未来を見つめて 坂本龍一+宮内勝典 ![]() ●宮内 新しい世紀を迎えて、坂本さんとお話しできるのは光栄です。知り合ったのは、インターネットでした。昨年、南極の氷が割れて流れ出そうとしているという坂本さんからのメールがあって、僕が地球温暖化の危機を「氷河の音」というエッセーにして送り、同じテーマで作曲してくださいとお願いしたんですね。 ●坂本 難しい注文で、まだ完成していません。僕は氷山がはく離するメリメリッという音を想像した。地球に酸素を供給する熱帯雨林が切り倒され、危機があっという間にやってきている。これではやばいという気がし始めた。 ●宮内 芸術家は炭鉱の中で有毒ガスの発生を知らせるカナリアのような存在だと言われますが、坂本さんはわが身に危機感を痛覚していると思いました。 混成化する世界へ ●宮内 お互い米国生活が長いですね。僕の場合、渡米のきっかけは子どもでした。東京では塾帰りの子供が夜遅く電車に乗っている。こういう環境では育てたくないと思って。 ●坂本 幼いころから、地球のどこにでも住める人間になるのが夢だった。ニューヨークに行くと、中国とかマレー系とか、いろんな国の人が、みんなニューヨーカー。いわば七百五十万人分のニューヨークがあるという面白さがある。 ●宮内 僕が住んでいたアパートでは六カ国語が飛び交っていました。いろんな人間がいて、ポーランドの強制収容所にいたというユダヤ人のおばあさんもいた。中国人もロシア人もいた。そうした多様性、混成化した世界へのいとおしさが、僕にとって二十一世紀のイメージですね。 ●坂本 旧ソ連時代にロシアから来た留学生がいて、ある日を境に彼の国が無くなった。僕も若いころは反国家とかいってたが、例えばパスポートという形で彼の存在を最後に保証するものが、ある日なくなってしまうすごさを実感した。 ●宮内 国を構成するのは民族と言葉だと僕たちは思っているが、アメリカでは違う。日本人は、集団としてのアイデンティティー・クライシスは経験した。しかし個人としての経験はほとんど無かったのではないか。 漱石の体験 ●坂本 近代のアイデンティティー・クライシスは、先住民が西欧文明に出合うことで起きた。夏目漱石もガンジーも身をもって体験した。日本人も先住民だったわけですよ。しかしこの大きな転換を、今は忘却してしている。 ●宮内 昔は川中島で「山梨県民」と「新潟県民」が戦っていた。でも今は、そんなことは考えられない。アイデンティティーが拡大したから。でも国家間では川中島のようなことが起こっている。地球規模のアイデンティティーを持たないと駄目ですね。インターネットが国境や文化の壁を越えていくきっかけになってほしいのですが、心の病が増えていく可能性もありますね。 ●坂本 佐賀のバスジャックの少年もインターネットによって負のアイデンティティーが形成された。こういうケースは増えるでしょうね。インターネットは情報のごみの山で、人間のエゴがむき出しになっている。 進化の途上 ●坂本 最近思うのは、ホモサピエンスがまだ進化の途上にあるということです。生物は身体を変えて環境に適応するが、人間は道具を使い環境を変えることで、進化を中断させた。その限界が今、見えてきたのではないか。むしろそこに、未来への希望があるような気がする。 ●宮内 まず時間意識を変えなければならない。たとえばプルトニウムの半減期は二万四千年と言われていますね。僕たちの社会が核廃棄物を作りだしている以上、二万四千年という時間意識を持つ責任がありますね。これは実に難しい。 ●坂本 ローマクラブの「成長の限界」に、空間の視野、時間の視野という話が出てくるが。人間は二十年先さえ見えないんですね。前世紀の人間は、資源はただという間違った経済原則で動いてきた。熱帯雨林を伐採すると、再生に百年かかる。そのコストをだれが払うのか。 ●宮内 アメリカ先住民の居留地であるイロコイ連邦(オンタリオ湖南岸)に、七世代、約二百年先を考えてものごとを決めようというルールがある。こうした「知恵」を私たちの知性に取り込んでいけないか。 ●坂本 建物も少し前は何百年も持ったのに、今は三十年持てばいい方。時間の視野がすごく狭い。日本では高度成長以降から、すぐに壊れそうなマッチ箱のような家を造り、大きな家に住んでいた大家族を分断した。その結果が今の日本の精神病理でしょう。 老人と音楽 ●宮内 核家族はストレスが高い。最近の少年犯罪の背景にも、お年寄りの死があります。大好きな祖父母の死が、大きな影響を与えている。おじいちゃん、おばあちゃんがいるだけで、少年たちの心は大丈夫なんですね。 ●坂本 僕もそろそろ老人と呼ばれる年齢が近づいてきた。強く思うのは、子どもにはなるべく負担をかけたくないということ。快適な老後のために、どこに住むかは実は大問題なんです。 ●宮内 中間層のお年寄りだけが住む街、米国のサンシティーを思い出します。住人は白人ばかりで、黒人やアジア人はいない。だから、思考も古い時代のままで止まっている。老人だけで多様性がない街は気持が悪い。それに比べ、評判だった映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」に登場するお年寄りの生き方はうらやましい。 ●坂本 音楽とともに悠久の時間が流れていて、死の恐怖、老いの不安を感じさせない。音楽が生きている社会では、老人は元気です。日本では、例えば沖縄。日常の出来事を歌にしながら、暮らしている。そういう社会だから、長生きが尊敬される精神が残っていく。おじいちゃん、おばあちゃんの文化を社会が引き継ぐ仕組みが必要でしょう。 子どもたちへ ●宮内 二十世紀とは、どんな時代だったと思いますか。僕は人類史上最悪の時代、狂気の時代だったと思う。第二次大戦、原爆、ソ連やカンボジアの粛正、虐殺など、きりがない。何千万人とも、億を超えるともいわれる市民が、たった百年の間に殺された。その事実を正視することから二十一世紀は出発すべきだと思う。 ●坂本 中世は暗黒時代と言うが、二十世紀の方がひどい。その自覚がないまま二十一世紀を迎えてはいないか。二十世紀がエネルギーをめぐる戦争の世紀なら、二十一世紀は水と食料をめぐる戦いの世紀でしょう。世界中で水も食料も不足する、厳しい環境になると思う。 ●宮内 新しい世代には、地球的な規模で考え、それぞれの地域や持ち場でがんばってほしい。そうした営みが、人類の営みの基礎になり、後の世代に引き継がれていく。私たちの試行錯誤は無駄ではない。 ●坂本 このの百年で二十世紀の負の遺産を解決しなければならない。子どもたちには、どんな状況でもやっていけるタフな精神と、生き抜くための知恵を身につけてほしい。次の時代にふさわしい思考を開くための新しい言葉、新しい音楽を、子どもたちに引き継いでいきたいですね。 (共同通信・配信 2001年1月1日) SITESAKAMOTO http://www.sitesakamoto.com/ |