと、することを見守ってください
ぼくを光で照らしてください
わき道にそれるようなことがあったら
どうかお導きください
大分水嶺に向かう、長い、暗い牛追いの路を



 現役の牧場経営者が言った。
「僕らは百年遅く生まれてきた。言ってみれば、絶滅の危機に瀕した種の生き残りなのかもしれない」。