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     第7章 ニートのように
          (2007年10月〜2008年2月)

           
           Copyright Shinro Ohtake


月日の流れを大切にしたいので「海亀日記」は新しい日付が下にくるようになっています。


                               071001
 ドストエフスキーについて、45枚の文章をようやく書きあげた。初めは論考のつもりで書きだしたのだが、二転、三転しているうちに、いつもの断章形式のエッセイになってしまった。どうも論理的に書く能力がないようだが、ほかにも理由がある。これまで自分が培ってきた文章のかたち、文体といったものが <論> を拒絶してしまう。どうしても <論> では急所に迫れないのだ。

 書きながら、沖縄のこと、ミャンマーのことが気になっていた。沖縄の集団自決について、教科書を改竄したことに抗議する県民大会がひらかれることになっていた。友人たちは5万人を動員しようとしていたが、いまの沖縄で果たして5万人も集まるだろうかと危ぶんでいた。

 沖縄で暮らしていたころ、名護市長選挙にがっかりさせられた。辺野古の海辺に坐り込んでいるおばあたちを、沖縄の人たちが見捨てる結果になってしまったからだ。基地を包囲する「人の鎖」も、ついに繋がらなくなった。これが沖縄の現実なのかと暗澹としているところだった。

 ところが蓋をあけると、県民大会に12万の人びとが集まってきた。米兵たちに少女がレイプされたときの集会以来ではないだろうか。今度の県民大会で、女子高校生がこのように述べていた。「集団自決について、おじいやおばあたちの言っていることが嘘だというのですか」。深々と胸をえぐる痛切な言葉だった。

 最初に集団自決があった慶良間諸島でも、日本軍がいなかった島では、集団自決は起こっていない。それがすべてを語っている、と私は思う。

 県民大会の結果、政府や教科書の出版元から、史実の改竄をやめようという動きが出てきた。うれしかった。ようやく沖縄の声が一つだけ叶えられそうだ。ほんとうに良かった。12万人の声が届かなかければ、もうなにをやっても虚しいという無力感がひろがったかもしれない。

 これで辺野古にも、人びとがもどってくるかもしれない。むろん、辺野古のことはとてつもなく重い。世界最強のアメリカと、日本国そのものを相手にしているのだから大変なことだ。この夏、二人の教え子たちが辺野古へいって、ボートに乗り、作業船を見張ったりしていた。今日、その話をつぶさに聞いたけれど、テント小屋も縮小されていたという。疲れや、あきらめや、無力感がひろがっているようだ。

 12万人の声によって、教科書改竄をやめさせることができそうだ。こんなうれしいことはない。もしも12万人の声が届かなければ、結局、観光地、リゾート地の沖縄に堕していくしかない。若い人たちは白けきって、ミニ・ディズニーランドの北谷(ちゃたん)で遊び惚けるしかない。

 教科書を改竄させたのが、いったいだれであったのか、沖縄の友人たちと共に炙りだそうとしていたが、どうやらその必要もなくなってきたようだ。だが忘れないために、沖縄から送られてきたURLを一つだけ、ここに貼りつけておきたい。これは「衆議院」の公式サイトであるが、このなかに史実を改竄させた教科書調査官が隠れているはずだ。
   http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166474.htm


 ビルマ(ミャンマー)の仏僧たちの決起は、無惨な結果になってしまった。行進している僧たちが、若い青年僧たちばかりであることに、悲しい結末を予感していた。かつてベトナムの仏僧たちが矢面に立ったとき、組織のトップ、統一仏教会の高僧たちまでが腹をくくっていた。非暴力をつらぬこうと誓いながら闘いぬくつもりだった。焼身供養したX師は66歳であった。ヤンゴンの路上を歩く僧たちが青年僧ばかりであるということは、組織が一枚岩ではないことを示していた。そこが決定的な弱点ではないかと危ぶんでいた。




                               071002
 暗いニュースが断片的に飛び交っている。ヤンゴンで逮捕された青年僧たちは、強制的に僧衣を脱がされて、いま大学構内などに拘束されているそうだ。4000人の僧が、ビルマ最北部の刑務所に移送されるという。政治犯収容所であるヤンゴンのインセイン刑務所に収監された僧侶たちは、即決の裁判で6年の刑を科せられたという。

 アウン・サン・スー・チーさんは自宅軟禁されているが、おそらく殺されることはないだろう。だが、この4000人の僧たちの命はほんとうに危ない。ビルマから逃れてきた人たちの話を聞いたことがあるが、想像を絶するほど過酷で、劣悪な刑務所だ。4000人の若い僧たちを救出するため、いったい何ができるのか、それを思うと、無力感で頭のなかが真っ白になってしまう。国連の警告さえ無視しつづける軍事独裁政権に対して、署名運動とか、抗議声明とか、そんなものはまったく無効だろう。ただ無事を祈ることしかできないのか。




                               071004
 夢の中にだけ出現してくる、幻の書庫を持っている。なにやら深遠な書物がぎっしりならんでいる。自分の書庫であるが、書名はさっぱり分からない。叔父の形見の蔵書や、すでに処分してしまったはずの本が混じっていることもある。

 しかも、その書庫は見る夢と共にあちこちへ移動していく。地下室にあったり、屋根裏にあったり、隠し部屋にあったりする。昨夜の夢に現れてきた幻の書庫は、なんと路上に書架を向けて並んでいるではないか。ははあ、どうやら露天の古本屋を装っているようだ。

 一冊をひらくと、押し寄せてくる大群衆が、一瞬凍りついたように静止している絵があった。群衆の前にはイエス・キリストが立っていたのだが、その絵が完成したとき、画家がキリストの姿を消してしまったのだ。どうやら神の不在を暗示しているらしい、と夢の中でしきりに考えていた。

 夢の解釈はやらないことにしているが、目ざめてから、どうも気になってしかたがない。的を射ているかどうか分からないが、書庫が路上を向いているのは、奥の密室をひらけということか。そして大群衆とはビルマのデモであり、キリストの姿が最後に消されているのは、焼身供養したX師のような人物がいまのビルマにいないことを暗示しているのかもしれない。あるいは、劣悪な刑務所に送られていく4000人の僧たちの運命なのか。




                               071007
 青いマウンテンバイクを引き取ってもらった。六年近く乗りつづけたバイクだが、あちこち錆を吹いてペダルが重くなっていた。新しいバイクは車軸が白く、がっしりと太く、いかにも大人のバイクといった感じだ。走っていると、背すじやスピリットが立ってくる。

 今日の朝日新聞に『惑星の思考』の書評が出ていた。巽 孝之さんが書いてくださったのだ。「全地球的水準の多文化的文学はいかに成立するか? これが、著者の本質的な問いかけである」という言葉がうれしく、ありがたかった。こんな文学状況のなかで、困窮と、孤立感をこらえ歯を食いしばりながら、なんとか自分をふるい立たせようとしているとき、しかと見てくれる人がいることに強く励まされる。このような眼がなければ、もう小説家は闘いぬけないぐらい追いつめられている。巽 孝之さん、ありがとうございます。




                               071009
「ひったくりが増えていますから、夜は明るい人の多い通りを選んで帰るようにしてください」そんことをスピーカーで放送している。うるさいなあ、分かりきったことじゃないか。よけいなお節介はやめてくれよ。苦々しく思っている間も、さらに放送はつづく。「おれおれサギや、ふり込めサギが増えていますから、かならず電話の相手を確認してください」

 まったく馬鹿馬鹿しいことばかり、延々としゃべっている。いつまでたっても放送はやまない。ふつうなら車の進行とともに声が遠ざかっていくはずだが、一定の音量を保っている。それに、どこかしら音質もいつもとちがう。不思議に思っているうちに、その声が空から降ってくることに気づいた。見上げると、一機のヘリコプターが旋回している。空中から放送しているのだった。

 まるで「ブレードランナー」のような光景だが、わざわざヘリコプターを使って、夜道に気をつけろとか、電話の相手を確認しろとか、まさに平和ボケの日本らしいな……と舌打ちしかかっているとき、あっ、これは実験なのだと気がついた。地震のような大災害、テロ事件などが起こったときの実験にちがいない。路上はパニック状態か、火の海だから、ヘリコプターを出動させるのだろう。平穏な日々にひそんでいるカミソリの刃が、ぎらりと光るような瞬間だった。




                               071016
 山の上ホテルで対談した。「格差社会」について社会学者との対談だった。終わってから一階へ降りていくと、文藝賞の授賞パーティーをやっていた。こういうパーティーには、もうほとんど出席しなくなってしまったが、複雑な思いだった。28年前、この賞を頂いて第一歩を踏みだしたのだ。部外者のようにパーティーの賑わいを外からのぞいていると、編集者のTさんに声をかけられて、しばらく立ち話をした。

 ホテルの玄関へ出ると、黒いハイヤーが準備されていた。抵抗があった。ついさっきまで「格差社会」や、いわゆる「勝ち組」「負け組」について語りあいながら、ニート、引きこもり、ネットカフェ難民、パラサイト、派遣社員、ワーキングプアなど、希望を奪われた若者たちの実状に暗澹としていたからだ。対談が終わってからハイヤーで送り返されることは慣れているはずなのに、今夜だけは、どうしても引っかかってしまう。

 対談をセッティングしてくださったKさんと、ハイヤーのそばに立ったまま小声で語りあった。ぼくはこんな身分じゃないですよ、と呟いていると、たまにはいいじゃないですか、とKさんは言う。Kさんは文芸評論家でもあり、私の数少ない理解者の一人なのだ。こちらの窮状を察して、なにかと対談や講演の機会をつくってくださる。生活の資を稼がせようとしてくださっているのだ。まあ、たまにはいいじゃないですか、とくり返すKさんに、そっと背中を押されるように車に乗った。夜の神田川にかかる聖橋が見えた。




                               071121
 一か月以上、海亀日記を休んでいた。雨戸を閉めきって、じっと黙っていたい心境だった。一方、エッセイを書くことに追われてもいた。小説は自分のモティベーションを大切にしたいから、売文はしない。そうは言ってもやはり食べていかねばならないから、エッセイのほうは注文に応じていくしかない。いろいろ浮き世の義理もからんで、100枚以上、エッセイばかり書きつづけていた。それらすべてをクリアして疲労困憊、へとへとになったけれど、いま、ようやく小説にもどることができた。海を見たいなあ。水惑星が底からうねるような海を見たい。

 この一か月のあいだ、いろいろなことがあった。時局的なことは語りたくないが、どうしても見逃せないことが一つあった。二つの政党の大連立が世間をさわがせていた。その構想はいったん流れたけれど、これからも再浮上してくる可能性がある。気をつけなければいけない。なにやらキナ臭いものがちらついている。もしも大連立してしまえば、憲法第九条を変えることさえできるからだ。




                               071123
 演劇の中継を見ながら、フィクションの二重性といったことを考えさせられた。中国人、台湾人、韓国人、日本人はすべて「仲間」であるはずじゃないかといったことが劇中で語られていた。言葉だけ取りだせば気恥ずかしいほど上擦った台詞であるが、顎から汗をしたたらせる俳優の肉体、トランスに入ったような肉声、そして演劇というフィクションを濾過させると、それは感動的になる。

 ジョン・レノンの「イマジン」も歌詞だけを読めば、まったく気恥ずかしいほど幼稚で単純である。言葉だけ独立させると、言語表現のレベルにも達していない。中学生の詩のようなものだ。しかしメロディとともに、肉声で歌われたとき、それは人をゆさぶる。ラップも、ヒップホップもそうだ。そこには演劇、音楽というフィクション性(装置)があるからだろう。

 文学はフィクションそのものでありながら、演劇、音楽のようにフィクションという装置にもたれかかることはできない。だから理想を語りにくい。そんなことなど気恥ずかしくてできない。日常生活のさりげない言葉から、夢や理想にふれる言葉までが、すべて「地つづき」であって、フィクションという装置が安易には機能しないからだ。だから暗喩を使うしかない。私も長いこと理想を語っていない。




                               071125
 海亀塾のメンバーたちに誘われて、なにがなんだか分からないままmixiというものに加入した。すると消息の絶えている友人たちと、ネット上で次々に再会することになった。もと教え子のS君はブラジルに渡って、二年間、工場で働いていたという。アマゾン河をくだりながら『ぼくは始祖鳥になりたい』を読んでいたという嬉しいメールもやってきた。F君とも、mixiで再会した。オックスフォード大学に留学して、その後、消息が分からずにいたのだが、いまは英国王室でリエゾン(渉外部?)の仕事をしているのだという。

 偶然のきっかけで、田口ランディさんともマイミクになった。そして、今日、田口ランディさんの日記で『惑星の思考』の書評が出ていることを知り、東京新聞を買いにいった。近所のカフェで、冬の日射しを浴びながら読んだ。芸術家の戦いについて書かれていた。それは、言葉、色、形、音を武器としてなされる変革への戦いであると。一読して、ありがたく、つい紙面へ向かって合掌してしまった。このような書評に出会えると、萎えかかっている気力がよみがえってくる。冬の日だまりのなかで、書こうという意欲が静かにふつふつとたぎってくる。評者の本橋哲也氏とはまだ面識がないけれど、ほんとうに嬉しかった。本橋さん、ありがとうございます。




                               071126
 海亀塾のひとり、フェイ君が久しぶりに日本に帰ってきたので、自宅で鍋を囲むことになった。かれは上海で生まれ、七つのとき日本にやってきて、南アフリカで暮らしたりしたのち、大学で私の教え子となった。鋭く、こちらがたじたじとなるほど優秀な青年だった。オックスフォード大学へ留学して哲学を学び、北京の大学院では医学を学び、上海の都市設計にかかわり、いまは英国王室でリエゾンとして働いている。ウェールズ皇太子のスピーチ原稿を書いたりしている。イギリス、中国、日本の架け橋になろうと志している新しい青年だ。鍋を囲んでの雑談は楽しく、いつまでも尽きることがなかった。別れぎわに『焼身』を贈ることにして、その扉にフランツ・カフカの言葉を記した。


  世界と、きみ自身との戦いにおいては、
  かならず、世界の側につきたまえ。




                               071129
 九州大学で講演しているとき、こちらに向けられてくる眼に見覚えがあった。だれか分からないけれど、まっすぐこちらを見すえながら輝いている。この眼はよく知っているという気がした。もしかすると海亀塾のひとりではないだろうか。話し終えてから、やはりそうであると判明した。海亀塾のS君であった。うれしくてたまらず、夜、博多の街を一緒に歩き回った。

 アフガン空爆のさ中、ピースウォークで共に歩き、高田馬場のビルマ料理店で語りあっていたのだった。何年ぶりだろうか。いまは社会人となり、博多に転勤しているのだという。スーツ姿で、少しばかりビジネスに摩耗しながらも、まだ志を失わずに生きている姿に再会できてうれしかった。

 mixi のマイミクであるH君も講演を聴きにきてくれていた。九州大学で物理学を専攻しているのだが、東京の大学院へ進んで、インフレーション理論で知られるS教授のもとで宇宙物理学をやりたいのだという。

 一夜明けて、ひとり街をぶらついたのち、福岡アジア美術館のカフェでS君と落ち合った。日が暮れかかったころ中州の屋台街でS君と飲んでいると、H君が駆けつけてくれた。昨日の話を聞いていた九州大学の学生たちも、七、八人集まってきてくれた。

 那珂川ぞいにぶらぶら歩きながら、H君から「超ひも理論」について教えてもらった。これまで素人なりに理論物理学をフォローしてきたつもりだが、もう長いこと「超ひも理論」のところでつまづいたままになっているのだ。H君の説明はブライアン・グリーンの『エレガントな宇宙』よりも、かみ砕いて分かりやすかった。

 粒子が「点」ではなく「ひも状」であると仮定すると、数学的にきれいに説明がつくけれど、粒子が果たして「ひも状」であるかどうか検証するには(巨大な力を加えねばならないから)銀河系を一周するほどの加速器が必要なのだという。いまはあくまでも数学的な仮説らしい。そんな話に熱中しながら、十人ぐらいの若者たちに見送られて、東京にもどってきた。へとへとになったけれど、楽しかった。
 



                               071204
 長編Xを書きつづけているとき、ドアがノックされた。クール宅急便だ。北海道の友人が鮭を送ってくれたのだ。荒巻鮭ではなく、うっすらと塩をまぶしただけの、丸ごとの生鮭である。すぐに冷蔵しなければならないけれど、大きすぎて冷蔵庫に入るわけがない。

 鮭を抱えたまま、うろたえてしまった。老父母の介護のため家人は留守であった。これはもう自分でなんとかしなけれならない。包丁を砥石にかけてから、ひとり鮭の解体に取りかかった。伊豆にこもっていたころ、出刃包丁でアジや金目鯛をよく三枚におろしていた。その経験を手さぐりしながら、巨大魚のように思える鮭をさばいていった。

 悪戦苦闘しつつ、アイヌの民がこの魚を手にしたときの昂ぶりがふっと胸をかすめていく。どうにかさばき終えて、鮭の頭と尾とかまを焼いて食べた。お腹いっぱいになって、もう長編Xにもどれそうにない。テレビをつけると、共時性というやつなのか、北海道を舞台にしたドラマのなかに、いきなりアイヌの踊りが挿入された。観光客あいてのかなしいショーであるが、背後にながれる「フクロウの歌」に慄然となった。アメリカ先住民の歌にそっくりではないか。自然の深奥へひびきわたっていくアイヌの歌に初めてふるえがきた。数分間の至福であった。




                               071207
 よく晴れた冬の一日、Yさんと城南島海浜公園というところへいった。コンテナを山積みした倉庫街がひろがり、いきなり海辺の公園に出る。読売新聞の「私のいる風景」の写真撮影のためだ。

 沖縄で暮らしているとき、Yさんと「トトロの森」の家で泡盛を飲んだことがあった。とっておきの二十年ものの古酒であった。あまりの旨さに感嘆しながら、二十分かそこらで飲みほして、宮古島のママがやっている近所のバーでさらに飲みつづけ、足がよろけて石壁にぶつかり、大きなたんこぶをつくったことがあった。Yさんとはそれ以来の再会だ。

 海辺をぶらぶらした。人工島であるが、松林や砂浜があり、波打ち際には貝殻も散らばっている。羽田から次々に飛び立ってくる旅客機が、頭上で反りあがるように急上昇していく。時空がねじれていくような奇妙な感覚があった。

 アリゾナの砂漠に建つ巨大な温室「バイオスフィア2」を思いだした。アマゾン河流域をモデルにした熱帯雨林や、沼沢地、畑、サバンナ、砂漠など、地球環境をそっくり封じこめた「第二の地球」であった。八人の科学者たちが二年間、そこに閉じこもって暮らしていたのだ。あそこにも人工の海があり、白い砂浜があった。魚も放たれていた。だが風はなく、波は寄せていなかった。

 ここは「バイオスフィア2」とちがって、青空はガラス張りではない。風もある。雲も流れている。白い砂浜は人工だが、打ち上げられている貝殻はリアルなものだ。それでいてどこかしら偽ものっぽい。貝殻そのものはリアルだが、波打ち際にそってばらまいてあるんじゃないか。ちょっと大げさな比喩であるが、まるでほかの惑星に移住して、故郷の地球そっくりの環境をつくりだしているような風景に見えた。だが波はとめどなく打ち寄せてくる。それだけは、まぎれもなく惑星の海、実在の海であった。




                               071209
 長編Xを書きつづけている真夜中、一息入れたくなった。麦焼酎を飲みながら、海亀塾のひとり、O君のブログをのぞいてみた。いま、かなり困難な小説を書きつづけているはずだ。その進みぐあいが気になっていたのだが、昨日の K-1 グランプリのことが記されていた。ピーター・アーツとシュルトの決勝戦を見ながら、思わず「この恥知らずが!」と叫んでしまったという。まったく同感であった。そこまでは憶えている。それから、さらに飲みつづけて眠りについた。今日、目ざめてからなんとなく気になってO君のブログをひらくと、私の分身である「亀仙人」という酔っぱらいが、こんなコメントを書き込んでいた。

 ぼくは、シュルトがきらいです。
 今回だけでなく、あきらかに格下と思われ(体力差もある)選手に、
 どうにか判定勝ちして、あられもなく喜び、
 はしゃいでいるシュルトに、 目をそむけたくなった。
 たしかに強いけれど、その強さが、美しくない。
 だが、いまのシュルトをだれが倒せるのか。
 くやしいね。



                               071213
 サイトのアクセス・カウンターが故障してしまった。このカウンターは借りものであるから、こちらのほうからは干渉しようがない。86万回を越えていたいたはずだ。言葉が霧のようにとめどなく拡散していく気がして、ネットも「海亀日記」もやめてしまおうかと迷いつづけていた。そのたびに、100万回アクセスまでがんばってみようと思い直していたのだが……。

 映画「ブレードランナー」のファイナルカット版を、新宿で上映していた。この映画も、原作者フィリップ・K・ディックの小説も好きで、翻訳されたものは洩らさず読んでいる。完成度には少し疑問があるけれど、そこに込められている哲学性やヴィジョンは、いわゆる 《純文学》 よりも遙かに抽象度が高いと思う。先見性についてはもちろんのことだ。『ソラリス』のスタニスワフ・レムと同じぐらい畏敬している。

 ニューヨークで暮らしていたころ、イースト・ヴィレッジの映画館で、毎週木曜日の深夜、かならず「ブレードランナー」を上映していた。それが一年以上つづいていた。驚異的なことだった。すぐ近所にある映画館だから、散歩がてらふらりと立ち寄り、すでに10回ぐらい見たと思う。帰国してからビデオでも見た。ディテールは目に焼きつき、台詞もほとんどすべて憶えている。

 だがファイナルカット版だから、もう一度だけ見ておこうと思って、先週、新宿へ出かけていった。満席で入れず、夜の歌舞伎町をぶらぶら散歩した。王城ビル隣りの、蛇池を埋めたてたという暗い穴のような公園で、なけなしの木々や弁天様のほこらをぼうっと眺めていた。ここが自分にとっての新宿なのか。若いころ地中に隠したはずのタイム・カプセルに、ひっそり潜りこんでいるような気分だった。

 今日はひさしぶりに暇ができたから、もう一度トライしようと思って、空席があるかネットで調べると、すでに上映打ち切りになっていた。まったく、ついてないなあ。




                               071214
 故障していたアクセス・カウンターがふたたび作動しはじめた。いったいどうなっているのか分からない。やはり、100万回アクセスまでがんばってみることにしようか。

 東京新聞の後藤喜一さんが訪ねてきてくださった。来年一月からスタートする「放射線」の打ち合わせのためだ。短文のエッセイであるが、毎週金曜日、半年間つづくことになる。

『焼身』以来、ずっと長編小説を書きつづけているため、定収入がなく、これからどうやって生活していけばいいか途方にくれているところだった。東京新聞のコラムで、これから半年、どうにかぎりぎり食べていける。ふう、助かった! 窮地に陥るたびに、いつもだれかに手をさしのべられ、生き延びている。後藤さん、ありがとうございます。

 打ち合わせが終わってから、長いこと獄中にあった韓国の詩人・金芝河の話になった。後藤さんは韓国まで金芝河訪ねて、インタビューしたことがあるそうだ。かれの人間性や獄中での体験を聞きながら、アジアの深部にある良きものをひさびさに痛感した。

 深夜、雪だるまのように服を着こんで屋上へ登った。東の空に双子座の流星群が見えるはずであるが、ぎっしりと雲が群らがっている。切れ間から見えやしないかと寒さをこらえながら仰いでいたが、ついに流星は一つも現れなかった。身過ぎ世過ぎしながら、ひっしに生活していくこと。にべもなく意味をはね返す遠い宇宙。その中間で、いつも宙ぶらりんになっているような気がする。



                               071217
 へまをしてしまった。夜明けまで書きつづけていた長編Xの原稿が、十数枚分、あっけなく消えてしまった。紙やインクとちがって、ちょっとしたミスで一日分の仕事が消滅してしまう。小説の肝になるところで、かなり手ごたえのある部分だったから、無念でならない。だが消えたのは、わずか十数枚だ。それを生みだした脳はここに残っているじゃないか。やり直すしかない。そうだろう。




                               071218
 吉祥寺にいったついでに、ぶらりと書店に入った。かなりフロアのひろい中型書店であるが、文芸書と呼べるような本は、ほとんど皆無であることに愕然とした。ミステリーや娯楽本の洪水である。紙くずの山ではないか。文学はすでに消滅してしまったのか。テレビもひどい。映画もひどい。ネットもジャンク・メールばかり。市場原理とは人間をこれほどまでに劣化させるのか。

 忘れないようにメモしておこう。ハワイ沖の太平洋上で海上自衛隊のイージス艦が、弾道ミサイル迎撃実射訓練をおこなった。カウアイ島から発射されたミサイルの弾頭を、高度100キロ以上の宇宙空間で直撃し、破壊した。初めての実験だが、成功であった。迎撃ミサイルは「SM3」。もちろん、アメリカ製だろう。この実験について、なにか言いたいことがあるわけではない。ただ自分たちがいる世界の実像を、しかと自覚しつづけようと思う。




                               071221
 ふだん、自分はほとんどものを考えない。テレビを眺めるように、ぼうっと世界を観想しているらしい。考えるのは、文字と向きあうときだけ。読書中は、脳の神経ネットワークがいっせいに起ちあがるように、目まぐるしく思考しているようだ。それ以外のときは、眼も、脳も、ただの受容器にすぎない。かなり精度が落ちてきたけれど。そして書くときは、井戸の底へつるべを降ろして、言葉という水を汲みあげることに集中する。

 数日前から、長編Xが暗礁に乗りあげてしまった。難破船になりかかっている。いくつもの方法を試みながら、ついに叙述法が定まったと思っていたが、それだけではカバーしきれないところが発生してしまった。ここは考えるしかない。思考で活路を見つけるしかない。散歩したり、ふとんにもぐり込んだりしながら、柄にもなく考えつづけている。




                               071225
 暗礁に乗りあげた船のようにまったく動かなくなった長編Xを、どうすれば海にもどせるか、あぶら汗をこらえながら考えつづけていた。やはり最初の構想にもどるしかないと決めて、ふたたび航海をはじめた。これほど方法に迷う小説は初めのことだ。だが、ふり返るまい。方法のぶれは、いずれ三稿目で修正していけばいい。ともかく船は動きだした。いや船というより、大海原を漂流していく筏のようなものか。




                               071228
 一昨日、素晴らしい贈りものが届いた。ドアがノックされ、宅配便のお兄さんが小包を手渡してくれた。片手で受け取ろうとすると「重いですよ」と注意された。たしかに、ずっしりと重い。小包をひらいて、うれしさよりもまず度肝をぬかれ、茫然となった。

『大竹伸朗 全景 1955-2006』という本が贈られてきたのだ。電話帳よりも大判で、しかも電話帳二冊分ぐらいの厚さがある。そうか、ついに完成したのか。東京都現代美術館でひらかれた全景展のカタログが遅れている、なにか途方もないカタログになるらしいという噂はよく耳にしていた。

 もう出ないんじゃないかという人もいたけれど、すでに注文を受け付けている以上、たとえ個人的に莫大な借金を背負うことになっても、かならず作りあげるだろうと思っていた。 大竹伸朗はそういう男だから。だが、これほど巨大な本になるとは想像していなかった。

 暇なものだから、いろいろな本を体重計にのせて測ってみた。私が持っている本で、いちばん重いのは『空海大字林』で4キロあった。次が『日本語大辞典』で3.5キロ。『大字林』が3キロ。『新英和大辞典』や『日本類語大辞典』が2.5キロ。『広辞苑』が2キロ。"FULL MOON" や "The End of the Game" など、大判の写真集はだいたい1.8キロぐらい。画集は測るまでもなく、意外と軽い。

『大竹伸朗 全景』はそれらすべてを抜いて、なんと5.6キロもあった。怪物的な本であるが、むろん内容も怪物的だ。あぐらをかいて、ずっしりと両膝にのせてページをめくっていくと、東京都現代美術館で見たときのふるえが甦ってくる。長く生きていると、ものごとに感動することが少なくなってしまうけれど、あの全景展というジャングルをさまよい歩いているとき、ふるえがきてしまった。そして Rubbish Men の前で、ついに足が動かなくなった。芸術のまっとうな力、サイキックな力を、ひさしぶりに思い知らされた。あれ以来、ほかの絵がただのデザインかイラストにしか見えなくなってしまった。

 ページをめくるうちに、最初の出会いなどいろいろ思いだされてくる。それを延々と書いたけれど、削除することにした。いつかきちんと公の場で大竹伸朗について書くべきだから、今回はここで止めておこう。とにかく嬉しかった。大竹さん、ありがとうございます。いや、こんな社交めいた言葉ではなく、畏友・大竹伸朗、ありがとう!




                               071230
 辺見庸さんが「二つの日常」というエッセイを書いていた(東京新聞12月25日)。病気のために、ずっと入退院をくり返していたそうだ。その一節を引用させていただく。

「病院の外の日常と接する窓のようなものは病室のテレビである。三食のたびに好きでもないテレビを見るともなく見た。娑婆で見る以上にそれは異様であった。ひたすらやかましく、執拗で、狂気じみ、一貫して浮薄であり、弱い者、貧しい者に寄りそうどころか、冷笑している節さえある。事の軽重を常にとりちがえ、消費とばか笑いと貪欲のみが煽られる。テレビ番組と実際の日常が同じではないにせよ、たがいに響きあって魂が堕ちつつあるのはまちがいない」

 まったく同感である。まして闘病生活をしながら病院で見たなら、その思いは、いっそう痛切であったはずだ。テレビだけでなく、すべて地くずれのような劣化がはじまっている。それにしても、辺見さんが執筆を再開されたことはうれしい。回復を祈る。




                               080108
 眠りにつく前、いつも白い紙と鉛筆を枕もとに置いている。脳がアルコールの海に溶けかかっていく入眠状態のとき、よく閃きがやってくる。そのまま眠りに落ちてしまうと、かならず忘れてしまうから、記憶の手がかりを残すためだ。

 長編を構想しているとき、書くべきことや核になるイメージも分かっていながら、それらが繋がらないまま、ばらばらに散乱している状態が長くつづく。思考や力業によってそれらを繋いでいくと、浅瀬を走るようなつまらない小説になってしまう。理路以上のなにかが、地下水の流れを繋いでくれるのを待つしかない。

 昨夜、といっても夜明け前だが、いつものように泡盛の海に沈み、意識が消えそうになったとき、いきなり閃きがやってきた。いま書きつづけている長編Xではなく、『ぼくは始祖鳥になりたい』『金色の虎』につづく三部作の完結編が見えかかってきたのだ。すぐにスタンドの灯りをつけて、白い紙いっぱいメモを取った。

 記号や、矢印、断片的な言葉がなぐり書きされた、そのメモをいま読み返しながら、昨日の閃きがけっして妄想でなかったことを確かめている。これで七割ほど見えかかってきた。早く完結編に取りかかりたい。だが、その前に長編Xを完成させなければならない。急ごう。時間を加速させよう。




                               080122
 夢を見た。国境の町をはやく抜けだしてしまいたいが、なぜか日本レストランらしいところで足どめを食らっている。ネットもうまく繋がらない。コンセントがない。40年前の印鑑をポケットから取りだしてくる日系混血の少年、男を追いかけてきたエロティックな中年女、奥にひそむ店主など、店内は妖しくざわついて、だれもが訳ありのようだ。自分も急がねばならない。だが、からだに蔓草がからみついている。のうぜんかずらの蔓のようだが、花は咲いていない。がんじがらめに蔓が足を縛る。それでも夜、吹きさらしの国境らしい砂漠を歩きつづけていく。のうぜんかずらの太い蔓を、一歩ごとに、ぶつり、ぶつりとひきちぎりながら。




                               080126
 1月23日の朝、パレスチナのガザ地区とエジプトの国境にある、高さ約6メートル、長さ約10キロにわたる隔離壁が、ガザを統治するイスラム主義勢力「ハマス」の武装部隊によって、ところどころ約20カ所が爆破された。ガザに閉じ込められていたパレスチナ人たちは、いっせいにに越境し、買い物したり、親戚を訪問したり、人によってはバスに乗り継いでエジプトの首都カイロまで出かけた。この日、少なくともガザの総人口の約4分の1にあたる35万人がエジプトに越境した。パレスチナ人の多くは、日帰りでガザに戻ったが、その後、この記事を書いている25日昼の時点でも、まだ国境は自由往来できる状況が続いている。(田中宇「国際ニュース解説」より)

     http://jp.youtube.com/watch?v=TocjkugWEEc

 ひさしぶりに痛快なニュースだった。人を殺す自爆テロはやめてもらいたいが、こうした「爆破」なら、どんどんやってほしい。いずれ壁は修復されるだろうが、また、ぶっ壊せばいい。壁に包囲されていた人たちが嬉々として国境を越えていく姿を見て、こちらまで嬉しくなった。このような閉塞を突き破っていく自由感、開放感、高揚感こそ、あらゆる芸術がめざすべきものではないのか。




                               080128
 夢を見た。だが、ここに記すのを怠っているうちに忘れてしまった。前後は消えてしまったけれど、中心的なイメージだけは憶えている。なぜか自分の視覚に狂いが生じて、世界をうまく知覚できないのだ。たとえば、逆光の滝の下から頭上を眺めているような感じだった。

 青空や、木々や、水が落下してくる滝口のところは、はっきり見えているが、滝そのものは見えない。水しぶきも見えない。足もとも、滝壺も、夕闇のように暗い。そんなふうに世界がつねに半分しか見えない。見えているところには、旺盛に、生がみなぎっている。そして自分らしいものは夕闇のような暗がりにいて、遠い生の側をただ愛おしむように眺めている。

 最近、よく夢を見る。もちろん、いつだって夢は見ているはずだ。それが脳の仕事だから。だが目ざめてからも鮮明なイメージが生々しく残っているような夢を見るときは、これまでの経験上、小説がぐいぐい書けているときだ。先へ急ごう。




                               080215
 今日「プルサーマル実施へ加速」という大きな記事が出ていた(東京新聞 2月15日)。忘れないように、頭にしっかりたたき込むために、その記事の要点を記しておこう。

 プルトニウムとウランの混合酸化物(MOX)燃料を使うプルサーマル実施に向けた動きが活発化してきた。これまで、MOX燃料製造に入っているのは、九州電力と四国電力だけであった。ところが計画を凍結していた関西電力が再開を表明し、さらに中部電力もそれにつづく。

 国と電力会社は「ウラン資源の有効活用」を強調しているが、本音は「余剰プルトニウムの処理」であるという。2006年の時点で、日本の核分裂性プルトニウムは、国内に4.7トン。英仏の委託保管が25.3トン。計30トンである。使うあてのないプルトニウムが増えつづければ、世界から核武装疑惑をもたれるから、経済的にも性能的にもメリットのないプルサーマルをやらざるを得ないのだという。

 以上は記事の要約であるが、ウランとプルトニウムは性質が異なり、MOX燃料は制御がむずかしく、事故が起こりやすくなると、多くの専門家たちが指摘している。またプルトニウムは、1グラムで50万人を肺がんにできる毒性をもっているといわれている。





                               080228
 夢を見た。北国のどこかで自分は村医者をしているらしい。なんだかよく分からないスケジュール表、惑星運行表のようなものが貼りつけてあり、それがなにかしら決断を迫ってくる。そういえば、宇宙ステーションの日本棟に長期滞在する宇宙飛行士を募集していたな。その募集要項の年齢制限を、自分はもう何十年も過ぎてしまったのかと考えている。
 雪深い谷間に、診療所がある。自分は雪の上に散らばる枯木をあつめて、床下に積み、焚き火のようにぼうぼうと燃やす。それから診療所に入って、この家は火事になるから早く避難するように告げる。「はい、はい、分かりました」と、みんなのんびりしている。「これを持って逃げようか。いやこっちのほうがいい」などと品定めしている。診療所であるはずなのに、そこは畳をしきつめた体育館のような大広間である。手術台があり、なにか暗く濁った水槽のようなものがあり、それから、それから……、ああ、ここに記すのを怠っているうちに忘れてしまったようだ。この夢というやつは、いったい何だ。




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            第8章へつづく