文学者の使命を改めて考える 津島佑子+宮内勝典 ![]() 文学は敗北したのか? ●宮内 全力で球を投げたあと、淋しい気持ちになるときがあります。シーンとして、だれもいない地平線へ向かって球を投げてしまったような虚しさを感じることが多いのです。でも今回は、パーンとミットで受けとめてくれる音が聴こえてきました。連載が終わったとき、津島さんが文芸時評で取り上げてくださって、本当にうれしかった。これまでの試行錯誤を、真正面から受けとめてもらったという気がしました。 ●津島 こちらこそありがとうございましたって言いたい思いだったんです。同じ書き手として思ったのは、連載中は、一種の使命感というもので歯をくいしばりながら、ここで書かれていらっしゃるように「亀のように」孤独にノロノロと書きつづけていらした感じだったんだろうなという孤独感でした。連載が終わったところでまとめて拝読して、この重みに、びっくりしました。 私も書き手としていろんなものを抱え込んだりして悩んでいるわけですね。宮内さんとはこれまでクロスすることがあまりなかったんですけど、まったく同じようなお考えというのか、ああ、ここで頑張ってらっしゃる方がいらしたんだって、うれしくもあったんです。ほんとに励まされる思いを持ちましたし、今度またもう一度読み返して、文学者からの声が直接響いてくる感じなんですよね。そういう営みって、今はもう珍しくなってしまった。そういう意味でも大事なお仕事なんじゃないかと思ったんです。 ●宮内 初めは普通のエッセイ連載のつもりだったのです。ところが一回目でオウムに触れてしまったとたん、がらりと予定が変わってしまいました。たまたま、ぼくはインドやチベット文化について少しばかり知っていましたし、カリフォルニアでも暮らしていましたから、オウムの思想的な背景といったものが肌でわかる。それで、これはぼくの役目なのかなと。 ●津島 たまたまこの六月の初めに青森で日韓シンポジウムというのがあったんです。この集まりは今年で十年目になるんですけど、そこで、韓国側も九〇年代に入ってから、政治的、社会的な視野ではなく、完全な個人的な小説が主流になってきているという話が出てきたんです。そこで、キム・ジヨンイクさんという長老格の作家が、韓国ではもうすぐ統一問題が迫っている、これから揺り戻しやらいろいろあるだろう、そういうことがある限りはいくら個人的な文学といっても、社会に対する文学の役目というものをもう一度問い直されるときがくるだろうという発言をされたんです。 そうしたら地元の青年が手を挙げて質問したんです。日本側の文学者に聞きたい、今、日本はこういう状況である、そこには文学の責任があるとぼくは思う。あなたたちはその責任をどう考え、どう果たしていくつもりなのか、と。それに対して、まさに私たちもそういう問いをひしひしと感じていて、具体的な案がすぐにあるわけではないけれど、それぞれの胸にしっかり受け止めていかなくちゃいけないというようなやりとりがあったんです。そんなこともあって、今あらためて文学の責任というか役割というか、そういうことを問われているし、私たちも一人一人、必死になって考えなきゃいけないんじゃないかというふうに思ってた矢先に、ちょうどこのお作品と出会ったものですから、ここに一つの答えがあるんじゃないかという感じがしたんです。 ●宮内 オウムを犯罪として追及する人は多いのですが、なぜあのような事件が起こったのか、病理や、思想や、教義の内容にまで立ち入って考える人はほとんどいない。そこには文学者にしかわからない怖ろしい闇のようなものが含まれている。だれか、文学者が追及しなければならないことだと思っていました。自分がやることになるとは思っていなかったのです。でも、いったん始めてしまうと、あとに退けなくなって。 ●津島 文学者がどういうふうに責任を果たしていけばいいのか、私も含めて一般的にわかりにくくなっちゃっているんですね。そういう意味でも、こういうアプローチこそが文学者の方法だったのかなってことも教えられたんですね。この中で赤軍派のことからオウムに至るまで歴史的に跡づけて、あれは狂った連中がやったことだと片づけちゃうんじゃなくて、その中にある一片の真実を聞き届けるのが文学者の役目だろうということを何度もお書きになっていますよね。 私なんかも、オウムのときに、あの年は阪神大震災もあったから、追いつかない感じがあって、恥ずかしいんですけど、実を言うと、あまり立ち止まって考えることをしないでいたんです。だからそういう社会一般の態度をとってしまっていた人間として、ああそうだったんだなと反省させられましたし、宮内さんは、オウムを許してしまったのは文学の負けだとも書かれていて、それを見たとき、頭をガーンと打たれたような気がしたんです。そういう問題の捉え方こそが、このお仕事の一番大事な核なんじゃないかと思いました。 ●宮内 オウムの信者たちと話をすると、この経済至上主義の国では生きがたくて、心の営みに意味を見いだそうとして、悩み、もがいている繊細な人たちなんですね。本来、そういう人たちを引き受けてきたのが文学だったはずです。でも、かれらは文学ではなく、オウムのほうに行ってしまった。既成仏教でもなかった。どうしてなのか訊ねてみたのです。すると「お寺なんか、ただの風景にしか見えなかった」という返事でした。門を叩いても、なかは空っぽだと思っていたんでしょうね。それを聞いたとき、そうか、かれらにとって文学もやはり風景にすぎなかったんだろうなという気がして、無念でした。 事件が起こったとき発言しようと決めました。発言しなければならないと思ったのです。声をかけられるとテレビにも出ました。それがきっかけで、オウムの若い信者たちからよく電話がかかってくるようになったのです。脅迫みたいな電話もありましたが、ほとんど真摯な相談事でした。教祖への信が揺らいで迷っていたんでしょうね。そうして電話をかけてきた信者のなかに、ぼくの本を読んでいるという人たちもいてショックでした。そのとき、つくづく負けたんだなあと思いました。だから、ここを避けてしまったら、ぼくたちの思想は死ぬ、文学も死ぬという気がして、オウムの教義を論破しようと途中から本気になってきたのです。 少年と少女の性差 ●津島 私は関西文化にあまり縁がないという自覚から、どんどん北に関心が行きまして、最近、結果的にアイヌのカムイ・ユーカラをいじることになったんですね。本当はそんな器ではないんですけど、なりゆきで引き受けざるを得ないというか、さっきの使命みたいなもので、その世界に入れば入るほど、北海道を除く日本列島の古代の世界がどんどん気になってくる。そういう目で見るとやっぱり、今の私たちが抱え込んでいる宗教観にせよあるいは社会意識というようなものも、大和の時代から考えていかないと解きほぐせないものがあるんじゃないか。とても対象が大きすぎて手に負えないんですけど、そういう感じがしてしまうんです。 たとえば、加持祈祷とか方違えとか陰陽とか、今の私たちは何かおどろおどろしくて、妄信みたいなものと片づけてしまうけど、当時の人にとってはそこにはリアリズムがあったんだと思います。でもその一方で、それをまるまる全部現実そのものと受け止めていたのかというと、今の私たちとは違って、そうしたものを取り込んでうまく処理していたような知恵があったんじゃないかと。 ●宮内 今は闇の部分が消毒されて。 ●津島> コンビニ化ですね。 ●宮内 ええ、そこが問題なんだと思います。本来、こんなふうに、きれいにコンビニみたいになるはずないですからね。 ●津島 絶対ならないですよね。個人的なことになりますが、十五年くらい前に息子を亡くしたことがあって、子供ですから宗教なんか全然似合わないと思い、無宗教でとりあえずお葬式をすましたんです。ところが自分の中の欲求として直接対話できないにしても、なにか通い路を信じておきたいという部分がやみがたくあるんです。それにはお坊さんでもいいし牧師さんでもいいんですけど、プロの人になんとかしてほしいと。そのとき、ああ、宗教ってそういうもんなんだって初めて気づかされました。理屈じゃないわけですよ。 ●宮内 かならず、あなたを捜しだしてみせると書いておられましたね。ぼくも長男を亡くしましたから、わかります。 ●津島 人間なんか本当に簡単に死んじゃうし、簡単に調子狂っちゃうと思い知らされたときに、特定の宗教がどうのというんじゃなくて、ただ何かを信じておきたいというやみがたい何かがある。そういうものが人間にあるんだとしたらそれをどこかで出せるような突破口というか、何かを設けておかないとダメなんだと思います。 ●宮内 オウムには、理科系の青年たちが多かったですね。かれらにもやはり説明不可能な問いがあったのかもしれません。コンビニ化した世界で、その問いを突きつめようとするとバランスを失ってしまう。ぼくはいま「海亀通信」というホームページを開いて、若い人たちとコミュニケーションしようとしているのですが、そこからいろんな声が聴こえてきます。このコンビニ化した空白感がいやだ、もう耐えられない、という悲鳴が聴こえてきます。 麻原は、そうしたニーズに応えていった。かれが悟っていたどうか、最終解脱者であったかどうかは、信者たちにとって本当はどうでもよかったのかもしれない。麻原は、破壊神シヴァの化身だと自称していました。シヴァは世界を創造し破壊する神だと言われていますが、たえず生成していく世界そのものなんですね。若い信者たちも、直感的にそのように麻原を捉えていたような気がします。聖も俗も、光も影も、すべてを体現している混沌のかたまり、強度、荒らぶる自然のようなものとして魅せられていったのかもしれない。コンビニ化した社会の暗い裏側ですね。 今日、津島さんにお会いして、お訊ねしたいと思っていたことがあります。女性の眼にオウムはどう見えるのかということです。江川紹子さんがオウムを追及なさっています。江川さんの勇気は尊敬しているのですが、ジャーナリストの立場から、あくまで犯罪として捉えるという一面的な姿勢ですね。でも津島さんは文学者としての立場から、きっと違う見方をしておられるんじゃないかと思うのです。ぜひ、それを聞きたいと思っていたんです。オウムって、すごくマッチョじゃないですか。 ●津島 確かに男性原理ですね。このご本の中で、「人間とはなんと観念に取り憑かれやすいものか」という一節がありますけれど、それでいうと、女性に比べて男性のほうがより観念に取り憑かれやすいんじゃないですか。それはなぜかと、近頃の青少年の考えられないような犯罪が続いているようなところから考えたんですけど、一つには女の子の場合、初潮というのがあって、早い子は十歳くらい、遅い子で十四歳くらいで経験するわけですよ。生理が始まるということは女性の側としてはこれで受胎能力ができましたと教えられるわけです。どんなことを考えていようがそれとは関係なしに、なまなましい自分の肉体性と直面させられる。そのショックをどう乗りこえるか、女の子にとってはそれが深刻な課題なんですね。そういう責任というか義務を感じさせられて、と同時に、母親とか友だちにも頼らずに一人きりで処理をしなさいとたたき込まれる。だからそこで、いやでも孤独な自分を受け入れざるを得ない。しかも生理というものがあったときに快感をともなわない、むしろ苦痛がともなうのが普通だと思うんですね。 ところが、少年の場合を考えると、私は少年のことはよくわかりませんが、最初は事故のようにして精通が起こるのかもしれないけれど、そこでぼくは子供をつくれるようになったとしみじみ思うかといったら、あまり思わないんじゃないですか。むしろ性的快楽のほうに目覚める、そういう体験としてあるのではないでしょうか。この男女の違いというのはものすごく大きいと思うんです。少女の場合は、非常に即物的に肉体的存在なんだということを思い知らされるんですよ。いくら勉強しようが、いくら美しい詩を読んでいたって、体は体で、もうあなたもお母さんもおばあちゃんもみんな同じ体なんだよ、と思い知らされつづける。それが一般的には女の子が観念的になりすぎる事態へのブレーキになっていくのではないかしらと思ったんです。拒食症とか、むしろ肉体的自分を破壊する方向に向かう。ですから最近の一連の離人症的な少年犯罪は、あまり少女には起こりにくいんじゃないか。一般的に、少女はリアリストにならざるを得ない。 今こそ文芸復興を ●津島 私がものを書こうと思った学生の頃の状況を思い出すと、すで今日のような問題は出ていたような気がするんですよね。六〇年代の終わりですが、ヴィジュアルということがすでに言われていて、非常に気の利いた人たちはビデオ作家とかデザイナーになるとかそっちのほうに吸い取られていって、アンチロマンという言葉が流行っていた、そんな時代でしたよね。とにかく意味をなし崩しにしちゃえという、そういう勢いがあったんですね。 そういう雰囲気に対して、当時、学生の自分も、アンチロマンってなんか格好いいな、と思っていたんです。だけど自分がいざ、そういうのを書こうと思ってもとても真似ができない。だから、あえてダサイ古くさい文学というものを信じて、絶対ヴィジュアル化されないし、音にも還元されない、文学、言葉というものに何かあるんじゃないかということを信じてやっていこうと思ったときの、自分の器ってこの程度なのよというあきらめと一種の決意みたいなものとを覚えています。 ●宮内 意味をなしくずしにしちゃえ、というところはポストモダンも同じですね。思想的には必然だったはずですが、文学の風潮としては、アイロニーとシニシズムしか残さなかった。言語意識は強いけれど、結果的には、むしろ言葉を衰弱させていったような気がします。 先進国では歴史の終焉ということが盛んに言われていますが、それは意味の終焉でもあると思うんです。そういうところでは、どうしても文学は衰退せざるを得ない。イギリスでも、フランスでも文学はすでに活力を失っている。かろうじて元気なのは、サルマン・ラシュディや、ミラン・クンデラといったふうに、外から参入してきた作家たちですね。アメリカでも、チカーノと呼ばれるメキシコ系の作家たちの書くものが、とても面白い。カリブ海のクレオール系の文学も面白い。表現すべき必然性があるからというだけじゃなくて、いろんな言葉や異文化がぶつかって、意味がたえず新しく生成されつづけているからなんでしょうね。 ●津島 私もニュージーランドに行ったとき同じような感じを持ちました。あそこはポリネシア文化の中心地という自負もあって、集まった作家たちは、ニュージーランドはもちろん、サモア、フィジー、それからアボリジニーの方とか、日本にいる間は夢にも思わなかったような方たちの文学に初めて接して、読んだら、おっしゃる通りなんですよ。これから何が飛び出てくるかわからないという元気のよさが溢れている感じで、あ、この元気よさは何なんだろうって。しかも同じ太平洋圏で日本はこんなに疲れきっているというその皮肉さ。 でも、どうですか。こうして書き終わってみると。 ●宮内 一生に一度、なにか変なものを書いちゃったという感じですね。エッセイでもないし、評論でもないし。それに小説を完成させたときのような達成感もないんです。オウムを生んでしまった状況、先進国の明るい闇のようなものは、いまもそのままつづいているわけですから。それでも、やっと肩の荷が降りたという感じです。これまでにも文学者が、松川事件や、狭山事件などにコミットしていきましたね。そういうことの意味が、ぼくにはよくわかっていなかったんです。でも、こんなふうに退けないときってあるんですね。それが、たまたまぼくにとってはオウム事件だった。ここをごまかしてしまったら、まずいぞというか。 ●津島 きっと文学者にはそういうある種の宿命みたいなものがあるんでしょうね。それをどういうふうに受け止めるかにそれぞれ違いはあるかもしれないけど、なんていったらいいのかしら、文学者は自分のテーマを選択できない、与えられたものに誠実に応えていくというのが営みをつづけるしかないのかなという気がしますね。 ●宮内 本当にその通りですね。自分が選んだわけではなく、向こうから襲ってくるテーマがありますね。巡り合わせなんでしょうね。でも、この二年以上オウム問題にかかりきりでしたから、無性に小説を書きたくなりました。世界の空白感はひどくなる一方ですから、言葉で充填していきたいような。この空白感は、発展途上国の生きる苦しさと同じぐらいつらいですね。若い人たちは、意味のなさ、世界の実在感のなさということに悲鳴を上げている。オウムも、少年犯罪も、そこに起因していると思います。だから文学がもう少し元気にならないと。文芸復興をやりたいですね。ルネサンスを起こしたい。文学には意味をあらしめる力があるはずですから。 ●津島 そこを信じてなんとか仕事を続けていきたいですね。 「青春と読書」2000年9月号 ──────────────────────────── 津島佑子氏の本 ![]() 『火の山』(講談社) 『笑いオオカミ』(新潮社) |