いのちの共感共苦 吉田敏浩+宮内勝典 Photo by Toshihiro Yoshida 国境を越えた日本人 ●宮内 吉田さんにお会いするのは二回目ですが、深いところでずっと繋がっているという気持ちがありました。まず、二人とも少数民族の独立闘争に関わってきた。ゲリラ兵士たちと生死を共にして、国境を越えた。ぼくはインディオの兵士たちとカリブ海を密航した。吉田さんはカチン族の兵士たちと、タイやビルマや中国・雲南省の国境を歩いて越えた。密出入国ですね。しかも三年七ヵ月という長い期間にわたっています。このような経験をした日本人は、めったにいないだろうと思います。 だから吉田さんの本を読んでいると、いろんな光景がありありと浮かんできます。雨上がりの密林の匂いとか、銃にはりついた手のあぶらとか、汗、錆、マラリアの恐怖など。読んでいて、まったく人ごとではない。 ●吉田 ぼくが宮内さんとお会いしたのは、1995年に週刊文春の「家の履歴書」の取材で、宮内さんの仕事場が早稲田の学生下宿というか、古い木造の二階建アパートにあったころのことで……。 ●宮内 そうそう、震度3でグシャッと潰れそうな木造アパート(笑)。 ●吉田 この「家の履歴書」というのは、これまでどんな家に住んできたかという歩みを軸にして、各界の人たちに人生観や世界観を語ってもらうというインタビューの企画で、それでぜひ宮内さんにお話を伺いたいと。夏で暑くて、最初喫茶店で待ち合わせたんですよね。 ●宮内 ええ、デニーズでしたっけ。 ●吉田 そしてやはり喫茶店じゃ、なかなか短い間に話が語り尽くせないんじゃないかということで、すぐ仕事場の方へ誘われて行ったんですが、すごく印象深かったのは、アパートの前のブロック塀に蔦がどこからか這ってきてるんですよ。それを宮内さんがどんどん先へ先へ這わそうとしてセロテープでね(笑)、ところどころ押さえてあったじゃないですか。 ●宮内 あっ、見られてたんだ。 ●吉田 それがね、何ヵ所かポロッと剥げかけていて(笑い)、それを宮内さんが一生懸命押さえて、それから玄関に入っていったんです。そのときに、ぼくはそれまで宮内さんの本は、最初の『南風』から『ニカラグア密航計画』にいたるまでずっと関心をもって読んでましたが、その蔦を這わせているところを見て、宮内さんが意識とか心とか夢とかおっしゃるときに、それはけっして人間だけの世界・枠に収まるものじゃなくて、草木といった植物や動物あるいはもっといえば鉱物、土とか石とか、さらには水とか海とか、つまり世界そのものの全体性というものが体の中に染み込んでいる人だなっていうことを、さりげなく(笑)感じさせられました。 内なる森と世界の森との交感 Toshihiro Yoshida ●宮内 自分の視野のなかに植物だけ入れるんです。そこらの植え込みでも公園の一角でも、どこでもいいんです。そうして見つめていると、そこが密林と同じになってくる。東京で暮らしていると消耗するでしょう。だからときどきそうやって、エネルギーを補給するんですよ(笑)。 ●吉田 ええ。 ●宮内 そうやって観照していると、どしゃ降りのジャングルを歩いていた時間に戻っていける。気力が回復してくる。それでどうにか仕事に戻れるわけです。まあ、集中力を上げるための自己暗示ですね(笑)。それにブロック塀というのがどうも気に食わなくて、蔦でおおって視野から消してやろうとしてたんですよ。木の代わりに。 ●吉田 ぼくも樹木はずっと好きで、だからいまの宮内さんのお話を聞いていて、要するに内なる森というんですか……。 ●宮内 ええ、内なる森ですね。 ●吉田 自分の中の森と世界の森とが、宮内さんの言うコミュニオン、交感している。そうすることで、また自分が森の精気・生命力をもらう。それはすごくわかります。 ぼくは横浜に住んでますが、近所の多摩丘陵の一角に好きな場所があるんです。ある団地の公園なんですけど、クスノキが何本も生えていて、その一画が何ともいえない沖縄の御う獄たきのようなところで、そこはぼく自身の聖域みたいにして、おいそれとは入らないようにしているんです。ですから、たとえばそこを窓口にして、ぼくが体験した北ビルマの森の世界とのつながりがまざまざと蘇ってくるんですね。 ●宮内 ぼくも、自分の木を決めているんです、その場、その場で。ニューヨークに住んだときも、近くの公園にすごく気に入った木があって、その木だけ小鳥がいっぱい止まっているんです。まわりに鬱蒼と木があるのに、なぜかその木にだけ群がっている。 沖縄のシャーマンも、元気がなくなって涸渇してくると、森に行くそうです。全力で人を救おうとすると、自分のエネルギーもだんだん底を尽いてくる。そんなとき森に入るそうです。御獄は、そういう場所なんですね。 ●吉田 アメリカ・インディアンがサンダンスをやるときも、木とつなげて踊るんですよね。 ●宮内 そうです。儀式を行なう場所の中心に、一本の木がそびえている。その枝から何本もロープを垂らして、その先に鋭く尖った木片を結びつける。そして、尖った木片で胸の筋肉を貫いてしまう。ロープにぶらさがるような格好で、五日ぐらい断食しながら踊りつづけて、最後は胸の筋肉が裂けてしまう。血が噴きだしてきます。これが、サンダンスの儀式です。宇宙というか、大いなる精霊と一本の樹木を通じて繋がっていく。ロープが本当にへその緒みたいに感じられます。樹木が、天との仲介者になっているんですね。 ●吉田 そうですね。だから『宇宙樹の森』にも詳しく書きましたけども、北ビルマのカチン州の村はずれには必ず、カチン語でヌムシャンという聖なる森があって、そこにたいていラガット樹という大木が生えています。インドのバンヤン樹ってあるじゃないですか。あれと同じ仲間の木ですよね、ガジュマルとか。 ●宮内 うん、うん。すごい大木になりますね。 ●吉田 横にこう広がって。その大木のある一画で、豊饒を祈る儀式が行なわれます。カチン人のアニミズムの信仰なんですよ。そのときに神・精霊が、木にまず降りてきて、木を伝って祭りの場を訪れるわけです。そこでは牛とか水牛を屠って、解体して煮て祭壇に捧げ、お供え物をする。ですから、やはり木というのが天と地を結ぶ柱なんです。木からいのちの力、根の力を授かるんですね。 ●宮内 ぼくも樹木には思い入れがあるんですよ。中米のジャングルで、先住民のゲリラ兵士たちと行動しているとき、一昼夜以上、カヌーを漕ぎつづけなければならなかった。政府軍の勢力圏を通過していたときですから、一睡もしないで延々と漕ぎつづけていた。ゲリラ兵士たちも半分眠りながら漕ぎつづけていた。 星明りの夜の川です。そのとき幻覚を見た。一本の大樹が川の水面からそびえているんです。天を支えるような、ものすごい樹なんです。葉という葉が銀色に光って、ほんとにきれいだった。 ぼくはそれが幻覚だとわかっている。で、目を醒まそうと川の水で顔を洗っても、まだ見えている。だんだん近づいて、カヌーが幹にぶつかりそうになって、やっと消えた。その樹も、ぼくにとっては宇宙樹ですね。 マラリア幻覚とシャーマン体験 ![]() Toshihiro Yoshida ●吉田 カチンの神話のひとつに、月にラガット樹が生えていて、その月の巨樹に不老不死の実がなるという言い伝えがあります。それは、ぼくがマラリアがひどくなる前に聞いていたんですが、マラリアが重かったときに熱が最高で四十二度くらいまで出て、朦朧としていてもう寝られないんですよね。夜中に竹の小屋の外に這い出て、顔を上げると月が皓々と照らしてくれています。そのときに月の巨樹の不老不死の実をもし自分が食べられれば、ここで死なずにすむんじゃないかという幻想に捉われるわけです。 ●宮内 うん、うん。 ●吉田 それでもう昏睡状態になったときに、ぼくもマラリアでは幻覚とか幻聴とかいろいろ出て苦しんだんですけど、意識が戻る瞬間があって、気がついたら夜、椅子に座らされて別の小屋に運ばれているんです。そして連れていかれると、人がウワーッと集まっていて、みんなが一斉にぼくの顔を見ている。どうしたんだろうと思っているうちに、気がつくと体がらせん状に回りながら上昇していく感覚があった。ふと下を見ると、夜の暗い中に小屋が見えるんですね。下に人がたくさん集まっているのと、真ん中に椅子にもたれている男が見えるわけです。よく見ると、あれはおれじゃないか(笑)。だけどなんでおれはこんなところにいるのか、ああおれは死んだのかなと思いました。そうして昇っていくと向こうに黒々とした山影が見えて、そして月にやっぱり神話で語られている巨樹の影がありありと見えるんです。もうこのまま死んで月に行けば、あの不老不死の実を食べられると。だからそのときは冴々とした感覚というか、すごく気持ちがよくて、ああこのままいくのかなと思ったときに、この世に戻ったんでしょうね。 そのとき、ワ・ダンさんというシャーマンが横で激しく体をふるわせながら白目をむいて、頭頂から突き抜けるような叫び声を発したんです。気がつくと囲炉裏の火が、もう焼き尽くされそうな勢いで燃えている。ふだんはこんなに大きな炎じゃないのに、そう見えるんですよね、そういうときは。 ●宮内 うん、わかります。そう見えます。 ●吉田 そして、そのシャーマンの姿も巨人みたいに見えて膨らんでいく。その瞬間に彼はぼくの額に噛みついたんです。ぼくはもうどうしたんだか、何が起こったんだか朦朧としている。まわりで目撃していたゲリラの話では、額を噛んでそこをもう一回山刀でえぐって、そこに太陽の精霊から授かった水を山刀の先から垂らしてくれたというんですね。山刀の刃の鈍い光と、その先から滴り落ちた水が頭蓋をひやりとつらぬいた感覚は覚えています。何日かして意識が戻ってから聞くと、そういうことだったんですが、額に傷痕はないんですよね、いくらあとで見ても。 ワ・ダンさんのいる村は、そこから歩いて四日ぐらいはかかります。でもマラリアのいろんな治療をして全部だめだったから、最後に彼を呼んでくれたんです。いのちの恩人なんですね、彼は。ですからその体験が、ぼくにとっての北ビルマの体験のいちばん底にある部分なんです。こういう体験がなかったら、ぼくのこの世界への理解も、せいぜい三分の一ぐらいにとどまっていたでしょうね。 幻覚の中でカメラを壊すという行為 ![]() Photo by Toshihiro Yoshida ●宮内 吉田さんの『北ビルマ、いのちの根をたずねて』(めこん刊)は素晴らしい本です。カチン族のゲリラ兵士たちと行動を共にする記録でありながら、いわゆる戦場カメラマン的なものとは決定的に違うんですね。ぼくが心を揺さぶられたのも、そのマラリアに罹ったシーンでした。 高熱で幻覚に襲われ、視界が真っ赤な血の色になる。そこに政府軍兵士たちの死体がシャッターを切ったときのままの姿で次々に現れてくる。儀式で屠られた水牛や、吉田さんがゲリラ兵士たちと一緒に食べた手長猿も出てくる。 そこで吉田さんは朦朧としながら起き上がって、ナイフでカメラのレンズを割ってしまう。この場面はすごかった。それからレンズを外して、カメラの内部も砕いてしまう。 ●吉田 ええ、ミラーがありますね。あそこを全部砕いたんですよ。 ●宮内 ああ、カメラの中にある四角なミラー、あれですか。そうか……、鏡を砕いてしまったわけですね。それは象徴的な行為ですね。そのあとですね、カチンのシャーマンのもとに運ばれていったのは。 ●吉田 そうです。そのあと昏睡したりして、助けられたんですよ。 ●宮内 カメラを破壊したことと、シャーマンに救われたことは、深いところで繋がっているかもしれませんね。もしも吉田さんが、戦場でジャーナリストが死体を撮影するのは当然の行為だと思って、てんとして疑わないような人であったら、シャーマンと結びつかなかったかもしれない。カメラを一台砕いてしまったことで、シャーマンの力を受けとめる準備ができたのかもしれない。 ぼくが『北ビルマ、いのちの根をたずねて』で、いちばん感動したのもそこですね。カメラを破壊するというのは、ジャーナリストにとって完全な自殺行為です。これほどの自己否定はない。 だってカメラを壊したら、密林ではもう補充できないのだから。部品一つ、手に入らない。戦場カメラマンは命がけでカメラを守る。それが普通なのに、自分で砕いてしまった。それは極限状況で生死の境をさ迷ってきたということ以上に深い、根源的なことですね。 前の『森の回廊』『宇宙樹の森』と地下水のような流れが、この本でくっきりと繋がったような気がします。 ●吉田 ですからぼくも、これまでの三冊の本に必ずそのマラリア体験とシャーマンに救われたことは書いているんですが、だんだん書けていったというか。最初『森の回廊』の「森の熱」という章に取りかかったときに、こんなことを書いてはたして読者は信じてくれるんだろうかと考え込みました。要するに山刀の先から水が出てくると書いても、そんな荒唐無稽なオカルトみたいなというふうな受け取られ方だと、それを書くことによって、ぼくのルポルタージュ全体の信憑性が疑われたらどうしようかとすごく悩んだんです。だけど本当に救われたのは事実だし、いろんな人も見てるわけで、シャーマンもいのちがけでぼくを救ってくれたわけですから、それはやっぱり書かなくちゃいけないと思いながらも、やはり葛藤があったんです。 ちょうどそのころ、書いているときに脾臓が痛くなったんですよ。マラリアに罹ると脾臓が腫れるんですが、少し熱も出ました。マラリア原虫というのは、細胞のなかに残るんですね。それで病院に行って熱帯医学の先生に訊くと、それは熱帯熱マラリアの再燃ということで、だから書いているときに記憶が疼いて体が反応したんでしょうね。そんなこともあって、なかなか書けなかったんです。 しかしやっぱりだんだん時間の経過とともに、あの体験の意味をもう一回問い直して言語化しようという気持ちになって、それで『宇宙樹の森』を書きました。それでもまだ、血の海の幻覚が出たところまでは書けなかった。それを書くとまた自分の眼の中に血の海が溢れてきそうで、恐ろしいなと思って……。 インディアンの儀式での体験 ![]() Photo by Toshihiro Yoshida ●宮内 でも書いてよかったですよ。ぼくにはそれが真実であることが痛いほどわかった。というのは、同じような経験が何度もありますから。 ぼくがアメリカ・インディアンと一緒にいたときに、シャーマンと出会ったんですよ。日本のどこにでもいそうなおじいちゃんみたいな人でした。見た目には、ごく普通の人です。ある儀式をやるんで、そのシャーマンが鹿を撃ちに来ていたんです、猟銃を持ってね。それは外部の者が参加できる儀式じゃないんですけど、ぼくはその人にお願いして連れて行ってもらったのです。インディアンたちはティピという円錐形の移動テントの中で儀式をやるんですけど、テントの中で火を焚くんですね、やはり。 ●吉田 はい。 ●宮内 火を焚くから、テントのてっぺんに煙抜けの穴があるんですよ。ところが儀式の途中で、はっと気がついたら、そこにいるんです。あなたが月の方へに椅子ごと昇っていったように、ぼくも円錐形のテントのてっぺんのところから、下を見ているんです。 ●吉田 ええ、ええ。 ●宮内 下を見ていて、困ったことに自分がどれだかわかんないんですよ。インディアンたちが車座になっているんだけど、どれが自分の体なのかわからない。で、一生懸命考えている、どれがおれなのかなと。でも、不安や怖れは全然ない。 親和性というんでしょうか。ほんとに仲睦まじい、ゆったりとした気分なんです。そんな状態で、自分がどれなのか探している。あそこに座っている人が自分なのか、いや、その隣が自分なのか考えつづけている。 どの人が自分であったとしても納得がいくような、入れ替わりが自由な感じだった。そんな親和性があった。しかし一方で、困ったなあ、自分の体に戻らなくちゃいけないという気持ちもある。 そんなとき、車座の中にいるインディアンの女性が、パーンと手を叩いた。 普通、そういう儀式に女性は入れないんですけれど、そのシャーマンは特別だったんですね。で、パーンと手の鳴る音を聴いた瞬間、ぼくは自分の体に戻っていた。昔のオートバイ事故の火傷の痕が手の甲に残っている。それを思い出して、これが自分の肉体だと確認した。 そのような経験を、ぼくも書いています。読者はフィクションと受け取っても、経験と受け取ってもどちらでもかまわない。そこは小説の融通性ですね。でも吉田さんは、自分の文章の信憑性を疑われるかもしれないと躊躇せざるを得ない。そこは辛いところですね。でも、ぼくは吉田さんがあえて書いた部分にいちばん感動しました。 ●吉田 だからシャーマンの治療を受ける立場でも、いまおっしゃった親和性といいますか、お互いの信頼によって支えられている場において、はじめて治療が成立する。そこで病み、傷ついた人間の苦しみ・痛みを、シャーマンがそういう場において引き受けて、共に苦しみ、共に感じ、そして一緒に良くなるというドラマを創り出す。そのことによって病める者のなかで、ある種の自然治癒力が呼び覚まされる。それを根底で支えているのは、やっぱり親和性というか、その場における信、そして、いのちの共感共苦というものかなって思うんですね。 次の共同体をどう創るか ![]() Photo by Toshihiro Yoshida ●宮内 そのアメリカ・インディアンの儀式は、ちょっと特殊なものなんですよ。先住民の人口は少ないでしょう。女性たちはリザベーション(居留地)から出ていって結婚したりすると、もうインディアンの世界には戻ってこない。ごく稀に離婚したりして子連れで帰ってくる。そうした混血の少年・少女たちを、共同体のなかに呼びもどすための儀式だったんです。 だから外見は白人のような金髪の少年もいる。混血児で、どこにも帰属できなくて、宙ぶらりんのままグレていたりする。そんな行き場のない混血児たちを、シャーマンが自分の責任において抱きとめて、インディアンの世界に迎え入れる儀式だったんです。そんなインディアンたちの懐の深さ、大きさといったものに感銘を受けました。 いまアメリカ・インディアンのことが一種のブームになっていますね。若者たちがインディアンの世界に惹かれるのも、自分がどこに帰属したらいいのか途方に暮れているからでしょうね。 ●吉田 ええ、そうですね。 ●宮内 ふるさとも、鎮守の森もとうに滅びてしまった。家族も危機に瀕している。少年たちはキレかかっている。少女たちは売春をする。会社は容赦なく中高年を切り捨てる。みんなが運命をゆだねるに足る共同体を失って、どこにも帰属できず、宙ぶらりんになっている。こんな状況で若い人たちも、新しい共同体をどう構築したらいいか手探りしているんでしょうね。 ●吉田 人種とか民族とか、いろんな枠を超えた、ですね。 ●宮内 ええ、若い人たちがアメリカ・インディアンに関心を持ち始めたのも、枠を超えた共同体を求めている一例ですね。でも、それをどうやったら甦らせることができるか、これはむずかしいテーマですね。吉田さん、ぼくたちは本物のシャーマンに出会ってきたじゃないですか。 ●吉田 はい。 ●宮内 だけど、そうしたシャーマンは先進国では存在しようがない。シャーマニズムへの渇きはあるけれど、甦らせる手だてがない。これは大きな課題だと思っているんです。たとえばいま「レイブ・カルチャー」が盛んで、若者たちが都市のディスコではなく、山や森や海辺で音楽をかけて踊っているわけですね。そして水平線や山から昇ってくる朝日を見て、つかの間であれ、なんらかの自己治癒を果たして都市にもどってくる。 ●吉田 なるほど。 ●宮内 こうした現象も、シャーマニズムへの渇きかもしれない。 ●吉田 ただ、むずかしいのはアイデンティティーの問題でしょう。若者の自分探しとか、自分の根っこがどこにあるのかがあやふやで、生きている実感も持てないということがよく語られますね。そうした中で、グローバリズムが言われ、一方で逆に、民族とか国なりのアイデンティティーを強く求める動きもあちこちで起きているわけです。 日本でもバブル崩壊後の行き詰まりを、単一民族神話による日本民族の「純血性」みたいなところに拠りどころを求めて、ほかとの差異を際立たせて解消しようという動きが一方にあるわけじゃないですか。しかしそれは幻想にすぎず、結局は排他的な閉じたナショナリズム、閉じたアイデンティティーになっていくんですね。そういうものに、いまの若い人たちが吸い寄せられていく危険性もある。 ですから次なる共同体というか、多民族・多文化の共存の場への道筋を考えるときに、どのような部分で、異なる文化を持っている人たち同士が接点や共有部分を見出していくのかという難問があると思うんですよ。 ●宮内 それが次の課題だと思います。日本人は、そういうことを本気で考えずにきましたからね。四方を海に囲まれて、単一民族という幻想があって、他民族の文化も「文物」として受け入れるだけですんだ。 ところが、いまこれほど外国人が身辺に増えてくると、もう、どうしていいかわからない。道路を歩いていても外国語が聞こえてくる。隣の部屋からも聞こえてくる。共同体が壊れかかっているのに心理的な外圧がきて、ひどく鬱陶しい。だからナショナリズムに閉じていこうとする気分がある。いまの日本を覆っている、そうしたムードというやつが、いちばん恐ろしいですね。 少数民族は先進国に比べたら、狭い、小さな共同体で、自閉的な世界のように見えるじゃないですか。しかし本質的には閉じてはいない。 ●吉田 ええ、そうなんですよね。 共感共苦する感性 ![]() Photo by Toshihiro Yoshida ●宮内 先住民の社会で暮らしていると、意外に風通しがいい。シャーマニズムが機能しているところは、世界の中心が空いているんですね。だから外部の人間も割と平気で受け入れます。先進国のほうが閉塞感があります。そのシャーマニズムをどうやったら現在につないでいけるか、これは意外と新しいテーマかもしれない。 ●吉田 そのつなぐというときに、やっぱり媒介するものは人間、いのちですよね。そうすると、他者の痛みをどのように感じとっていくか、他者への感受性をどう開いていくかということが、すごく大事な点になると思いますね。 ●宮内 つい先日、高校生たちに呼ばれて話をしに行ったのですが、そこでグローバリゼーションや、コンピューターの話題になった。どう思いますかと訊かれて、ぼくはこう答えました。パソコンも、インターネットも、どんどんやった方がいいと。ついでに、メキシコ・チアパス州の先住民が蜂起したとき、インターネットを活用した話などもしました。最後のところは人間の力なんだよ、と。 ●吉田 そのためにはやはり生身の体で異文化とか、いろんな世界に触れていくということが……。 ●宮内 それはもう、絶対不可欠です。 ●吉田 そこで先ほどの、他者の痛みや苦しみをいかにして感受するかという話に戻ると、ぼくは自分の体験を通じて、それがいかに困難かというのを身に沁みて思うんですね。 この『北ビルマ、いのちの根をたずねて』でも書いたように、戦闘があって、ぼくはそれを目撃して取材して、ビルマ政府軍兵士の死体の写真を撮るわけです。そのときは、死体の上半身のアップを撮った直後に、横にいたカチン人のゲリラの少佐がものすごい目でぼくをにらみつけたんです。その眼差しが心に焼きついてましてね。なぜなんだ、なぜそんな目で見たのか? と。 彼は戦場で敵と同じ生き死にの土俵に立っている。だからぼくのような傍観者、外国からきたジャーナリストに対して、おまえは、いのちのやりとりをするこの修羅と修羅が対峙している戦場には場違いなのに、修羅じゃない者なのに、兵士の死に顔まで撮ったと怒ったのか、一線を踏み越えて自分たちの世界を冒涜したというふうに見たのか、あるいは所詮敵は敵なんだから、こんな顔写真なんか撮る必要はないということで見たのか、ぼくにはよくわからないんですよ。 ●宮内 どっちなんでしょうね。 ●吉田 それは結局訊けなかったし、訊くような空気じゃなかったんですね。しかし、その政府軍兵士の死体のポケットからは家族の写真が出てきました。奥さんと一緒に写っていて、子供もいるんですよ。でもぼくはその死体を撮ったときに、無惨だなとは思いましたが、その人の冥福を祈るというような痛みですね、追悼の気持ちというか、正直言ってそこまではなかったわけなんです。だからこそ、あとでマラリアになったときに血まみれの幻覚が眼の中に湧いてきたんじゃないかと思うんです。ひとつの天罰として。 そうした体験があるので、あのシャーマンの共感共苦の力は、いったいどこから生まれるのか、どうすれば共感共苦が可能なのか、相手の身になることができるのかということを、ずっと考えてきているんです。 ●宮内 世界がバーチャルなものと感受されているところでは、むずかしいですね。離人症のような感覚があって、他者も影絵のようにしか見えていないか。世界の実在感がない。オウムに入った若者たちもそうですが、自分の眼に映っている世界が遠くの架空のものに見えてる。だから、共感共苦も生まれない。 ●吉田 神戸の少年Aの事件があったときに、新聞の投書欄にどこかの中学生の女の子が、死というものにリアリティー・現実性を感じられなかったから自分の手のひらをカッターで切ってみた、すると赤い血が出てきたのを見て、ようやく生きてる実感が湧いた、というようなことを書いていました。 ぼくはそれを読んで、あっ、そうかと思ったんですね。人間の身体は、切れば赤い血が出る。戦場で人間は弾に当たれば赤い血を流して死に、最後は白い骨になって土に還るし、森でゲリラや村人が撃ち落として食べていた、そしてぼくも食べた手長猿にも、やっぱり赤い血が流れていたなと。そうすると外見の違い、民族・人種の違い、あるいは人と動物の違いを超えて、血の赤い色や骨の白さに象徴される生死の事実がある。生き死にの土台が共有されている。だから生命のありよう、そして生き死に、その辺をひとつの共有する根っことして、いちばん底の方で何かつながっていけるんじゃないかと思うんです。 ●宮内 いまぼくも「切れば血が出る……」と言いかけていたところです。切れば血が出る存在として、自分も他者も実感できない。この離人症の感覚が、オウムにも、神戸の少年にも、リスト・カットする少女たちにも共通している。 ●吉田 そうした、いのちの根を共にするというところから、共感共苦への道筋が可能なのかどうかを考えながら、この本を書いたんです。 生命の循環性 ![]() Toshihiro Yoshida ●宮内 その時代、時代の状況によって、ぼくたちは一種の催眠術にかけられている。たとえば、つい最近まで、この世界はイデオロギーによって二つの陣営に分かれていましたね。ぼくたちはそれが世界の構造だと錯覚していた。実際、圧倒的な力を持っていましたからね。そのイデオロギーが、あらゆる臭いものに蓋をしていた。隠蔽していた。 ところがイデオロギーが崩壊して、その蓋が開いてしまったいま、次に噴き出してくるのは、人種と宗教の問題だろうと思います。現実に、イラン・イラク戦争も、湾岸戦争も、コソボ戦争も、そこに起因しています。 民族が違うというだけで、人間は恐ろしく残虐になりますね。種が違うだけで、へっちゃらで食べる。あなたは手長猿を食べた。ぼくも密林で猪やいろんな動物を食べた。腹を裂いて内臓まできれいに食べた。海亀も食べました。ずっと椰子の実と、豆入りごはんばかりだったから、それはもう恥ずかしくなるぐらい、おいしかった。 ●吉田 ぼくも『宇宙樹の森』に書いたんですけど、あの手長猿は、雄と雌のつがいだったんですよね。その一方を撃ち落して食べたわけです。やっぱり空腹だったし、ほかに食べるものがない。で、猿を食べる習慣がある。そうするとそれはべつに残酷とは思わないですよね。 ●宮内 ええ、海亀を食べることはワシントン条約に反すると知っていました。でも、先住民にとっては昔からの食生活ですから、べつに残酷だとは思わなかった。 ●吉田 それで、カチン人の村には墓地はないんです。人が死んだら、村はずれの林の中をそのつど切り開いて土葬にします。木をくりぬいた棺に納めて埋葬し、家族や親族が最後の別れを告げると、もうそこにお墓参りはしません。というのは、死者の魂は村から、その人の属する氏族の発祥の地の裏山奥深くにある、山中他界に祖先の霊となっておもむくからなんです。 村人たちは森を切り開いて焼畑を営み、動物を狩ったり、魚を捕ったりして暮らし、最後には死んで土に還るわけですね。そうすると土の中で微生物に分解されて土壌にとけこんで、その土壌にまた草や木が茂る。つまり山地の食物連鎖というか、森の生態系、物質循環っていうんですかね、そのサイクルの中に彼らはいるんですね。いるからこそ、森の木を伐って燃やして、その灰を肥やしにして焼畑をしたり、いろんな野生の動植物を食べる、そういうことが許されている……つまり山中他界にはリアリティーがあるんです。 しかし、ぼくの場合は、そういう循環の中にいないわけです。最初からそこの土に還る覚悟というか、そのような気持ちで来ているわけじゃないですからね。やっぱり記録して帰るという立場です。それなのに手長猿の肉をはじめ、いろんな獣の肉を食べた。村の人たちは森からの恵みを受けて、そのお返しをするわけです。物理的に土に還ることでもそうだし、森の精霊とかいろんな神々を祀るということでもそうです。そんな具体的な彼らの生活の土台の上にあるアニミズムの世界の、ぼくは当事者じゃなかったわけです。 もちろん、そういうことはだんだんじかに触れてわかっていったんですけれども、結局は人種とか民族という枠じゃなくて、もっとすべての動植物とか草木とか含めた、いのちの流れ、巡り、そこに自分の根っこがつながっているんだということですね。 仏教の中にオウムの種子はあった ●吉田 ところが、いまの地球上の都市文明のありようは、日本の現実を見ても、ぼくが北ビルマでそうだったように、大半の人たちがその循環から外れたところにいるわけです。だからその循環や地球に対して、お返しする手立てがあらかじめ失われているんですね、その生からも死からも。 ●宮内 食べる肉だってきれいにパックされて、これが動物の骨を動かしていたということなど想像もつかない。見渡すかぎりコンクリートだらけで電子の森になっている。実感としてもこの世界はバーチャルですね。では、どうしたら「切れば血が出る」実在の世界にいるという感覚をよみがえらせることができるか、わからない。 いま吉田さんは、生命の循環と言われた。これは大切なことですね。ところが意外なことに、宗教はそれを否定しがちですね。シャーマニズムから離れた大きな宗教になるほど、循環性を否定していく。たとえば、キリスト教は「最後の審判」をクリアすれば天国へいける。仏教も覚さとりをひらけば「涅槃」にいけるといったふうに、地上の営みを軽んじてしまう傾向がある。 超越幻想ですね。そうして生命や、生態系の循環といったものから眼をそらして、観念のなかに入ってしまう。 オウム真理教も、同じだと思います。この世界をバーチャルだと感じて、生きているという実感もない若者たちを引きつけていった。修行によって実在感を回復させるという幻想を与えながら、結局は、ヴァジラヤーナ(金剛乗)という観念のなかへ連れ込んで、あのような事件にまで突き進んでいった。 宗教は、死への怖れや自然への畏怖感から始まっているはずです。それはシャーマニズムそのものです。ところが世界宗教化していくにつれて、かならず超越幻想に転じてしまう。 ぼくたちはもう、素朴なシャーマニズムの世界で生きることはできない。それはもう不可能です。でも、知的なところからひと巡りして、あえて観念の領域に入らずに、シャーマニズムの段階で意志的にとどまることはできると思います。 ぼくがそれを感じたのは、宇宙飛行士に会ったときです。つい数年前まで現役最高齢の宇宙飛行士だったマスグレイブという人ですが、かれはテクノロジーの果てを一回りしていながら、哲人というか、インディアンの老シャーマンに通じるものがありました。コンピューターだらけの環境で生きているからこそ、自然への畏怖感というものをだれよりも強く持っていました。 希望は語らない ![]() Photo by Toshihiro Yoshida ●宮内 少年たちを見ていると、生命の循環性を実感できないまま、超越幻想だけが病的に膨らんでいますね。 ●吉田 超越幻想は等身大の自分を、そして等身大の他者をも見失わせて、自我を肥大させてしまう危うさをはらんでいます。 ●宮内 そうした感性にみんな危うさを感じているはずです。ではどうすればいいのか、どうしたら実在感を回復させられるのか、だれも答えられない。沈黙せざるを得ない。これから先、どのような世界を構築していけばいいのか、結局、そこのところが問われているわけですね。 ●吉田 はい。 ●宮内 吉田さんは三年七ヵ月もの間、ビルマ少数民族のゲリラ兵士たちと生死を共にしてきた。そしてマラリアにやられて死にかかったとき、シャーマンに命を救われた。そういう営みや、世界の実在性をきちんと伝えていくこと、それがぼくたちの役割なんでしょうね。『森の回廊』も、『宇宙樹の森』も、『北ビルマ、いのちの根をたずねて』も、そういう本なのですね。若い人たちがこれらを読んで考える原料にしてくれればいい。 ●吉田 生きることの根っこを考えるときの、ひとつの手がかりになってくれれば幸いです。 ●宮内 これから先、どのような世界を構築していけばいいのか、それは答えようがない。もうすぐ二十一世紀が始まると言っても、日本人は深いところでは混乱して、分裂して、いまも途方に暮れているような気がします。日本的な共同体が壊れかかっているから、外圧も、外国人の隣人も鬱陶しくて、ナショナリズムに閉じていこうとする気分がある。一方で、社会はどんどんシステム化して冷酷になっていく。運命をゆだねるに足る共同体もなく、もう帰属する先もない。 ではどうすればいいのか、と若い人たちによく訊かれるのですが、そんなとき半分苦しまぎれに、こう答えているんですよ。 希望はどこにもない、安易な希望は語れないと。語れば、オウムのように嘘になってしまいますから。けれど、もし希望があるとすれば、それはきみたちの脳裏に浮上してくる思いだけなんだ。そうした共有の思いが強度をそなえていたら、いずれ形になっていくはずだと。 かろうじて言えるのは、そこまでですね。 ぼくたちの世代は、若い人たちの背中をそっと押してやることぐらいしかできない。まず現実の世界を見ることだと。「犀の角のように、ただ独り歩め」とブッダは言っていますが、バーチャルな世界から一度出ていくことだと思います。それだけは、自分の意志で踏み出すしかない。 ●吉田 本当にそう思います。 ●宮内 外の世界へ出ていっても、結局は同じだと言う人もいますが、決してそんなことはない。世界はまだまだ広く、豊かで、多様性に満ちていますから。そうして考える原料を世界そのものから汲めばいい。 ●吉田 そうですね、ぜひ、国家や民族の枠組みを超えているというか、それらよりも深い根源的なところにある、いのちの根を共にするという可能性をたずねる、探求する旅をしてほしいですね。 (構成・堀越哲朗) 初出「望星」(2000年8月号〜9月号) http://www.tokaiedu.co.jp/bosei/ ────────────────────────────── 吉田敏浩(よしだ・としひろ) 1957年生まれ。フリー・ジャーナリスト。現在、フリー・ジャーナリスト集団「アジアプレス・インターナショナル」の一員。 1977年ビルマのシャン州を訪ねて以来、タイ、アフガニスタン、インド、バングラデシュなど、アジアの多様な民族世界を訪ねる。 1985年3月から、88年10月まで、ビルマ北部のカチン州とシャン州を長期取材する。その記録をまとめた『森の回廊』で、96年に第27回・大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。 著書 『森の回廊』(NHK出版+NHKライブラリー) 『宇宙樹の森』(現代書館) 『北ビルマ、いのちの根をたずねて』(めこん) 『生命の森の人びと』(理論社) 『夫婦が死と向きあうとき』(文藝春秋) 『生と死をめぐる旅へ』(現代書館) 『民間人も「戦地」へ テロ対策特別措置法の現実』 (岩波ブックレット No.594) 吉田敏浩さんに感想をどうぞ yosidatoshihiro@hotmail.com |