TOP PAGEへ 第12章 沖縄の怒り (2010年1月〜4月) ![]() 『焚身』(『焼身』の韓国語訳) 月日の流れを大切にしたいので「海亀日記」は新しい日付が下にくるようになっています。 2010年1月9日 今日の夕刊で「魔王の愛」が、どうにか200回に達した。全体の三分の二まできたところだ。覚悟はしていたけれど、新聞連載というのはやはり苛酷なものだ。昨年の春から、休んだのは元旦の一日だけ。 連載を始める前、中沢けいさんと話す機会があったけれど、中沢さんは「おたあジュリア異聞」を連載しているとき倒れて、それでも病院のベッドで書きつづけていたそうだ。津島佑子さんも、池澤夏樹さんも新聞に連載中だ。みんながんばっている。まだまだ先は長い。なるべく悠然とかまえて書きつづけよう。 2010年1月17日 名護市の市長選挙が、ターニング・ポイントになるはずだ。沖縄に住んでいるとき、先の名護市長選挙の結果に、わたしはがっかりして沖縄への思い入れや(一方的な)愛を、少しばかり失いかけた。 そのころ、寒風が吹きぬける鳥かごのようなあばら屋で暮らしていた。外と、家の中がまったく同じ気温だった。 その家で、ふるえながら「琉球新報」や「沖縄タイムス」を読み漁り、旧友たちと語りあい、暗澹となった。沖縄の人びとが、辺野古の海辺に坐り込んでいるおばあたちを裏切っていた。選挙結果の数字は、明らかにそう告げていた。 ああ、そうなのか。誇りよりも経済のほうが大事なのですか。わたしは、がっかりした。だが今度こそは、琉球民族の誇りをアメリカに、世界に見せつけてほしい。あたなたちにとっても、いまが正念場ではないでしょうか。もしも、あなたたちが、みずからの誇りよりも、お金のほうを選んだなら、この卑しいヤマトさえも、歯ぎしりしながら、あなたたちを軽蔑するでしょう。 2010年1月20日 名護市長選挙が迫っている。世論調査によると、辺野古への基地移転に反対している稲嶺進候補が、わずかばかり優勢だという。うれしいことだ。 先日、思い入れが過剰すぎる日記を書いたけれど、この分岐点の選択を、名護の人たちの責任であるかのように語るのは卑怯であった、と反省した。基地を押しつけているのは、まぎれもなく、日本政府、ヤマトに他ならない。 あの辺野古のきれいな海に、海上滑走路が建設された光景を思い浮かべると、情けない気持ちになる。世にも醜悪な光景ではないか。 モルジブ諸島を訪ねたとき、サンゴ礁の海に浮かぶ二つの島を繋いだ滑走路に降りたことがある。だが、それは民間機が発着する飛行場だった。海上の軍事基地など、まだ世界のどこでも見たことがない。 もしも辺野古の海にそれが出現したら、日本がアメリカの属国であることを世界に告げる、恥ずかしい記念碑となるだろう。わたしたちの恥辱のシンボルとなるだろう。 2010年1月23日 友人からCDが二枚送られてきた。TINARIWEN(ティナリウェン)という、マリ北東部出身のトァレグ人のグループのCDだ。砂漠のブルースと呼ばれているそうだ。さっそく聴いてみた。とてもいい。サリフ・ケイタを思わせる乾いた嗄れ声で、リズムはレゲエに近く、サハラを吹きぬけていく風のようだ。 手紙も添えられていた。どこかの居酒屋で、わたしと酒を飲む夢を見たのだという。飲んでから、「いいから、いいから」と、わたしが勘定を払ったそうだ。なぜか、二千札を二枚出して払ったらしい。 目が覚めてから、どうも借りがあるような気がして、落ち着かないから、CDを二枚送ることにするという手紙だった。あまりにも愉快で、つい大笑いしてしまった。 2010年1月26日 稲嶺進氏が当選して、ほんとうにうれしく思っている。基地移転を拒否する法的権限は、市長にはないそうだ。だがそれでも、沖縄・名護の人たちの民意を無視することは、もうできないはずだ。 もしも、鳩山政権が「やはり辺野古に……」と言いだしたなら、そのとき、わたしは民主党を見かぎることにしよう。 民主党が政権を取って、これで日本も少しは変わるのではないかと期待していたけれど、わずか100日かそこらで、首相も、幹事長も何億円というスキャンダルまみれで、がっくりきている。それでも自民党に政権がもどるのはいやだから、わたしたちは首相や、閣僚や、民主党議員たちのふがいなさにあきれ果てながら、それでも、じっとがまんしつつ見守っている。 だが、アメリカとの再交渉や、今後の展開で「やはり辺野古に……」という話になってきたら、そこがぎりぎりのデッドラインで、わたしは鳩山政権も、民主党も完全に見かぎることにしようと思っている。たぶん、多くの人たちが同じ思いではないだろうか。 名護市の大通りがシャッター街になっていることに、胸がしめつけられるような悲しみが湧く。ゆったりと永遠がたゆたうような、それでいて不思議な華やぎを感じさせるあの通りが、わたしはとても好きだから。 2010年1月30日 サリンジャーが死んだ。91歳、老衰だという。『ライ麦畑でつかまえて』は口語に依存しすぎて、やや冗長すぎる小説ではないかと思っていた。だが、あるアメリカ人の女性から『フラニーとゾーイー』を読まされて、びっくりしたことがある。すぐに『『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア序章』を入手して、一心に読み耽った。『ライ麦畑でつかまえて』よりも、わたしはこちらのほうに関心を抱いた。だが、サリンジャーは仏陀を崇拝する天才少年たちのシリーズを、ついに書き果(おお)せなかったのではないか。 今夜は、凄い満月だ。 路上に立って、澄みきった冬空の月を眺めていた。 2010年2月2日 昨夜は、かなり雪が降った。朝、目ざめるとわたしが植えた花々が、すっかり雪に埋もれている。指で雪を掻いて、花々を救いだした。それから原稿を書きながら、シェーンベルクを聴いた。マウリツィオ・ポリーニが弾くピアノ曲だ。かつて素晴らしいと思っていたが、次に生起してくる音がすぐに分かってしまう。もっともスリリングであるはずのシェーンベルクの音が、陳腐な演歌のように、次の音がほとんど予測できる。なぜだか分からないが。 2010年2月3日 音楽だけではない。旅をつづけているとき、初めての国にやってきても既視感がつきまとうようになった。どこかで見た風景のようだ。書物も、小説も例外ではない。数ページ読んだだけで、すでに、どこかで読んだような気がしてくる。シェーンベルクを聴きながら、暗澹となり、それからモダン・ジャズや、バッハの「マタイ受難曲」を聴いてみた。やはり、次のメロディー・ラインが予想できてしまう。どうしてなのだろう。どうしてこんなに、物事に既視感がつきまとうようになったのだろう。 2010年2月4日 まったく情けないことばかりつづいている。朝青龍も、あの愚鈍で、卑しいとしか思えない親方も、どうやら不問に付されるらしい。 いや、もっと情けないのは、民主党だ。幹事長の秘書たち三人が起訴されたというのに、首相は更迭するそぶりさえない。わたしは当然、何億か、十何億という金が流れたはずだと思っている。それでも、鳩ポッポのようなきれいごとを超えて、清濁併せ呑む、何らかの信念があるのではないかと、かすかな希みを抱いていた。 だが、かれが所有する東京一等地の不動産リストを見て、自分が愚かな幻想を抱いていたことを思い知らされた。政治家としての年収は3000万円ぐらいのはずだが、どうして、これほどの不動産を所有できるのか。答えは明白だろう。ああ、こんな下司なことなどもう一行も書きたくもない。明日は、消去するだろう。 追記 朝青龍が引退した。「けじめ」という言葉を口にしていた。 「水もちがう、言葉もちがう、モンゴルの大草原からやってきた少年を、横綱に育ててくれたことを感謝する」 「土俵に上がれば鬼になる」 という言葉が、悲しく胸に残った。 小沢幹事長も「けじめ」をつけるべきだと思う。たとえば会社が不祥事を起こせば、社長は引責しなければならないはずだ。日本航空の社長も、脱線事故を起こした私鉄の社長も、経営破綻したわたしの知人や、友人も「けじめ」をつけて、辞任した。 小沢幹事長も、早く辞任したほうがいい。ぐずぐずしていると大変なことになるだろう。だめではあるが、かろうじて、ぎりぎりの希みを繋ぐ民主党政権が、支持率の急落で、あっけなく崩壊してほしくないから。 2010年2月8日 今日の東京新聞の夕刊によると、小沢幹事長の総資産は(夫人名義のものも合わせると)19億円で、銀行預金はゼロだとういう。4億円をタンス預金していたというのに、笑ってしまう。 公開された首相の資産は、16億円超らしい。ちょっと少なすぎやしないかと訝(いぶか)しく思っていたが、保有株式は含まれていないそうだ。相続したブリジストンの株などを総計すると、それだけで鳩山兄弟の資産は100億を超えるそうだ。 母親から毎月、1500万円、総額十何億円ももらっていたことを知らなかったなど、そんな馬鹿なことがあるものか。国民のほとんどが、そんな言葉など信じてはいないはずだ。それでも、ゼネコンからむしり取った金ではなく、母親からの金だから、まあ、しょうがないかと黙認しているに過ぎない。 こんな下司なことを、いつまで書かねばならないのか。わたしは、自民党政権にもどってほしくない。だが、それでも、このような人たちが政権を担い、国のかじ取りをしていることだけは、決して、忘れないほうがいい。 「労働なき富」とガンディーの言葉を、臆面もなく引用することなど、口が裂けてもできないはずだ。その舌を噛み切りなさいと、つぶやきたくなってくる。 雪が降りきる谷間の野営地で、アメリカ先住民の指導者が、奥歯をかみしめながら、ひっそり血を吐くように、わたしに語ったことがある。 「ほんとうに世の中を変えたいと願っているのは、虐げられ、苦しんでいる者たちだけだ。豊かな者たちは、決して変えようとしない」 テレビの「龍馬伝」で、吉田松陰が小舟で密航を企てる光景や、黒船にうろたえ自問しつづける坂本龍馬を眺めながら、 「昔は、いい男がいたのねえ」 と、家内がつぶやいた。ぐうたら亭主であるわたしへの不満や失望も含まれているだろうが、まったく、その通りだとうなずくしかない。 どこを見回しても、ひとりの吉田松陰も、西郷隆盛も、坂本龍馬もおらんぜよ。時の権力者、大久保利通も、お金にはきれいだったそうだ。さまざまなことに私財を投じ、亡くなったとき、蓄財はゼロで、遺族たちはかなり困窮したと聞いている。 ここは私的なサイトであるし、奄美の焼酎を飲みながら書いているので、乱文失礼。妄言多謝。 2010年2月10日 「魔王の愛」が、いよいよ急所にさしかかりつつある。神経性胃炎なのか、ごはんも食べられなくなってきた。小説に集中するため、これから床屋政談めいた素人の放言は慎むことにしよう。しばらくの間、日記の更新も少なくなるでしょうが、どうか、ご海容ください。 2010年2月17日 夢を見た。記憶の手がかりを残しておくため、簡単にメモしておこう。 星間飛行していると、操縦士が、太陽と地球だったか、月と地球だったか、その引力を利用して空間をすり抜けていくのだと語っている。操縦桿を前に突きだすようにしながら「こうやって」と言う。 それから、わたしはパラシュートで降下していく。頭上を、見たこともない巨大な宇宙船が飛んでいる。眼下に地球の起伏ひろがっている。下降していると、下方からスペースシャトルが飛んでくる。 パラシュートは海岸に降りようとしている。岩場があって危ないところだ。空中を泳ぐように、前へ前へ進み、どうにか無事に海面に降りていった。 爪さきが海面に触れるとき、不思議な歓喜が湧いてくる。海水は温かく、そのまま沈んでいくと、遠浅で、背が立った。わたしは海面から首を突きだして、あたりを眺めている。 2010年2月24日 珍しく早起きすると、春のような日射しが降りそそいでいる。暖かい日だまりのなかで「マタイ受難曲」を聴いた。やはり、いい。 二十歳のころ貧乏のどん底なのに、食を削って「平均率クラヴィア曲集」を購入したことがある。函入りの何枚組かのレコードだった。すり切れるほど聴きつづけたが、あのレコードはどこへ行ったのだろう。 そうだ、二十二になり、アメリカに発つとき知人に預けて、そのままになってしまったのだ。 太宰治のお兄さんから頂いた「津島修治」という署名のある国語の教科書も預けたままだった。ウイットのある落書きや、漫画や、似顔絵などで余白がぎっしり埋めつくされていた。知人は、その小学校の教科書の価値が分からず、段ボール箱ごと処分してしまったのだ。ああ、もったいないことをしたなあ。 だが「平均率クラヴィア曲集」は、再入手できる。もう一度、CDを購入してみようか。ついでに「無伴奏チェロ組曲」も。 「魔王の愛」が山場にさしかかった。いよいよ正念場だ。 2010年2月25日 ずっと家に隠(こも)ったまま、ひたすら締め切りに追われていたが、体調がいいので、ひさしぶりに街へ出てみた。だが神経性胃炎で、重たいものが食べられない。讃岐うどん屋を見つけて入ってみたけれど、ちっとも旨くない。出汁(だし)がひどい。池袋の丸亀製麺がなつかしい。 ぶらぶら街を歩くうちに「リーボック・クラシック」を発見した。30年ぐらい前、ニューヨークのハーレムでこの靴を買って、あまりの履き心地のよさに感激した。以来、黒のリーボック・クラシックばかりを愛用してきたけれど、ある頃から、入手できなくなっていた。その靴が、復活したらしい。迷わず、すぐに購入した。ただそれだけのことだが、うれしい一日であった。 2010年2月28日 「魔王の愛」が、どうにか最大の難所を越えた。これから下山していくが、ただ降りていくだけではない。地平にもどるのではなく、惑星の大海原、アラヤ識のようなところへ辿りつかねばならない。十日ほど前に見た、あの夢のように、無事に海に降りていくことができますように。もうしばらく、体力、気力がつづきますように。大いなるものよ、力を与えたまえ。 2010年3月1日 いや、下山するのではない。これからアラヤ識の荒海へ船出していくのだ。いよいよ、航海がはじまる。 2010年3月2日 かつての教え子が、第5回日本SF評論賞優秀賞を受賞した。こういう知らせが、なによりも嬉しい。ほんとうに嬉しい。良かった、良かった。おめでとう! だが、このような優秀な青年たちに「教えて」いたのかと思うと、内心、冷や汗が出てくる。 2010年3月5日 大竹伸朗の5.6キロもある怪物的なカタログ『全景 1955−2006』を、青い床にひろげたままにして、ときどき頁をめくり、見つめている。わたしはいつも、他者にエネルギーを分け与えてきた。いまはへろへろだが、かつて、エネルギーだけはあり余っていたから。人からエネルギーをもらうことは、あまりないような気がする。だが大竹伸朗からは、いつも分け与えられている。それは「原初の衝動」とでもいうべき、サイキックなエネルギーだ。 2010年3月8日 寺田博さんが亡くなった。わたしが文藝賞を受賞したときの「文藝」編集長だ。授賞式のスピーチで、わたしは応募するときの心境を話した。 「壜の中に入れた手紙を、海に流すような気持でした」 まぎれもなく実感だった。わたしは孤独の中で、波打ち際にしゃがみ込んで、手紙をつめた壜をそっと海に流したのだ。 その壜が海を漂い、奄美大島に住む(選考委員の)島尾敏雄さんに届いてほしかった。島尾さんに拾いあげてほしかった。畏敬する島尾敏雄に、もう一度だけ手紙を書くつもりで『南風』を書いたからだ。 その授賞式が終わった夜、新宿のいわゆる文壇バーで、二次会がひらかれた。写真で見たことがある作家たちが飲んだくれている。その喧噪をぬけてトイレに立つと、寺田博さんが隣に立っていた。連れションのような姿勢のまま、寺田さんはこう言った。 「きみはさっき、孤独ということを話したな。だが、これからきみは、もっともっと孤独になっていくんだぞ」 恐ろしい、はなむけの言葉だった。あれから三十年ぐらい過ぎてしまったが、その言葉が、ときどき聞こえてくる。つい二日前も、通りを歩きながらふっと思いだしていた。そう、つくづく孤独だと思った。 寺田さん、あなたに言われた通り、ますます孤独になってしまいました。お悔やみの言葉をどう述べたらいいか分かりません。この報告が、わたしなりの追悼です。 2010年3月10日 新潮社の矢野優さんと、北村暁子さんが訪ねてきてくださった。矢野さんは、大竹伸朗との共通の友人で、わたしが9年のアメリカ暮らしから帰ってきたばかりのころ出会ったのだ。そのとき大型のアンゼルム・キーファーの作品集を見せてもらった。 恐ろしい一冊だった。ゲルマンの森にたちこめる暗い曇天のような鉛の頁に、人の髪の毛や、皮膚や、なにやら不気味なものが貼りついている。 ナチズムとその犠牲者たちの亡霊が群らがり、声が凍りついたまま叫(おら)んでいた。いや、ナチズムだけではなない。鉛のなかに、人類の狂気のようなものが封じ込まれていた。膝がふるえるような衝撃を受けた。現代美術では、キーファーが突出している。屹立していると思う。写真は、セバスチャン・サルガド。文学は、ガルシア=マルケスだろう。 北村さんとは初対面だが、作者の意を汲んでくださる直感力が、うれしかった。打ち合わせを終えてから、近くの公園をぶらぶら散歩した。カワセミが飛んでこないか目を光らせていたけれど、残念ながら、今日は出会えなかった。カイツブリの雛(ひな)が、元気に泳いでいた。 水辺のタイ・レストランで、さらに語りあった。とてもいい一日だった。ありがとう、矢野さん。 2010年3月15日 普天間基地を米軍キャンプ・シュワブの陸上に移転させるという政府案に、がっかりしていた。いや、恥ずかしいと思っていた。これでは何の解決にもならない。沖縄の友人たちの怒りがひしひしと分かる。ところがネットの記事に、驚くべきことが出ていた。 「沖縄県の米軍普天間飛行場(宜野湾市)移設問題で、民主党沖縄県連の喜納昌吉代表は14日、那覇市で記者会見し、平野官房長官が、沖縄本島中部の勝連半島(うるま市)の米軍ホワイトビーチ沖を埋め立てて移設する案を「一番ベター」と考え、埋め立て地に航空自衛隊那覇基地(那覇市)も移す構想を持っていることを明らかにした。 喜納氏によると、首相官邸で10日に平野長官と会談した際、長官は米軍キャンプ・シュワブ(名護市など)陸上部案、米軍嘉手納基地(嘉手納町など)統合案の2案を有力視せず、勝連半島沖を挙げ、「自衛隊(空自那覇基地)を持っていけば、県民も納得するのではないか」と説明したという。 普天間飛行場と併せて空自基地も移転することで、県内移設に反対する県民の理解を得ようとする狙いがあるとみられる。 一方、同県連は14日、那覇市内で定期大会を開き、県外・国外移設を求める決議を全会一致で採択した」(2010年3月14日23時35分 読売新聞) いったい何だこれは? 勝連半島沖のホワイトビーチを埋めたてるのは、辺野古とまったく同じではないか。 2010年3月17日 目取真俊さんのブログ「海鳴りの島から」を、わたしは毎日、かならず読んでいる。沖縄の現在が、よく分かるからだ。むろん、作家としての目取真さん仕事にも畏敬の念を抱いている。『水滴』や『魂込め(まぶいぐみ)』は、ほんとうに素晴らしい作品だ。 今日の「海鳴りの島から」に、勝連沖の埋めたて案について、まったく驚くべきことが記されていた。 「うるま市浜比嘉島の沖合1300メートルのリーフ内に約1021ヘクタールを埋め立てて人工島を造成し、3600メートルの滑走路を2本、3000メートルの滑走路を1本、計3本を造るという。埋め立て面積はV字形滑走路を持つ辺野古現行計画の6倍以上になり、人工島は宮城島と浜比嘉島に2本の橋を架けて接続し、普天間基地と航空自衛隊那覇基地、米軍那覇港湾施設を「移設」するという」 「13日付の琉球新報論壇には、ザ・テラスホテル最高顧問の國場幸一郎氏が埋め立て礼賛の投稿を寄せている。國場氏は沖縄のゼネコン・國場組の会長や沖縄県建設産業団体連合会の会長を務めた県経済界の重鎮であり、沖縄へのカジノ導入を進める中心人物でもある。勝連沖案が話題になるのに合わせたような投稿で、基地利権にしがみつく沖縄の経済界も活発に動いているようだ」http://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/74317ee41418daf8ae8b84d09fca10ef まったく唖然とさせられる。1021ヘクタールという人工島の広さが、わたしには想像がつかないのだが、巨大滑走路を三本造るなど、途方もない計画であることだけはよく分かる。 しかも情けないことに、その計画を平野官房長官にすすめているのは、沖縄商工会議所の名誉会頭だという。利権に群らがる構図が、はっきり透けて見えるではないか。 平野官房長官が本気でこんな計画に賛成しているのだとすれば、その神経を疑ってしまう。これでは辺野古よりももっとひどいことになる。わたしはもう民主党政権にあいそが尽きてきた。 2010年3月18日 今夜はひとり外食しなければならない。街へ出ていったが、食べたいものがない。ご飯ものや、油っこいものは、まったく胃が受けつけてくれない。やむなく蕎麦屋でうどんを食べながら店の新聞をひらくと、普天間基地移転に関する記事が出ていた。 鳩山政権は、キャンプ・シュワブ陸上案と、勝連沖を埋め立てて人工島を造る二案を提示して、アメリカと交渉するつもりだという。沖縄の人びとの思いを尊重するという約束は、またも裏切られた。口さきのきれいごとにすぎなかった。沖縄の人たちは心底、怒っているにちがいない。深い不信感が残るだろう。 これが "Trust me." の正体だったのか。もう何も言うべきことはない。 さようなら、民主党。さようなら、鳩ポッポ。天下りを禁止すると公約しながら、さっさと元大蔵官僚を日本郵政の社長に任命したこと。税収は37兆円なのに、92兆円という破滅的な国家予算(政府債務は880兆円に膨れあがっている)。経済的な無策ぶり。国家戦略局の脳死状態。政治とカネ。 親がパチンコや、家のローンなどに使ってしまうかもしれない「子ども手当」というばらまき。この「子ども手当」5兆3000億円は、国防費を超えるという。 少子化がつづいているのは、教育費の高騰が原因であることは明らかだろう。たったひとりの子どもを、いわゆる最高学府まで行かせるために、わたしも貯金を空にして、家内は目をわるくするまで校正のアルバイトをつづけていた。教育費の負担が、少子化の一因になっていることは経験的によく分かる。 だからと言って、無意味なばらまきをする必要はないはずだ。教育にかかる費用を軽減するようにすべきではないか。こうした「子ども手当」に、国防費を超える国家予算が使われるのは、一見、成熟した社会の証のように見えるけれど、悲しいかな、選挙目当てのばらまきにすぎないことは、すでにだれもが見抜いているはずだ。 いや、それだけではない。 経済産業省は、2030年までに、新しく原発14基を増設する計画だという。CO2を減らすという名目だろうが、これでは日本列島は、世界に類を見ない原発の超過密地帯になってしまう。原発列島になってしまう。恐ろしいことだ。むろん、こうした暴挙も、現政権の意向にほかならない。 他にも言いたいことは山ほどあるが、普天間基地をどうするか、そこがわたしにとっては、ぎりぎりのデッドラインだった。 次の選挙で、わたしはもう民主党には投票しないことを、固く約束いたしますよ。"Trust me." だが自民党政権にもどって欲しくはない。鳩山内閣が総辞職して、幹事長が辞任してくれたとき、どうすべきか再考します。 2010年3月21日 真夜中の三時頃だったか、「魔王の愛」を書きつづけているとき、すさまじい風が吹きはじめた。パソコンの電源を切り、外へ出てみた。台風のように激しく木々が揺れている。だが雨は降っていない。生温かい風だ。これを春一番というのだろうか。春の嵐の中をひとり歩き回った。深夜の徘徊老人のように。 2010年3月23日 「魔王の愛」が、いよいよゴールににさしかかりつつある。ここまでは、どうしても歴史性を無視できないから、史実に厳密であろうとしてきた。何種類もの年表や、年譜、さまざまの書物、資料を、身辺に山ほど積みあげていた。麻袋に包んで紐(ひも)をかけ、インドから船便で送った書物もかなりあった。 今日、それらをすべて片づけた。身の回りがすっきりして、吹きさらしの荒野で強風に向かって歩いていくような気分だ。さあ、ここから先は自分の言葉だけで押し切っていこう。 2010年4月6日 生命の起源について、ネットのニュースを忘れないようにコピーしておこう。 「国立天文台などの国際研究チームは6日、地球上の生命の素材となるアミノ酸が宇宙から飛来したとする説を裏付ける有力な証拠を発見したと発表した。 アミノ酸には「右型」と「左型」があるが、人類を含む地球の生物は左型のアミノ酸でできている。しかし、通常の化学反応では左右ほぼ等量ずつできるため、なぜ地球の生物にアミノ酸の偏りがあるのかは大きな謎となっていた。 研究チームは、南アフリカにある近赤外線望遠鏡を使って、地球から1500光年離れたオリオン大星雲の中心部を観測。アミノ酸をどちらか一方に偏らせてしまう「円偏光(えんへんこう)」という特殊な光が、太陽系の400倍という広大な範囲を照らしていることを初めて突き止めた。 この領域には、右型のアミノ酸を壊して地球のように左型ばかりにする円偏光と、右型ばかりにする円偏光の2種類があることも分かった。アミノ酸は地球上で落雷などによって作られたとする説もあるが、これでは両方の型が作られる可能性がある。 国立天文台の福江翼研究員は、「太陽系はごく初期に円偏光に照らされた結果、左型のアミノ酸ばかりが残り、隕石(いんせき)に付着して地球に飛来したのではないか」と話している」(読売新聞 4月06日 21:39) 2010年4月9日 今日も外食しなければならない。何日かぶりに外へ出ていくと、夜桜の咲く公園は、すさまじい人出だった。この花見の宴から、自分はもう遠いところにいるという思いが込みあげてくる。桜の下を歩き、街へ出ていったが、何も食べられない。手打ち蕎麦屋で、熱いかけそばを食べた。歓迎されない客だから、食べ終えるなり、そそくさと退店した。 2010年4月12日 井上ひさしさんが亡くなった。阿刀田高さんが追悼文で、井上ひさしさん自身がつくった座右の銘としての言葉を紹介しておられた。 「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書く」 見事な座右の銘だと、改めて思った。 追記 井上ひさしさんは、こんなことも語っていると友人から教えられた。 「人は泣きながら生まれてくる。生きる苦しみは最初から人の内部に備わっている。でも笑いは違います。人と触れ合って初めて生まれる。みんなで作りだすのが笑いです。難しいけれど、最も普遍的で大事だと思う」 2010年4月25日 沖縄で、9万人の県民大会があった。沖縄の意志が明確に示された。もう何年も、辺野古に坐り込んでいたおばあたちの思いが叶えられつつあるようで嬉しい。裏切るなよ、民主党。 「以前は県内移設を容認してきた仲井真知事も、県民世論に押される形で出席し、基地の負担軽減を訴えたが、県内移設反対という姿勢は明確には示さなかった」(日テレNEWS24 - 04月25日 19:03) 老人たちが醜い。仲井真知事だけではない。ヤマトの老人たちは、もっと醜悪だ。老いていることが醜いのではない。そんなことは、断じてありえない。ただ、老いていながら権力に執着するさまが醜いのだ。 xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx お知らせ xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx 長編小説「魔王の愛」の新聞連載が、2009年5月7日から始まります。 東京新聞(夕刊)、北海道新聞、中日新聞、神戸新聞、西日本新聞、 5紙で同時連載されます。 各紙とも夕刊だろうと思います。 完結は、2010年5月7日頃の予定です。 挿絵は、畏友・大竹伸朗が描いてくれることになりました。 xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx 普天間基地移設計画についての日米両政府、及び日本国民に向けた声明 米海兵隊普天間飛行場 (宜野湾市) の移設計画をめぐって、鳩山政権と米国政府との間に緊張が生じている。この飛行場は、米軍基地が集中する沖縄においても、住宅密集地の中にあり、最も危険な基地といわれており、すみやかな閉鎖、撤去が求められてきた。米国政府は、旧自民党政権との間で「合意」した辺野古 (キャンプ・シュワブ沿岸部) への移設によって問題を解決しようとし、その計画を「合意」通りに進めることを要求している。これに対して、鳩山政権は、選挙において同基地の県外・国外移設を主張してきた上に、沖縄県民の沸騰する反対の意思表明を意識し、さらに社民党の反対を考慮して、2009年12月にこの要求を年内に受け入れることを回避した。そして、2010年5月までに方針を決めると表明したのである。 この問題は、鳩山政権と沖縄県民だけが考えなければならない問題ではない。日本に住むすべての人びとが真剣に考え、知恵を出しあい、解決策を模索すべき問題である。私たち本土に住む者も、普天間移設をめぐる現在の動きを黙視することはできない。私たちは沖縄県民の意思を尊重し、簡単に日米「合意」に妥協することをしなかった鳩山首相の決断を、その点においては評価する。その上で、次のように日米両政府、及び日本国民に声明する。 (1)私たちは、辺野古に新しい基地を建設することはもちろん、沖縄県内に普天間基地の機能を移設することに反対する。すでに沖縄には過重な基地の負担が押し付けられている。これ以上沖縄の負担を増やしてはならない。またこれまで行なわれた住民投票にせよ、各種世論調査にせよ、県議会選挙や直近の衆院選挙にせよ、沖縄県民の意思は、新基地建設に対して明確に「否」と示されている。日本は民主主義の国であり、選挙で示された県民の意思は尊重されなければならない。さらに、日米「合意」で基地建設が計画されている大浦湾は、ジュゴンなども棲息する自然豊かな海域である。地球温暖化への人類全体の対応が迫られている中で、なぜこの貴重な自然を潰して基地を建設しなければならないのか、私たちは納得のいく説明を聞いたことがない。 (2)米国は、旧政権との「合意」の確認と履行を新政権に迫っている。しかし、辺野古移設計画は、自民党政権、自民党県政であっても、13年間、まったく動かすことのできなかった計画である。もともと普天間問題は、1995年の海兵隊員による少女暴行事件が発端であり、沖縄の負担軽減策として、5〜7年以内の全面返還が約束されたものである。それが、いつの間にか県内北部への巨大基地建設へとすりかえられた。沖縄県民ならずとも、納得できる話ではない。麻生政権は、政権交代を見越して、きわめて不平等性の強い「グアム移転協定」を米国との間で結び、当時持っていた衆議院3分の2の議席によって強引に採決・批准した。新政権は、この「グアム移転協定」も含め、問題の推移について改めて検証し、今後の方針について時間をかけて再検討すべきである。米国はその間、圧力をかけるべきではない。 (3)日米安保に基づく米軍への基地供与は、沖縄にあまりに集中し過ぎている。かりに、現在の日米安保条約体制を前提とする場合であっても、本土の米軍基地への受け入れの可能性や国外移転を真剣に検討すべきである。 (4)ただし、日米安保条約は、50年以上も前の米ソ (中) 冷戦構造を前提にして作り上げられたものである。冷戦は終結して20年が経ち、東アジアの国際環境も大きく変わっている。冷戦時代に想定したような大規模な軍事衝突が、近い将来東アジアで発生するとは考えられない。私たちは、冷戦思考から脱却し、周囲の国々との間に信頼を醸成し、敵のいない東アジア地域を作り上げていくべきときである。その視点からいえば、普天間基地を始めとする沖縄の基地は不要である。そこで、普天間基地だけではなく、他の基地についてもいずれは撤去を実現することを目指して努力すべきである。私たちは、いま、日米安保条約体制を見直していく必要があると考える。まずは、日米地位協定からはじめて、新日米ガイドライン (防衛協力の指針) を見直し、続いて鳩山首相がかつて主張した「常時駐留なき安保」の実現や、さらには安保条約そのものの見直しへと進んでいくべきであろう。 <呼びかけ人> 宇沢弘文(東京大学名誉教授) 遠藤誠治(成蹊大学教授) 岡本厚(岩波書店「世界」編集長) 加茂利男(立命館大学教授) 川瀬光義(京都府立大学教授) 古関彰一(獨協大学教授) 小林正弥(千葉大学教授) 小森陽一(東京大学教授) 千葉眞(国際基督教大学教授) 寺西俊一(一橋大学教授) 西川潤(早稲田大学名誉教授) 西谷修(東京外国語大学教授) 原科幸彦(東京工業大学教授) 前田哲男(評論家) 水島朝穂(早稲田大学教授) 宮本憲一(大阪市立大学・滋賀大学名誉教授) 山口二郎(北海道大学教授) 和田春樹(東京大学名誉教授) <賛同> (2010年1月31日現在340名) 愛敬浩二(名古屋大学教授) 青木悦(教育ジャーナリスト) 青山貞一(東京都市大学教授) 秋林こずえ(立命館大学准教授) 明田川融(法政大学講師) 吾郷健二(西南学院大学教授) 浅井基文(広島平和研究所長) 麻生多聞(鳴門教育大学准教授) 安部一成(山口大学名誉教授) 阿部浩己(神奈川大学教授) ロニー・アレクサンダー(神戸大学教授) 淡路剛久(早稲田大学教授) 荒井献(東京大学名誉教授) 荒井信一(茨城大学名誉教授) 新井秀明(横浜国立大学教授) 有光健(戦後補償ネットワーク世話人代表)安藤聡彦(埼玉大学教授) 飯島滋明(名古屋学院大学専任講師) 飯室勝彦(中京大学教授) 碇山洋(金沢大学教授) 五十嵐仁(法政大学教授) 五十嵐正博(神戸大学教授)五十嵐二葉(弁護士) 池上惇(京都大学名誉教授) 池田香代子(翻訳家) 石川治子(カトリック修道女) 石田雄(東京大学名誉教授) 石田憲(千葉大学教授) 石田英敬(東京大学教授) 石村修(専修大学教授) 磯崎博司(明治学院大学教授) 礒野弥生(東京経済大学教授) 伊田浩之(「週刊金曜日」企画委員) 伊高浩昭(ジャーナリスト) 一之瀬正史(映画キャメラマン) 伊藤洋子(元東海大学教授) 伊藤成彦(中央大学名誉教授) 稲垣正浩(21世紀スポーツ文化研究所主宰)井上博夫(岩手大学教授) 井上真(東京大学大学院教授) 井上正信(弁護士) 稻本洋之助(東京大学名誉教授) 猪俣良樹(ノン・フィクション作家) 今松英悦(津田塾大学非常勤講師、ジャーナリスト) 今村核(弁護士) 井原勝介(「草の根ネットワーク岩国」代表) 岩崎貞明(「放送レポート」編集長) 植田和弘(京都大学教授) 上村英明(市民外交センター代表・恵泉女学園大学教授) 上村雄彦(横浜市立大学准教授) 内田雅敏(弁護士) 内海愛子(早稲田大学大学院客員教授) 内橋克人(評論家) 内山昭(立命館大学教授) 内山田康(筑波大学教授) 梅林宏道(NPO法人ピースデポ特別顧問) 浦田一郎(明治大学教授) 江上能義(早稲田大学教授) 榎本信行(弁護士) 大江健三郎(作家) 大島美津子(元専修大学教授) 大島堅一(立命館大学国際関係学部教授) 大田直史(京都府立大学教授) 大野和興(農業ジャーナリスト) 大野友也(鹿児島大学准教授) 太田武男(日本ジャーナリスト会議広島支部代表幹事) 太田義器(摂南大学教授) 大谷昭示(九州民放OB会事務局長) 大貫憲介(弁護士) 大橋正明(恵泉女学園大学教授) 大林稔(龍谷大学教授) 岡本三夫(広島修道大学名誉教授) 奥田進一(拓殖大学准教授) 奥平康弘(憲法研究者) 奥村一彦(弁護士) 小倉将志郎(静岡大学准教授)小倉英敬(常磐会学園大学教授) 小栗幸夫(千葉商科大学教授) 尾崎寛直(東京経済大学准教授) 岡田知弘(京都大学教授) 小沢隆一(東京慈恵会医科大学教授) 表秀孝(長野大学名誉教授) 加賀乙彦(作家) 籠橋隆明(弁護士・日本環境法律家連盟(JELF)事務局長) 春日勉(神戸学院大学准教授) 梶村太一郎(ジャーナリスト) 片岡直樹(東京経済大学教授) 片山和希(京都大学大学院経済学研究科研修員) 勝方=稲福恵子(早稲田大学教授) 勝俣誠(明治学院大学教授) 加藤節(成蹊大学教授) 加藤哲郎(一橋大学教授) 加藤善正(岩手県生協連会長理事) 加藤久和(帝京大学法学部教授・名古屋大学名誉教授) 桂敬一(元東京大学教授) 金沢謙太郎(信州大学准教授) 金子勝(慶應義塾大学教授) 上脇博之(神戸学院大学教授) 鎌田信子(長崎平和研究所) 亀嶋庸一(成蹊大学教授) 河相一成(東北大学名誉教授) 川口創(弁護士、自衛隊イラク派兵差止訴訟弁護団) 川崎哲(ピースボート共同代表) 川崎健(東北大学名誉教授・日本科学者会議代表幹事) 川瀬憲子(静岡大学教授) 川田文子(ノンフィクション作家) 神田香織(講談師) 菊池孝美(岩手大学教授) 北沢洋子(国際問題評論家) 北田君臣(九州新聞OB会事務局長)北野収(独協大学教授) 北原みのり(ラブピースクラブ代表) 木戸衛一(大阪大学教員)木原啓吉(千葉大学名誉教授) 君島東彦(立命館大学教授) 金鳳珍(北九州市立大学教授) 工藤進(明治学院大学名誉教授) 久保新一(関東学院大学教授) 黒石いずみ(青山学院大学教授) 黒田俊郎(新潟県立大学教授) 熊本博之(明星大学人文学部教員) 久場嬉子(東京学芸大学名誉教授) 伍賀一道(金沢大学教授) 古賀潔(岩手大学教授) 後藤岩奈(新潟県立大学教授) 小嶋昌夫(教育科学研究会常任委員) 小谷真理(SF評論家) 小松浩(立命館大学教授) 小林直樹(東京大学名誉教授) 小林誠(お茶の水女子大学教授) 小林邦子(弁護士) 小林英信(岩手大学教授) 小林良彰(慶應義塾大学教授) 小原隆治(成蹊大学教授) 小松美彦(東京海洋大学教授) 近藤義臣(群馬大学大学院教授) 齋藤純一(早稲田大学教授) 斎藤貴男(ジャーナリスト) 齋藤美奈子(文芸評論家) 斉藤百合子(恵泉女学園大学助教) 阪井芳貴(名古屋市立大学教授) 酒井徹(名古屋ふれあいユニオン運営委員長) 酒井はるみ(元大学教員) 坂上香(津田塾大学教員、ドキュメンタリー映画監督) 坂口洋一(上智大学名誉教授) 佐久間智子(アジア太平洋資料センター理事) 笹川紀勝(明治大学教授) 佐々木寛(新潟国際情報大学教授) 笹本潤(日本国際法律家協会事務局長) 佐高信(評論家) 佐竹眞明(名古屋学院大学教授) 佐藤博文(弁護士) 佐藤明子(武蔵野美術大学教員) 佐藤研(立教大学教授) 佐藤博明(静岡大学名誉教授) 佐藤幸男(富山大学教授・副学長) 佐無田光(金沢大学准教授) 澤地久枝(ノンフィクション作家) 沢田昭二(名古屋大学名誉教授) 島岡光一(埼玉大学名誉教授) 島津康男(名古屋大学名誉教授) 島本慈子(ジャーナリスト) 清水雅彦(札幌学院大学教授) 柴田鉄治(ジャーナリスト) 白藤博行(専修大学教授) 辛淑玉(人材育成コンサルタント) 進藤兵(都留文科大学教員) 新屋達之(大宮法科大学院大学教授) 菅野文夫(岩手大学教授) 杉山隆保(毎日新聞労働組合元本部書記長) 瑞慶山茂(弁護士、「軍縮問題資料」編集責任者) 辻子実(日本キリスト教協議会靖国神社問題委員会) 鈴木敬夫(中国・汕頭大学法学院教授) 鈴木慎一(早稲田大学名誉教授) 鈴木佑司(法政大学教授) 砂田一郎(政治学者・元学習院大学教授) 須藤春夫(法政大学教授) 関耕平(島根大学准教授)関島保雄(弁護士) 大道魯参(ミズーリ禅センター住職) 高遠菜穂子(イラク支援ボランティア) 高實康稔(岡まさはる記念長崎平和資料館理事長) 高田健(許すな!憲法改悪・市民連絡会) 高橋進(東京大学教授) 高橋哲哉(東京大学教授) 高橋伸彰(立命館大学教授) 高橋利安(広島修道大学教授) 高安克己(島根大学名誉教授) 武田公子(金沢大学教授) 竹峰誠一郎(三重大学研究員) 田島泰彦(上智大学教授) 田中高(中部大学教授) 田中優(未来バンク代表) 谷口誠(前岩手県立大学学長、元国連大使、元OECD事務次長)田巻一彦(ピースデポ副代表) 田村栄子(元佐賀大学教授) 俵義文(子どもと教科書全国ネット21事務局長) 筑紫建彦(憲法を生かす会) 茅野裕城子(作家) 鶴田廣巳(関西大学教授) 塚原東吾(神戸大学教授) 寺尾光身(名古屋工業大学名誉教授) 暉峻淑子(埼玉大学名誉教授) 堂前雅史(和光大学教員) 徳岡宏一朗(弁護士) 戸塚章介(新聞OB「九条の会」事務局長) 土佐弘之(神戸大学教員) 豊下楢彦(関西学院大学教授)豊島耕一(佐賀大学理工学部教授) 羅星仁(広島修道大学人間環境学部教授) 永井 進(法政大学教授) 中川敬(ミュージシャン) 中島正雄(京都府立大学教授) 永山茂樹(東海大学法科大学院教員) 中野洋一(九州国際大学教授) 中村剛治郎(横浜国立大学教授) 中村梧郎(写真家、元岐阜大学教授) 中山智香子(東京外国語大学准教授) 成見暁子(弁護士) 七沢潔(ジャーナリスト) 新倉修(青山学院大学、国際法律家協会) 西崎文子(成蹊大学教授) 西村弘(大阪市立大学教授) 西堀喜久夫(九州国際大学教授) 沼田稔(岩手大学教育学部教授) 野田隆三郎(岡山大学名誉教授) 野田昌吾(大阪市立大学教授) 萩原能久(慶應義塾大学教授) 橋本敏雄(明治学院大学名誉教授) 畑明郎(大阪市立大学大学院特任教授) 畑山敏夫(佐賀大学教授) 服部孝章(立教大学教授) 濱口晴彦(早稲田大学名誉教授) 林香里(東京大学大学院情報学環教員) 林加奈子(桜美林大学国際センター) 林博史(関東学院大学教授) 早坂啓造(岩手大学名誉教授) 原朗(東京大学名誉教授) 原寿雄(ジャーナリスト) 原田正純(熊本学園大学教授) 樋浦順 (岩手大学名誉教授) 日隅一雄(弁護士) 比屋根哲(岩手大学教授) 兵頭圭介(大東文化大学教員、大東文化大学教職員組合) 平岡和久(立命館大学教授) 平田愛子(東京大学大学院) 平野健(中央大学准教授) 廣瀬理夫(弁護士) 福井秀夫(政策研究大学院大学教授) 藤川まなみ(桜美林大学総合科学系准教授) 福山洋子(弁護士) 福山真劫(平和フォーラム事務局長) 福島清(毎日新聞労組元書記長) 藤木邦顕(弁護士) 藤岡純一(関西福祉大学) 藤原猛爾(弁護士) グレン・フック(シェフィールド大学教授) 服藤早苗(女性史研究者・大学教員) 舟越耿一(長崎大学教員) 舩橋晴俊(法政大学社会学部教授)古木杜恵(ノンフィクションライター) 星川淳(グリーンピース・ジャパン事務局長/作家・翻訳家) 細川弘明(京都精華大学教授/アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表) 細川孝(龍谷大学教員) 保母武彦(島根大学名誉教授) 堀江薫(新潟県立大学教授) 堀江則雄(ジャーナリスト) 前坂俊之(静岡県立大学名誉教授) ガバン・マコーマック(オーストアリア大学名誉教授) 政野淳子(ジャーナリスト) 増田紘(兵庫県自治体問題研究所事務局長) 増田一夫(東京大学教授) 松島泰勝(龍谷大学教授) 松田健児(創価大学法学部教授) 松本泰子(京都大学准教授) 間宮陽介(京都大学教授) 丸川哲史(明治大学準教授)丸山重威(関東学院大学教授) 美帆シボ(フランス平和自治体協会顧問、相模女子大客員教授) 宮内勝典(作家) 宮入興一(愛知大学教授) 宮崎緑(千葉商科大学教授) 宮本弘典(関東学院大学教授) 三村翰弘(筑波大学名誉教授) 武者小路公秀(大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター所長)村井吉敬(早稲田大学教員) 村上信一郎(神戸市外国語大学教授) 村上祐(岩手大学教授) 村松昭夫(弁護士) 村山武彦(早稲田大学教授) 松田浩(メディア総研・研究員) 三橋良士明(静岡大学教授) 元百合子(大阪女学院大学教員) 本秀紀(名古屋大学教授) 森英樹(龍谷大学教授) 森井真(明治学院大学元学長) 森川純(酪農学園大学教授) 森川恒安(九州大学教員) 諸富徹(京都大学准教授) 安田好弘(弁護士) 山内敏弘(龍谷大学教授) 山口和秀(岡山大学名誉教授) 山崎圭一(横浜国立大学経済学部教授) 山崎朋子(女性史、ノンフィクション作家) 山下英俊(一橋大学准教授) 山田明(名古屋市立大学教授) 山中恒(作家)山本喜介(広島マスコミ九条の会運営委員) 山本俊正(関西学院大学教授) 山本佳世子(電気通信大学准教授) 山根徹也(横浜市立大学准教授) 山根岩男(元新聞労連書記長) 除本理史(東京経済大学教授) 横田耕一(九州大学名誉教授) 横田茂(関西大学教授) 横田一(ジャーナリスト) 吉岡達也(ピースボート共同代表) 吉原功(明治学院大学名誉教授) 横山正樹(フェリス女学院大学教員) 横山英信(岩手大学教授) 吉川勇一(市民の意見30の会・東京代表) 吉田充夫((独)国際協力機構国際協力専門員・東京工業大学大学院連携教授) 吉村良一(立命館大学教授) 米倉勉(弁護士)米原謙(大阪大学教員) ダグラス・ラミス(沖縄大学非常勤講師) 利元克巳(ヒロシマ革新懇事務局長) 李静和(成蹊大学教授) 渡辺武達(同志社大学教授) 和田進(神戸大学教授) (このほかに、個人、市民運動などから二八〇の賛同が寄せられた) (記者会見の模様) http://www.youtube.com/view_play_list?p=B36EA0F443B330D5 (U TUBE) http://www.youtube.com/watch?v=6zlmbfJ6R6E&feature=PlayList&p=B36EA0F443B330 D5&index=0&playnext=1 ──────────────────────────――――─―― xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx |