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        第11章 海亀日記
              (2009年4月〜)



 
                     copyright Shinro Ohtake


月日の流れを大切にしたいので「海亀日記」は新しい日付が下にくるようになっています。




                               090405
 大阪・天王寺のホテルでチェックインするとき、カウンターに号外が積まれていることに気づいた。「北朝鮮ミサイル発射」と出ている。秋田県、岩手県の上空を通過して太平洋に落下したという。ブースターは日本海に落下したそうだ。

 部屋に入り、ネットに繋ぐと、かつての教え子のブログにスリランカ内戦の映像が出ていた。ヤシの木が生える村に血まみれの死体が散乱している。破損されて原型をとどめない顔。肩のつけ根からもぎとられた片腕が、穴に捨てられていく。その腕は(たしか右腕だったと思うが)書きものでもするような角度で、肘が曲がっている。母と子が赤褐色の地べたに坐りこんで泣いている。

 かつての教え子は、このような言葉を映像に添えている。リアルの形が変化している、などと言われているが、まったく眉唾ではないかと思う。そんなことを言う人が書くものって、ひどくぬるくてナイーブだから。残念ながら、こうした世界を押し潰す《重力》は確固として存在しており、私たちはそこから目を背けているだけではないか、と。まったく同感だ。




                               090408
 新聞の連載小説、第一回目の原稿を送信した。これから一年間、修羅場のような日々がつづくだろう。ゆったりと深く、人類の意識の海を航海していこう。なんとしても乗り切らねばならない。大いなるものよ、わたしに力を与えたまえ。




                               090409
 風に乗って桜の花びら飛んでくる。近くの公園は花見の客でぎっしり埋めつくされ、夜ふけまで宴がつづいている。池の水面も桜色に染まるほど、花びらが浮かんでいる。満開の桜を見るたび、自殺した教え子のことが思いだされる。二十一歳で他界してからも、こうして世界はあり、このように花が咲きつづけてくる。あたりまえのことであるが、なぜか不思議な気がしてならない。わたしの死後も、こうして世界はありつづけるのだろう。

 昨日は、ブッダの誕生日、花祭り(灌仏会)であったことを友人から知らされた。なんとなく四月八日がよさそうな気がして、昨日、第一回目の原稿を送ったのだが。




                               090415
「Esquire 日本版」が休刊になるそうだ。かつてこの雑誌に「世界の十字路」という小説を連載していたことがある。360枚ほど書いていちおう完結したけれど、思うところがあってまだ単行本にしていない。

 今日、その最終号(7月号)のためのインタビューにきてくださった。「未来に残したい100のこと」という特集で、わたしは未来に残したいものとして「文学」について語ることになった。文学は終わらないのではない、わたしたちの意識の営みに、もっともよく似ているのが文学なのだから、終わらない、いや、終わりようがないのだということを語った。インタビュー後、花見のにぎわいが過ぎて静かになった公園をぶらつき、トムヤムクン・ラーメンを食べにいった。




                               090429
 新聞小説「魔王の愛」の社告が出た。もう待ったなしだ。作者の言葉として、わたしは次のような100字を書いた。

「2001年宇宙の旅」という映画に夢中になっていたころ、21世紀は輝かしい未来であると思っていた。ところがテロと戦争の世紀として始まり、血の海はまだ乾いていない。この小説で非暴力について考えてみたい。

 これから「海亀日記」の更新も少なくなるだろうが、なるべく書きつづけていこう。

 メールの返信、献本のお礼なども滞りがちになると思います。いろいろ礼を欠くことがあると思いますが、毎日が締め切りという非常事態に免じて、どうか、ご海容ください。




                               090525
 大阪・天王寺のホテルでチェックインするとき、カウンターに号外が積まれていることに気づいた。「北朝鮮が核実験」と出ている。以前とそっくりの状況だ。先回は「北朝鮮ミサイル発射」という号外だったが。

 声もなく部屋に入り、新聞連載の小説を書きつづけた。仮眠をとり、書いた文章をゆっくり再読してから、メール送信した。いまは、やるべきことを黙々とやるしかない。




                               090529
 今朝、海亀通信のアクセス数が、100万回を超えた。息子がこのサイトをつくってくれたとき、ウェブ・カウンターに000000と、6桁の0がずらりとならんでいた。「99万9999回までOKだよ」と息子は言った。わたしは苦笑いしながら「そんなに要らないだろう」と答えたことを憶えている。地味な、いわゆる純文学作家にとっては天文学的な数字に思われたから。

 芸能人のブログなど、一日に数十万のアクセスがあるそうだ。数千万回のアクセス数を誇るブログもあると聞く。それに比べたら、100万回など微々たるものすぎないだろう。それでもやはり感慨がある。こんな地味なサイトを読みつづけてくれる人たちがいるのだ。言葉の力を信じてみようと思ってくださったのか。ほんとうに、ありがとう。




                               090610
「魔王の愛」の新聞連載が30回にさしかかった。ようやく助走が終わり、これから歯車が回りだすはずだ。大竹伸朗の挿絵がすばらしく、毎夕、楽しみだ。けれど新聞が配達されてくるたびに、ストック原稿がどんどん消費されていくような気がして、身がすくむ。締め切りの火が背中で燃えつづけているような日々だ。



                               090701
 何日か前のことだが、新幹線のなかで、座席の下にあるコンセントにアダプターを差し込み、車体から電気を引いて書きつづけていた。バッテリーが故障していたからだ。三年前に購入したThinkPad のバッテリーは、許しがたいことに、もう製造中止になっている。

 名古屋を過ぎたあたりで、突然、パソコン画面がまっ黒になった。コピー・アンド・ペーストをするときのように、すべての文字が黒くおおわれてしまったのだ。おかしいなと思いながらキーを操作しているうちに、すべてが消えて、真っ白になった。

 この数年間、沖縄で暮らしたりしながら書きつづけ、いま新聞に連載中の長編が、一瞬で消えてしまったのだ。真っ青になり、車体のコンセントを見ると「電圧が急に変化することがありますから、ご注意ください」と書かれている。電圧変化で、こんなことが起こったのだろうか。

 さいわい、前夜にバックアップを取っていたから、消えたのは新幹線のなかで書いた分だけだった。どうにか、ことなきを得たけれど、恐ろしいものだ。

 何年か前、ブータンを訪ねたときのことを思いだした。ヒマラヤの雪解け水で発電しているのだが、水量の変化によって、いきなり電圧が変わり、パソコンが一発で壊れることがあると注意されていた。だから十数行書いては、バックアップ取り、また十数行書いては、バックアップを取るといった作業をくり返しながらながら「焼身」を書いていた。そのとき以来、毎日、バックアップを取る習慣が身についていた。おかげで助かった。ふう。














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             お知らせ

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 長編小説「魔王の愛」の新聞連載が、5月7日から始まります。
 東京新聞(夕刊)、北海道新聞、中日新聞、神戸新聞、西日本新聞、
 5紙で同時連載されます。
 各紙とも夕刊だろうと思います。
 神戸新聞は、一週間おくれて連載開始されるそうです。

 挿絵は、畏友・大竹伸朗が描いてくれることになりました。

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