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 第5章 ネットから足を洗おうか
             (2007年6月〜7月)

          
           Copyright Shinro Ohtake

月日の流れを大切にしたいので「海亀日記」は新しい日付が下にくるようになっています。


                               070601
 今年もまた「東京国際ミネラルフェア」から招待状が送られてきた。初日の今日、さっそく出かけていった。もう十年ぐらい通いつづけているが、客層が変化しつつあるような気がする。鉱物マニアの少年たちに代わって、ジュエリー感覚でやってくる若い女性たちが増えてきたようだ。

 今回は、次の四点を手に入れた。

Fluorite(蛍石)緑色の結晶である。蛍光色の光りをあてると、ふつう蛍石は色が変わるけれど、この緑の結晶は独特で、太陽光にあてるだけで青く変化する。イギリス産。4500円。

Peridot(かんらん石)Olivineともいう。造岩鉱物で、地下深部マントルからしぼり出されたもの。日本でも玄武岩のなかに含まれることがあるそうだ。アメリカ・アリゾナ州 San Carlos 産。2000円。

アフガナイト+スフェーン 白い石のなかに青いアフガナイトと、琥珀色のスフェーンの結晶が露出している。アフガニスタン・バダクシャン地方産。15000円。

オパール化した小さなアンモナイト。マダガスカル産。2000円。

 長編小説を書いているときは無収入だから、まったく慎ましい散財であった。恐竜の化石がオパール化している石を買いたかったけれど、もちろん手が出ない。鉱物展は、どうもフラストレーションが溜まるようだ。

 私はもう物欲といったものが、ほとんど消えてしまった。仕事のためにこもる海辺の小屋が欲しいなあと思うことはある。できれば潮風が吹きつける岬の灯台があるようなところに、隠れ家となる小屋をもちたい。

 だが、そのほかに欲しいものなど全然ない。物欲が消えてしまって、少し淋しい気がするぐらいだ。ところが鉱物展にやってくると欲しいものだらけである。この巨大隕石も欲しい、5キロぐらいありそうなブルー・トパーズの原石も、恐竜の卵の化石も欲しいといったふうに、あられもなく物欲のかたまりになってしまう。まだまだ、だなあ。




                               070607
「母語への渇き」という谷崎潤一郎についてのエッセイを書いた。25枚ぐらいという依頼を受けていたのだが、書き終えてからパソコンを操作して400字詰め原稿に換算してみると、どんぴしゃり、25枚になっているではないか。

 小説は内発的な必然によって、長さを自分で決める。けれど、エッセイはつねに紙面上の枚数制限がある。その枚数と格闘しつづけてきたから、原稿用紙に書かなくても、いま何枚ぐらいになっているか、だいたいカンで分かる。

 それにしても25枚と依頼された原稿をパソコンで書いて、ぴたりと25枚で仕上げてしまったことに、うれしさよりも、なにか悲哀のようなものが湧いてしかたがない。もう何冊分もエッセイを書きつづけてきたから、いわゆる手練れなってしまったのか、職業的な手つきになってしまったのか。

 だが、小説はちがう。筆一本の生活を、綱渡りのように27年間つづけてきたが、いまだに小説は職業的にさらりと書くことができない。依然として、書くことは、痛い。それでも、もう引き返すことはできないし、解放されることもないだろうと思っている。歩きつづけていくしかない。犀の角のように。




                               070609
 毎日、毎日、とめどなく迷惑メールがなだれ込んでくる。なぜか英語の迷惑メールが圧倒的に多く、次は日本の出会い系サイトだ。二か月ほど旅に出ていると、なんと五千通ぐらい溜まっている。

 携帯電話には着信拒否の設定ついているのに、どうしてパソコンでそれができないのだろう。決してできないことはないが、同じサーバーのメールが全部弾かれてしまうことがあるから止めたほうがいいそうだ。受信拒否の設定ができるソフトはないのだろうか。それも、Outlook ではなく、Becky! ver2 との互換性のあるソフトが必要だ。

 携帯電話よりも高度なはずのパソコンで、まったくばかばかしいことが起こっている。新しい希望かもしれないと思われたネット社会が、こんなことで潰えていくのか。本当に、なんとかならないものか。




                               070613
 仕事に根をつめたせいか、ぎっくり腰が再発した。一日、ただ仰向けに横たわったまま、若い友人たちから借りているコミックを読んだ。『寄生獣』というコミックが酒鬼薔薇の事件と通底しているといったことを話したところ、ぞくぞく持ってきてくれるようになったのだ。『ヘルタースケルター』『デスノート』『虫師』『フリージア』などが良かった。

 今日は、大友克洋の『AKIRA』を読んだ。刊行されたばかりのころニューヨークで一巻目を読んだことがあった。初めて全巻を通読したのだが、絵の巧さ、描写力、イメージの豊かさに感嘆させられながら、どうも退屈で、眠くなってしかたがない。イメージだけで思想性がほとんどないから、あの長さをもちこたえていないのだろう。一巻だけの『童夢』のほうが傑作ではないかと思われる。いま再読したいと思っているのは『鉄コン筋クリート』だ。

 コミックばかり読んでいるわけにはいかないから、腹這いになったまま赤のボールペンをにぎり『惑星の思考』の校正刷りに手を入れようとしたが、やはり激痛が走る。

 年に一度ぐらいの頻度で、ぎっくり腰が起こるようになってしまった。前回、再発したのは、バンコクにいるときだった。バングラデシュの密林を歩い回ってきた疲れがでたのか、急に再発したのだ。タイは(わたり蟹の卵とじカレー炒めなど)飛びきりおいしいものが食べられるというのに、一歩も動けず、空腹とあぶら汗をこらえながら、ホテルでひたすら仰向けになっていた。クーデターが起こり、戦車が街を走っていることさえ気づかないまま。

 校正刷りをあきらめ、ぼうっと天井を眺めながら、死ぬまでに長編をあと何作書けるのか、つい気弱な思いに沈んでしまう。大切な連絡が入っているかもしれないから、腰痛ベルトをつけたまま、そろそろ起きあがり、ネットの海の水面をのぞくようにパソコンの電源を入れると、坂本龍一さんからうれしいメールが届いていた。




                               070615
 この八日間、一滴も飲んでいない。『惑星の思考』の校正刷りが届いた日から、ぴたりと酒をやめてしまった。不思議なものだ。小説を書くときは、加速させるためにどうしてもアルコール燃料が欠かせない。だが校正刷りは一字一字に目を光らせ、細心の注意を払わなければならない。醒めきっていなければならない。だから仕事に取りかかったとたん、ごく自然にアルコールを断ってしまう。

 べつに意志が強いわけではなく、どうやら、プロ意識がそうさせるようだ。苦痛でもなんでもない。終わるまで、たぶん一滴も飲まないだろう。そして小説にもどると、身のまわりはふたたび空瓶だらけになってしまうだろう。熱狂と、覚醒。いつもそんな愚行のくり返しだ。




                               070616
 高田馬場にゆったりと落ち着いたビルマ料理店がある。アウン・サン・スー・チーの大きな写真が飾られている。以前、私はその店の常連であった。海亀塾の青年たちとよくビルマ料理を食べ、メコンという酒を飲みながら語りあっていた。

 店のご主人は場ちがいなほど知的で、いつも穏やかだった。母国から逃れてきた同胞たちのために難民申請をしたり、日本在住のビルマ人たちの精神的な支柱となっている人であった。客が少ないときなど、相談にやってきた同胞たちと店の片隅で語りあっていた。私は畏敬の念を抱きながら、一言もわからないビルマ語に耳を澄ましていた。

 その店のご主人が日本国籍を取得したことを、かつての海亀塾のひとりから知らされたとき、ああよかったなあと安堵した。軍事政権下のビルマには、もう帰ることができないはずだから。

 日本国籍を取得して「山田」という姓になったそうだ。それを聞いて、複雑な思いがあった。たとえばサッカー選手たちが日本国籍になるとき、もとのブラジル名に複雑な漢字を当てたりする。一身上の都合があって日本国籍になるけれど、自分の魂は母国ブラジルにあると無言で語っているようだ。

 だがビルマ料理店のご主人は、あえて「山田」という、もっともありふれた日本姓を名乗ったのだ。その気持ちがなんとなく分かるような気がして胸がつまる。深く考え抜かれた決意のようなものが感じられるからだ。

 ある国籍を捨てて、べつの国、異なる国へ帰属したというだけではない。国家ではなく「山や田」という自然、世界のふるさとに帰属するのだという、ひそかな意志が隠されているような気がしてならない。海亀塾の若者が恋をしていた、あのきれいな看板娘のお嬢さんも「山田***」さんになったのだろう。こうして時はよどむことなく、ゆっくり、とめどなく新しい局面や次元を生みだしていく。




                               070619
 毎日、洪水のように押し寄せてくる迷惑メールに悩まされているとき、Becky! ver2.には「振り分けメール」という機能がついていることを教えられた。受信拒否はできないけれど、キーワードを指定すると迷惑メールをふるい分けてくれるのだという。

 試しにやってみることにした。校正刷りやエッセイの締め切りが目前に迫っているというのに、何時間もそんな作業に没頭してしまった。こんなときにかぎって、あぶら汗をこらえながら、つい無関係なことに熱中してしまう悪いくせがあるようだ。

 日本語の迷惑メールを炙りだすキーワードは、すぐに見当がつく。人妻、逆援助、援助交際、コスプレ、交換アド、セレブ、セフレ、巨乳、美乳、無修正、裏DVD、超激安。それから、**撮り、即**、中**、生***など、性愛にまつわるもろもろの言葉。ほとんどが造語だから、これらは簡単に特定できる。

 そうしたキーワードをずらりと打ち込んでから「さあ来い!」と身がまえながら受信すると、さんざん悩まされつづけてきた膨大な迷惑メールが、すいすいごみ箱へ直行していくではないか。ざまあみろ。胸がすうっとした。

 ただ、ごみ箱へいくのは日本語だけで、依然として英語の迷惑メールはとめどなくなだれ込んでくる。なんとか英語のキーワードを炙りだそうとするのだが、これが実にむずかしい。Viagraぐらいはすぐに見当がつくけれど、ほかに特殊なキーワードを特定しにくいのだ。外国語に対してこちらのセンサーが鋭く働かないせいもあるだろうが、新しい造語がほとんど見あたらない。

 それにくらべると、ひらがな、漢字、カタカナ、アルファベット、外来語などを自在に組みあわせていく現代日本語は、まさに造語の海ではないか。縄文のころからの基層文化に、大陸、欧米からやってくる文化が幾重にも層をなして、からみあっているのかもしれない。カリブ海域や、ブラジル、チカーノだけでなく、わたしたちの母語のなかにもクレオール現象がひそんでいるのではないか。




                               070622
 ネルー大学のジョージ教授と、ひさしぶりに再会した。数年前にニューデリーでひらかれた国際会議の論文集を、わざわざ届けてくださったのだ。私の論文 "A Message from Asia" も収録されているから、郵送ではなく、どうしても手渡したかったのだという。

 夕食を共にしながら、<目ざめつつある巨象> として躍進しているIT立国インドのことや、そのインドが欧米的な世界にどのような理念を提示しうるのかといったことを語りあいながら、ふとしたきっかけで日本のインド料理店のカレーがいかにまずいかという話題になったとたん、
「あんなのは、カレーじゃない!」
 温厚なジョージ教授が、珍しく声高に力説された。
「そう、カレーじゃない!」
 私もわが意を得たような気がして、かねてからの憤懣(ふんまん)をぶつけることになった。日本人の好みに合わせているのか、ルーやバターやクリームなど入れてどろどろになったカレーにあきれ果てているからだ。あんなものは、断じてインド料理ではない。

 ジョージ先生は国際日本文化研究センターに招かれて、いま日本に滞在しているのだが、心底、カレーのまずさに憤慨しておられるようであった。私もそうだ。怒りさえ覚えている。

 アメリカのタイ料理店では、味覚音痴のアメリカ人の好みにあわせて、料理にどばっとケチャップを混入することがある。タイにはもともとケチャップなど存在しないのだから、そんなそんなものはタイ料理とはいえない。それと同じように、日本のインド料理店では、もはやカレーとはいえないものばかり出てくる。

 だが残念なことに、インドでもおいしいカレーがなかなか食べられなくなってきた。どのレストランも複雑なスパイスの組みあわせがなく、味が浅くなってきたようだ。

 最近、感激したのは、バングラデシュのアシュラムで、毎日、賄いのおばさんが作ってくださる家庭料理だった。バングラデシュはかつての東ベンガル州だから、れっきとしたインド料理なのだ。さらりとして、しかも香辛料が絶妙にからみあう深い味わいのカレーだった。

 もう一つ、素晴らしいカレーに出くわしたことがある。意外にも、そこはベトナムであった。ホーチミン市の繁華街ドンコイ通りから、ドンユー通りへ曲がっていったあたりに、モスクがある。そのモスクの庭さきで、バングラデシュ人の老夫婦がカレー屋をひらいている。異郷で暮らす同胞たちのために、ふるさとのカレーを作っているのだが、そこのチキン・カレーはほんとうにおいしく、まさにこれぞカレーだと感激した。

 ジョージ先生は、ふるさとケララ州のカレーの旨さを熱心に語りだす。南インドだから、ココナツを入れるのだという。油も、かならずココナツ・オイルを使う。ピーナッツ・オイルを入れるカレーもまたおいしいそうだ。それから、もはや私にはついていけない、さまざまな香辛料の話……。

 ITの国でありながら欧米とは異なる精神文化をもつ <巨象> インドが、これから世界に対してどのような役割を担うべきか……、そんなことを語りあっていたはずだが、いつのまにか一転して、延々とカレー談義に熱中してしまった。楽しく長い、夏至の宵であった。




                               070626
『惑星の思考』の校正刷りがようやく終り、へろへろになってしまった。9・11以後の、五年分ぐらいの日記がもとになっているから、あまりにも量が多すぎた。さらに未発表の一章を最後につけ加えることになったから、ふつうなら二段組・上下二巻ぐらいになってしまう。それを、削り、削りつづけて、どうにか一冊の本に収めることができた。

 この本がどのジャンルに属するのか、自分でも分からない。日付を取り払ってしまったからもはや日記ではなく、エッセイでもなく、随想でも、紀行でも、思索でもなく、ただひたすら断章の集積である。既成のジャンルを超える一冊にしたかった。

 昔から、私はなぜか断章スタイルの文章が好きであった。たとえば、芥川龍之介の『河童』や『歯車』、ニーチェや萩原朔太郎のアフォリズム、ボードレールの『パリの憂鬱』、シオランの『思想の黄昏』のような、断章を連ねていく散文に魅かれてきた。

 小説を書くときは宿命的に、構造やストーリーといったものから逃れることができない。その作為性に、もう二十年ぐらいうんざりしながら、「嘘つけ」という胸のささやきなど聞こえないふりをして、アルコール燃料でやみくもに走りつづけている。やっかいな自己嫌悪を忘れなければ、どうにも小説という形になってくれないからだ。

 断章を連ねていく文章は、そうした自己嫌悪に陥らずにすむから好きなのだろう。ただ、断章のあいだの一行の余白に <強度> をもたせたかった。

 たとえば氷原を歩いていくと、あちこちに割れ目がある。見た目には、たいした幅ではない。ジャンプすれば容易に飛びこせそうだ。だが、もしも足を滑らせれば、底知れぬ氷の裂け目へ墜落していく。そのようなスリリングな余白の一行をつくりたかった。

『焼身』でもそれを試みた。五、六行の短い文章がつづき、歩みをさえぎるように、いきなり一行の余白がくる。一見、空白だらけで読みやすいが、下手をするとすかすかの文章になってしまう。だから、初稿では三倍ぐらい長く大量に書いた。

 それを削り、削りつづけて、三分の一に圧縮していった。文章に <圧> をかけることで、スリリングな氷の裂け目をつくっていこうとした。9・11以降の状況が、裂け目にすべてふくまれるように。それが『焼身』で試みた文体だった。あの白い余白には、二冊分ぐらいの文章が書かれ、あとかたもなく消されていったのだ。

『ぼくは始祖鳥になりたい』は、連載が完結したあと三百枚ぐらい削った。『金色の虎』は、八百枚ぐらい削ったと思う。言葉のダイエットだった。いったい何冊分ぐらい抹殺してしてきのだろう。だが、これほど身を削っているつもりなのに、私の身体のほうは、なかなか細くなってくれないようだ。




                               070627
 夢を見た。両肩から腕や胸にかけて、あちこち吹き出物のようなものできたと思ったら、そこから発芽して、茎がのびて、花が咲くではないか。白いオシロイ花にかたちが似ているけれど、そんな可憐な花ではない。ゴムのような感触の、ふてぶてしい肉厚の花だ。摘んでも、摘んでも、とめどなく咲きつづける。茎も、真夏のゴーヤのように旺盛にのびてくる。

 こんな奇妙な夢をときどき見る。鱗が生えてくることもある。だから夢の中でも、ああ、またかと舌打ちしながら、淡々と花を摘んでいた。花の色はいつも白だ。夢を分析しても、さっぱり分からない。こんなときは過剰に意味を追わず、昨日、一昨日のできごとをふり返るのがいい。なにか心にひっかかっているささいなこと、喉にひっかかった魚の小骨のようなものが、グロテスクな夢に化けてしまうことがよくあるから。

 近頃、なにか変わったことがあったかなと考えかけて、すぐに見当がついた。『惑星の思考』の校正刷りに取りかかってから、ぴたりとアルコールを断って、CO-OPの野菜ジュースをよく飲んでいた。いまも一日に一リットル以上飲んでいる。

 昨夜、こんなに飲んでいると野菜ジュースに染まっていくんじゃないかという思いがふっと胸をかすめ、内臓の色が変わっていくイメージが湧きかかった。だがそのまま忘れて、長編Xにもどる準備に取りかかった。そんな一瞬の思いが、植物に変身していく夢へ化けていったのかもしれない。それとも、小説を早く開花させたいという欲なのか。

 脳というやつは、不思議なことをするものだ。




                               070629
 夢を見た。ふだん見なれている淋しい通りや、ビルの陰、校舎などにそって、どうやら事象の地平線が迫っているらしい。
「あそこらで、世界が終りそうなんだよ」
 見えない者が、うす暗い日陰のようなラインを指さす。

 たしかに、ただならぬ気配がみなぎっている。世界の終りをさけるべく、志願者たちが編成されて、事象の地平線へ身を投じようとしているらしい。
「たとえ一万人がいっても、もどってこれる者は一人もいないだろう」
 あたりには、そんなひそひそ声が満ちている。

 ひとりの青年が、女とセックスしている。別れの儀式のようでもある。青年はおそらく、事象の地平線へいくつもりなのだろう。女はりんとして、褐色の肌の女王か、ラテン系のカーリー母神のようでもある。そんな女が、地上から人類を送りだすようにひたすらセックスにふけっている。

 事象の地平線は、容赦なく、じりじりと迫ってくる。日陰がひろがっていく。夕暮れの街には、もうだれもいない。キリコが描く無人の街のように、からんと静まり返っているばかりだ。いよいよ、終りの日は近づいている。

 夢の中に、自分はいなかった。その夢を眺め、脳の中のできごとを見つめている眼のようなものが <私> であるらしい。夢そのものよりも、放恣な脳の営みをじっと見はっている <超自我> の気配こそが濃密に感じられる夢であった。


 あとで気づいたのだが、今日は自殺した教え子の命日だ。四年前のこの日の未明、二十一歳の命を絶ったのだ。




                               070703
 夢の中で「夢日記」を書いているという、ややこしい夢を見た。これはもう、小説家のみぐるしい業のようなものだ。以前、夢日記をつけていたころ同じようなことがよく起こり、すっかり嫌気がさして、そのたびにノートを中断した。夢の中にまで、やっかいな自意識が介入して、鏡の迷路で堂々巡りしてしまうのだ。書くということはおぞましく、浅ましいかぎりである。

 書きかけている小説が夢に化けて、そこに迷い込んでしまうこともある。しかも夢を見ていながら、それでも作者としての意識が残っているらしく、生起しつつある夢をしきりに変えようとしているのだ。こうではなく、こうであるべきだ、といったふうに。

 たいていは夢の途中で、そうか、いま書きかけている小説の中にいるんだなと気づくけれど、目ざめるまで悪夢から脱出できず、うなされ、もがきつづけることもある。

 たとえば、小説のストーリーが二つに枝分かれしていくとき、構成上、やむなく切りすててしまった一方の枝の、その先に生起したかもしれない架空のストーリーの中に迷い込んでしまうのだ。平行宇宙のような……といえば神秘的に装えるかもしれないが、正体は、まさに意識そのものなのだ。




                               070707
 沖縄から電話があった。映画「久高オデッセイ」の監督からだ。かれは脳出血で倒れて、私が沖縄で暮らしていたころ、苦しいリハビリの日々を送っていた。ほとんど歩くことができず、車椅子の生活になり、もう映画を撮ることもできず、終日、ぼうっとテレビばかり眺めていた。以前はエネルギーのかたまりのような男であっただけに、そばで見ているのがつらかった。

 脳出血によって損傷を受けたところは、痛みをつかさどる部位であった。だから眠っているとき以外、つねに左半身に激痛がつづいていた。麻痺している左半身に、脳そのものが痛みを生みだしているのだった。

 私の義母も、脈拍がときどき異常に早くなるという持病を抱えている。心臓は(心臓のある部位から出る)電気的な刺激によって鼓動しているのだが、その電気信号のリズムが乱れて脈拍が早くなるのだという。

 久しぶりに電話をかけてきた友人の声は明るく、かつてのエネルギーが満ちていた。新薬を服用してから、劇的に痛みが薄れていったのだという。
「農連市場まで歩けるようになった」
 と声をはずませている。びっくりした。那覇市内のかれの住まいから農連市場まで、歩いて半時間ぐらいかかるはずだ。それだけではない。週に一度、久高島に通って「久高オデッセイ」の第二部の撮影をはじめたというのだ。
「もう映画をつくれないと思っていたのに、こんな日がくるとは……」
 友人の声には、万感の思いがこもっていた。

 劇的な効果をもたらしたその新薬とは、意外なことに、てんかんの薬だという。それが脳出血の後遺症に効いたのだ。

 なるほどそうか、と腑に落ちるものがあった。てんかんは脳内の電気的な嵐である。その嵐を静める薬を摂取することによって、痛覚を生みだす脳内の電気的なパルスが静まったのだろう。

 長いこと私は、精神分析や、精神分裂病(統合失調症)に関心があった。狂気をもたらすほどの苦しみや心の傷など、その心因性を追究していくことと、文学の営みはほとんど同じようなものであると感じていたからだ。

 ところが近年、統合失調症は劇的にといっていいぐらい、急速に軽症化しつつあるという。新薬が開発されたからだ。「精神分裂病は消滅した」と述べる人さえいるぐらいだ。それは心因性=意味としての探求が終わりつつあるということであり、文学の衰退とも通底していると思われる。

 パキシル(Paxil)の副作用で自殺者が増えてきたという。パキシルは抗うつ剤だ。わたしたちはいまも、物理性と心因性の波間でゆられつづけている。統合失調症が沈静化してくるのと軌を一にして、うつ病や、同一性解離や、境界性人格障害などが浮上している。意味の探求はやむことはないだろう。




                               070716
『惑星の思考』の再校ゲラが終った。一か所だけ、大幅に加筆することになった。イラクの独裁者サダム・フセインは、ふるさとチクリート地方の民家の庭に掘った穴に隠れているとき、米兵たちに逮捕された。穴のなかには、七五万ドルの札束と、二丁の銃、そしてドストエフスキーの『罪と罰』があったという。そのことに、ずっとひっかかっていた。

 初稿ゲラの段階では「フセインは、どんな気持ちで『罪と罰』を読んでいたのだろう」としか述べていなかった。だが、曲がりなりにも小説家である以上、もう一歩踏み込まないわけにはいかないと思って、フセインの経歴をくわしく辿ってみた。すると湾岸戦争のあと、フセインが『悪魔のダンス』という小説を書いて出版していることが判明した。急いで『悪魔のダンス』を取り寄せて読んでみた。

 画学生であったヒトラー、フランス文学に耽溺していたポル・ポト、そして小説を書いたフセインという謎が浮上してしてきた。それについて考え、『罪と罰』に関連づけて、かなり長く書き加えた。

 友人の編集者に迷惑をかけてしまったから、おわびのつもりで、その再校ゲラを出版社に持参していった。すると『惑星の思考』のカバー絵として使わせてもらう大竹伸朗の原画を見ることができた。素晴らしい作品だった。

 あの『全景展』のとき、美術館の全フロアを埋めつくす膨大な作品群のなかを泳ぐように歩き回っているうちに、震えがきた。長く生きていると、もう感動することも少なくなってしまいがちだが、ひさしぶりに震えがきてしまった。そして "Rubbish Men" の前で、ついに足が動かなくなった。

 大竹伸朗の作品には、根源的なエネルギーがある。サイキックで、まっとうな <芸術> の本道の力がみなぎっている。あの『全景展』を見てから、ほかの絵が、ただのデザインかイラストのようにしか見えなくなった。

『惑星の思考』のカバーに使わせてもらう作品には、あのときの感動が凝縮されていた。素晴らしい装丁になりそうだ。70cm×90cmぐらいの作品だが、写真やフイルムではなく、宇和島からわざわざ原画を送ってくれたことにも感激した。私は貧乏でなにも持っていないけれど、友人たちに恵まれている。これが自分の財産かもしれない。ほんとうに、ありがたいことだ。




                               070718
 青いマウンテンバイクに乗って、けやきの樹々の下をゆっくり走りながら頭上の緑を眺めているとき「アデナーワー」という言葉がふっと浮かんできた。なんの脈絡もなかった。なんのことか分からない。それでいて妙にリアルだった。脳が勝手に、記憶の抽斗(ひきだし)を開けているようだ。

 ずっと以前、詩人の清水哲夫さんのエッセイを読んだことがある。友人の葬式に参列して、歩きながら帰っていく途中、ふっと気がつくと水前寺清子の一万歩のマーチ(百万歩のマーチ?)を口ずさんでいたのだという。友人とはべつに確執があったわけではなく、早すぎる死を惜しんでいるのに、帰り道、そんな歌を口ずさんでいる自分に気づいて、愕然とした。無意識の営みに茫然としつつ、自分はなんと薄情なんだろうと自己嫌悪をおぼえたというエッセイだった。それを読んだとき、よく分かるなあと共感した。

「アデナーワー」という言葉が、なぜ浮かんできたのか、さっぱり分からない。心当たりもない。のどに魚の小骨がひっかかっているような気がして、帰宅してから、ネットでいろいろ検索していくうちに「アデナウアー」という名前にぶつかった。1949年から1963年まで、西ドイツの首相であった人物だ。脳のなかの幽霊に出会ったような気持ちだった。

 そういえば樹木を眺めているとき、左側にコンクリートの壁があった。殺風景な壁だから、なるべくそちらを見ないようにしていたのだが、無意識はひっかかって、壁→収容所→ベルリンの壁→東西ドイツ統合→ドイツ首相といったふうに、めまぐるしく連想を働かせていたのかもしれない。あえてこじつければそうなるけれど、脳というやつは不思議なことをするものだ。

 


                               070721
 鬼子母神の祭りにいった。樹齢600年を超える大銀杏のもとで、若い男女が太鼓を叩いていた。何百年ものあいだ、大銀杏の樹の下でくりひろげられてきた光景にちがいない。

「われわれは、この世界の特異な点に埋め込まれている」というが、それはまったく同感だ。雪をかぶるキリマンジャロが遠くに見えるアフリカの大草原を歩きながら 、日本語でものを考えている <自分> に気づいたとき、つくづくそれを痛感した。<私> も母語という特異な点から逃れることはできっこない。

 意識はまっさらで生まれることもなく、普遍的に生成していくこともない。わたしたちは条件づけられいく。「世界の特異な点に埋め込まれて」いくばかりである。だが、自分を条件づけるものを完全に消去することはできないとしても、相対化させることはできるはずだ。それが普遍性への渇きであると思っていた。

 樹齢600年の大銀杏の下で、ぼんやり思った。この樹を見たはずの何百万、何千万という目も、すでに地上から消えてしまったのだ。そして私は <2007年7月21日> という時点で、この大銀杏を見た。わたしたちは連続性のある一点にいる。時空のある特異な点に埋め込まれている。だからこそ祭りの夜、わたしたちは太鼓を叩くのだろう。




                               070726
 沖縄発の雑誌「カラカラ」の稿が、なかなか仕上がらない。すでに98パーセントぐらい推敲も終えて、枚数、行数もきちんとページ内に収められるようにしているのだが、どうしても最後の一行が決まらない。連載の最終回だから、言うべきことを言おうとして、もう五、六日、堂々めぐりがつづいている。琉球弧への思い入れが深すぎるせいだろうか。臆病なのか。さらっと仕上げればいいものを、まったく凝り性(貧乏性?)だとしか言いようがない。ああ、これだから小説の量産ができないのだろう。




                               070730
 時局的なことは書くまいと決めていたけれど、選挙で惨敗しながら辞任しない安倍首相にあきれかえって言葉もない。安倍政権を否認するために、私は選挙にいった。多くの人たちが同じ思いであったはずだ。そうして自民党の歴史的な大敗となった。それでも、首相は辞任しないという。こんな恥知らずが「美しい日本」などと口走っているのか。こういう者たちこそが、日本という国を醜くしているのだ。




                               070731
 三か月ほど前、小説を書くためのパソコンが故障した。修理に出すと、ハードディスクが壊れていた。原因はついに分からないまま、すべてのデータが消滅した。さいわい長編Xだけは、虫の知らせか、前夜にバックアップを取っていたから奇跡的に無傷であったけれど。

 数日前に、もう一台の(ネット用の)ノートパソコンが故障してしまった。どうやっても起動しない。真っ青になりながら、ふたたびデータが完全消滅してしまうようなら、天の声だと受けとめてネットから足を洗おうと思った。「海亀通信」もやめてしまおう。メールもやめて、葉書や手紙にしよう。原稿も手書きにもどそう。

 もう、こんなことに神経をすりへらすはやめてしまおう。ネットは便利ではあるが、逆にストレスが増えてきたような気がする。これからは重心を低くして、沈静しつつ、地上でリアルに生きていこう。ひそかにそう決心してしまうと、なんだか妙に晴々とした気分だった。

 ところが昨日「バッテリーを抜いてごらん」と、電話で助言された。半信半疑のまま試してみると、なんと壊れたはずのパソコンが、あっけなく起ち上がってくるではないか。ほっとしつつ、一方で、がっかりするような複雑な思いだった。ネットから足を洗えという「天の声」ではなかったようだから、やはり「海亀通信」をつづけることにしよう。



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           第6章へつづく