TOP PAGEへ 第8章 海亀日記 (2008年3月〜) ![]() Copyright Shinro Ohtake 月日の流れを大切にしたいので「海亀日記」は新しい日付が下にくるようになっています。 080318 チベットが大変なことになっている。東京新聞に連載中のエッセイで、チベットについて書こうとしたが、時局的な発言はなるべく避けたかった。行動するわけでもなく、メッセージ性のある言説を洩らすだけの行為は、ただ無力感がつのるばかりだから。 考えあぐね、わずか一枚半の原稿を何回も書き直した。インドやネパールの難民キャンプで、東京で、NYで、数多くの亡命チベット人たちに出会ってきたから、どうしても焦点が絞れない。 何種類も原稿を書いて、最終的にはヒマラヤ山中で出会った、あるチベット人夫婦の思い出だけを記すことにした。すでに『金色の虎』という小説でも述べたことであるが、あえて今回だけは、同じエピソードをくり返すのを許してもらうことにした。 080319 虐殺されたチベット人たちの写真映像が、ついにネット上に現れてきた。NGO「チベット人権民主化センター」のサイトである。僧侶と思われる人も殺されている。犠牲者たちの血まみれの写真ですから、安易にクリックしないように、あえてハイパーリンクはかけません。真実を知ろうとする意志のある人たちだけ、このURLをコピーして見てください。 http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080318c.html もしもネットがなければ、こうした虐殺は人知れずひそかに闇に葬られていったはずだ。闇のなかで、どれだけの命が消されていったのだろう。 ビルマ(ミャンマー)では4000人の仏僧たちが逮捕され、収容所や刑務所へ送られていったが、かれらの消息はまだ分からない。胸が痛い。 080320 バングラデシュを旅しているとき、バングラデシュの国歌がタゴールの詩であることを知って、びっくりしたことがある。稲穂の実りや母なるものへの思慕を歌う、甘やかな、甘やかな叙情詩であった。国威を発揚するどころか、もしも戦場でそんな歌を聞いたら、たちまち戦意を喪失して、ふるさとへ逃げ帰ってしまいたくなりそうな、実に不思議な国歌だった。 人種的には隣のインド人となんら変わらず、それでいてイスラム国家であり、同じイスラム国家であるパキスタンから分離独立したという複雑な成りたちのせいか、ベンガル語という「母語への愛」によって、かろうじてナショナル・アイデンティティを束ね保っているのではないかと思われる。バングラデシュとは「ベンガル(語)の国」という意味だ。 いまチベットで起こっていることを知りたいと思って、さまざまなサイトを読み漁り、さらに「ダライ・ラマ法王日本代表部事務所」の公式サイト(http://www.tibethouse.jp/)を読んでいるうちに、チベットにも国歌があることを初めて知った。チベット語からの直訳だという。バングラデシュの国歌と同じように、この国歌もまたきわめて異質である。このような松明をかかげるチベット民族の国が決して地上から消えることがないように……。 チベット国歌 輪廻・涅槃における平和と幸福への、あらゆる願いの宝蔵にして 願いを意のままに叶えることができる、宝石の如き仏陀の 教えの光明を輝かせよう そして、仏教と衆生の持宝たる大地を育み、守護する御法神よ 汝の徳の高い偉業の大海が広がり 金剛のように固く、慈悲をもって全てのものをお守りください 百の歓喜を備えた天授の法が、我々の頭上に留まり 四徳の力が増大し チベットの三区全土が、幸福で円満な時代で満たされ、 政教が盛行しますように 仏陀の教えが十方に広がることによって 世界中の全ての人々が平安を享受できますように そして、チベットの仏教と衆生の吉兆なる陽光と 十万に広がる吉兆なる光明の輝きが 邪悪な暗闇との戦いに勝利しますように 080325 イギリスの新聞 THE INDEPENDENT 紙の報道によると、ダライ・ラマは中国との対話をのぞんでいる。そして中国側に対話の用意があるなら「わたしは北京へ行こう」と決意を述べている。 http://www.independent.co.uk/news/world/asia/dalai-lama-i-am-prepared-to-face-china-i-will-go-to-beijing-798998.html チベット独立がのぞましいけれど、中国政府が独立を認めることはありえない。独立闘争を起こせば、チベットはふたたび血の海になるだろう。今回の弾圧程度のものではないはずだ。中国がチベットに侵攻したとき、120万人が殺されたといわれている。だが、その死者数はきちんと検証されたわけではない。もしも120万人が殺されたならば、カンボジアのように白骨だらけになっているはずだ。 カンボジアでは100万とも200万ともいわれる人びとが殺され、埋められ、いたるところ大地から死臭がたちのぼってきたという。チベットの死者たちがほんとうに120万人だったのか、その数には疑問があるけれど、いずれにしても、すさまじい大量殺戮(さつりく)があったことはまちがいない。 チベットに高度な自治権が与えられ、ダライ・ラマや、世界各地に散らばっている亡命チベット人たちが故郷にもどれることを祈る。 080331 ついに中国新疆ウイグル自治区でも、約1000人が参加したデモがあり、500人以上が当局に拘束されたという。 http://sankei.jp.msn.com/world/china/080331/chn0803312144009-n1.htm つい数日前、花崎皋平著『静かな大地』(岩波現代文庫)を読み終えた。幕末の蝦夷地を、十数年間も探検・調査した松浦武四郎についての評伝である。アイヌ民族に対する虐待がつぶさに記されていて、胸が痛い。娘や妻たちを和人に奪われ、すべての誇りを奪われていたアイヌの民の嘆きがひびいてくる。アイヌの反乱について、もっとよく知らなければならない。 花崎皋平という著者の名は知っていたけれど、きちんと読み通したのは初めてだった。北海道大学助教授の職を辞して、野にくだり、アイヌの民と交わっていた花崎氏その人が、もう一人の松浦武四郎に思えてならなかった。 アメリカ先住民たちとのつきあいが長かったせいか、どうしても私は少数民族のことから目をそらせない。チベットや新疆ウイグル自治区での弾圧も他人事に思えない。ビルマ(ミャンマー)もそうだ。収容所へ送られていった4000人の仏僧たちの消息も分からない。 ビルマの民主化運動に関わり日本に逃れてきた人たちから、拷問がどれほど恐ろしいものであったか、その体験をつぶさに聞いたことがある。中国や、ビルマなど、世界の隅々で、メディアの目が届かない闇の奥で、今日もすさまじい拷問がつづいているはずだ。わたしたちにできることは限られている。わたしたちがなに一つ関与できないまま、世界という車輪は冷酷に回りつづけていく。せめて、知ろうとする行為だけは手放すまい。 080402 ベルギーに住む知人が、Tibet The Story of Tragedy(チベット、悲劇の物語)という記録フイルムがあることを知らせてくれました。 現在のダライ・ラマが生まれ変わりとして発見される以前のチベット、中国の侵攻、虐殺、雪のヒマラヤを越えていく亡命、その後の変わりつつあるチベットなど、目を瞠(みは)るほど貴重な映像です。さまざまの矛盾や貧困を抱えてはいるけれど、それなりに秩序があり、平和で、世界の屋根にふさわしい独特の精神性をたたえていた邦(くに)……。 そこに軍隊が押し寄せ、大砲を撃ち込み、そうして中世的な一つの世界が滅ぼされていく光景に胸をえぐられます。 Youtubeでも、その英語版を見ることができます。55分間の長い映像ですから、十分準備をしてから、ゆっくりご覧ください。 http://youtube.com/watch?v=0VRneGYpaXc 080405 サンフランシスコ市議会は、サンフランシスコを通過する聖火リレーを警告と抗議で迎えるという決議をしたそうだ。そうしなければ、チベット人の人権を踏みにじる中国政府と共犯になってしまうからだという。 それにくらべて、わが国の国会ときたら与党も野党もまるでなにごとも起こっていないかのように、つまらない政争に明け暮れている。首相も、まともなコメント一つ出していない。もちろん日中友好は大切であり、中国という巨大な市場を失うわけにもいかないだろう。 そんな板挟みのなかでバランスを取りながら、なんらかの見解を述べうるのが政治家の力量であり、もっと露骨に言うならば、それが政治家の芸でもあるはずだ。だんまりを決め込んで、風向きをうかがっている為政者たち。まったく情けない、の一言に尽きる。 080406 3月20日の海亀日記で、チベット国歌の歌詞を紹介しましたが、歌そのものを聞くことができます。とても可憐なメロディです。歌詞を再読してから聞いていただければ幸いです。 http://www.youtube.com/watch?v=m5-8ucnBTuE http://jp.youtube.com/watch?v=FzXbGZGabok(伴奏付き独唱) http://jp.youtube.com/watch?v(伴奏なし合唱) 080411 ダライ・ラマ14世が、昨日の午後、日本で会見しました。ニュース番組などで断片的に紹介されていましたが、いっさい編集されていない会見の全容を知ることができます。 (下のURLをクリックすると、CMが終わってからも、読み込み中で、なかなか動画がスタートしない場合があります。そのときはパソコン左上の「戻る」をクリックすると、なぜか動画がスタートすることがあります。こちらのパソコン技術では、理由はよく分かりませんが。それを何度か試すと、かならず見ることができるはずです) メディアの作為が入っていない完全なノーカット版で、同時通訳つきです。42分間に及ぶ長い会見ですから、十分準備をしてから、ゆっくりご覧ください。 http://www1.ntv.co.jp/news/wmtram/news_dw.cgi?movie=080410075.cgi.300k.106998.html 080413 47years in Tibet というショートフィルムがあることを友人が知らせてくれました。音楽担当は、坂本龍一さんです。 http://www.youtube.com/watch?v=3c4_hdzLVFQ 080418 善光寺が、聖火リレーの出発点となることを辞退した。 ( mixi に加入している人たちはすでに知っていることですが、ここに至る経過を、より多くの人たちに知ってもらいたいと思って記します)。 【Free Tibet】チベット、というコミュニティが mixi にあり、すでに1万人以上が参加している(私も加入している)。チベットに関するニュースや、世界中のサイト情報が、毎日、次々にリンクされる。テレビや新聞よりも早く、情報量もはるかに多い。若い人たちが、チベットのために何ができるか熱心に語りあい、Free Tibet のポスターやステッカーを作って無料配布している。英語でなされたダライ・ラマの声明を、いち早くボランティアで翻訳したり、聖火リレーのときすべての寺でいっせいに鐘をついてもらおうとか、その日、バスをチャーターして長野へ抗議にいこうとか、さまざまな提案がなされている。 その一つが、善光寺に聖火リレーを辞退してもらうように働きかけてみようというものであった。それぞれが手紙やハガキを書き送り、電話で訴えかけたりした。そうした働きかけが実ったのだろう。だが、もちろん善光寺は外部からの圧力に屈したというわけではない。善光寺は以前から、ラサで殺されたチベット人たちの追悼法要などをしていたから、そうした働きかけを追い風にして、仏教者としての意志を表明したのだろう。こうしたささやかな抵抗を、私は喜ばしく思う。このような若者たちに、かすかな希望を感じてもいる。 080420 上記の【Free Tibet】チベット というコミュニティに共感しているけれど、決して疑問がないわけではない。チベット人のために何ができるか真剣に模索している若い人たちがいる一方で、ここには目に余るほど反中国的な言説もまぎれ込んでいる。 聖火リレーを妨害されたことで、中国では愛国心やナショナリズムの気運が盛り上がっているという。当然の反応だろう。「日本叩き」が盛んなころ、見るに見かねて、私もニューヨーク・タイムズに投稿するつもりで原稿を書いていた。母国を愛おしむ思いは、だれにでもある。だがナショナリズムの応酬に陥れば、すべてが逆作用して、チベット人たちをさらに苦境に陥らせることになりかねない。 チベット問題に便乗して <支那> とかいった古くさい言説もさかんに飛び交っている。これらはネットの毒だ。天安門で民主化を訴えた青年たちがいることも忘れてはならない。その声はいま潜んでいるが、いつかふたたび顕在化してくるだろう。 今回のオリンピックがなければ、チベット民族の声はどこにも届かなかった。侵略され、虐殺され、差別され、何十年も世界中のメディアから黙殺されつづけてきた民族にとっては、この機を逃さず、いまこそ世界に訴えかけたいはずだ。 その悲痛な声こそ、オリンピックよりも切実なことではないか。0.何秒の速さ、何センチかの高さ、何点かのゴールをきそう競技よりも、殺された命や人権のほうが遙かに重大なことだ。いまチベットの民はまさに命がけだ。ぎりぎりの着地点はどこか? 080616 夕方「小川国夫さんを送る会」に出席した。畏敬する作家たちが、次々に他界していく。帰途、電車のなかで遺族の方から贈られた遺作随筆集『虹よ消えるな』を読みつづけた。この本を編集して、小川さんの最期を看取った柴崎さんが「いいタイトルですね」と言うと、小川さんは「虹が消えたら、作家は終りだからな」と答えたそうだ。 080624 チベット武力弾圧 目撃者の証言 http://jp.youtube.com/watch?v=phb_zK5Fkh 080701 非暴力について 四川大地震が起こってから、チベットの悲劇が忘れられつつある。騒乱のさ中に、ダライ・ラマが投げかけた非暴力の声もかき消されてしまったようだ。私はダライ・ラマの転生を信じていない。かれ自身の著書や評伝などいろいろ読み漁ってきたが、特別の人であるとも思っていない。誠実でやさしい、ごく普通の人ではないだろうか。 対面したことがある友人によると、ダライ・ラマの語り口は関西弁に似ているそうだ。「あなたは悟りを開いておられますか」と訊ねたところ、いや、とんでもないと首をふりながら「まだまだ、全然あきまへんわ」といった口調の返答だったそうだ。そんなユーモアから滲みだしてくる人間性だけは疑いようがない。 ラサの惨劇の日から、ダライ・ラマの言動に注目してきたが、かれの姿勢はまったくぶれなかった。聖火リレーをめぐる騒ぎなど世界中で反中国的な声が渦巻いているときも、その風潮に乗じることなく、暴力に走らないよう同胞たちを静め、中国の民を憎むことさえ諌(いさ)めつづけていた。ガンジーが生き返ってきたような平和の声が感じられた。 9・11以来、暴力が吹き荒れるばかりで血の海は乾いていない。力と資本だけに牛耳られている世界の一角から、あの懐かしい非暴力の声が再生してきたのはささやかな光りであり、一つの思想的事件ではなかったか。今日も世界は壊れつづけてゆく。深夜、私はパソコンに向きあいながら自分に言い聞かせる。惑星科学も視野に入れながら、ガンジーの思想を新しく練り直していくのが我々の役目ではないか。 (東京新聞 夕刊 2008年6月27日) xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx お知らせ1 xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx 【転載】 チベットの苦悩、わが恥 (中国人詩人によるチベットへの想い) 唐丹鴻 (タン・タンホン、1965年生まれ) は四川省成都出身の詩人で、ドキュメンタリー映画監督でもある。1990年よりチベットに関する数本のドキュメンタリー映画を製作した。3/21付けで以下のようなエッセイを執筆し、中国国外でホスティングされている自身のブログ上で公開した。以下は、China Digital Timesによる部分英訳 からの翻訳記事である。 原文(中国語) http://blog.dwnews.com/?p=34905 英訳記事 http://chinadigitaltimes.net/2008/03/tibet-her-pain-my-shame/ 邦訳 http://www.tibethouse.jp/news_release/2008/080321_danhong.html 10年以上にわたって、私は頻繁にチベットに入って長期滞在し、旅をしたり 仕事をしたりしてきた。そして、路上の若者から民芸職人、草原の遊牧民、 山村の呪医、そして省当局の一般職員、ラサの露天商、僧侶、寺院の掃除人、 アーティスト、作家に至るまで、ありとあらゆる種類のチベット人に出会ってきた。 私が出会ったそのようなチベット人の中には、数十年前にはチベットは独自の政府と宗教指導者、通貨、軍隊を持った小さな一国家であったと率直に私に語る人もいれば、無力感で押し黙る人や、漢人の私との会話を避ける人、気まずい話題だとためらう人もいた。過去に何があったとしても、中国人とチベット人は相互交流の長い歴史を持ち、その関係は両者で注意深く保持されるべきだと考える人もいる。また、鉄道プロジェクトや「北京路」「江_路」「四川-チベット路」といった道路に憤慨する人もいれば喜んで受け入れる人もいる。漢人はチベットに巨額の資金を投じているがそれ以上に欲しいものを得ていると語る人、漢人は開発に資金投入しているが同時に破壊も行っており、漢人が破壊しているものは正に我々チベット人が大切にしているものなのだと語る人…。私がここで言いたいことは、このようにチベット人たちも様々であるにしても、彼らは共通のものを持っているということだ。それは彼ら独自の歴史観であり、深い信仰心なのである。 チベットを訪れたことのある者なら、チベット人のこのような信仰心を肌で感じ取ったはずだ。実際、多くの旅行者が衝撃を受けるほどなのだ。そういう信仰の態度はチベット人の歴史を通して持ち続けてきたもので、日常の生活に現れている。これは、信仰心もなく今や金銭を崇拝するだけの漢人と比べると、非常に異なる価値観である。この信仰心はチベット人が最も大切にするものだ。彼らはこの信仰心を宗教的人格としてのダライ・ラマに投影する。 チベットを訪れたことのある者にとって、「よく見かけるチベットの光景」に違和感はないはずだ。ダライ・ラマを崇拝しないチベット人がいるだろうか。自分の所属する寺院にダライ・ラマの写真を掲げたがらないチベット人がいるだろうか。(我々漢人がかつて掲げさせられた毛沢東の肖像写真は政府によって印刷されたものだったが、ダライ・ラマの写真は外国からこっそり持ち込まれ、秘密裏に複写、拡大されるのだ)。ダライ・ラマを言葉で蔑みたいと思うチベット人がいるだろうか。ダライ・ラマに会いたくないチベット人がいるだろうか。ダライ・ラマにカター(儀礼用の白いスカーフ)を捧げたがらないチベット人がいるだろうか。 支配者が聞きたがる声のほかに、我々はチベット人の完全なる真実の声を聞いたことがあるだろうか。チベットを訪れたことのある漢人は、政府高官であろうが旅行者やビジネスマンであろうが、みなチベット人の真実の声を聞いたではないか。沈黙させられてはいてもそこかしこで響きわたる声を。 これが、チベット内のすべての寺院がダライ・ラマの写真を掲げることを禁じられている本当の理由なのだろうか。これが、すべての家を調べてダライ・ラマの写真を掲げる者を罰するためにあらゆる労働単位に役人を配置する理由なのだろうか。宗教的な祝日のたびに政府が信者を巡礼路で阻止する理由だろうか。公務員に対し自分の子どもたちをダラムサラで勉強させることを禁じ、これに反した場合は解雇され家屋も没収されるという政策の理由だろうか。微妙な時期にはいつも政府役人が寺院で会議を開いて僧侶に「党のリーダーシップを支持すること」や「分裂主義者のダライとは一切関係はないこと」を強制的に約束させる理由だろうか。これが、我々漢人が交渉の場につくことを拒否し常に非人間的な言葉を使ってダライ・ラマを侮辱する理由だろうか。結局のところ、これは「よく見かけるチベットの光景」を強調し、チベットの国民性のシンボルをより崇高なものにする、まさにその理由となっているのではないだろうか。 我々漢人は、「独立」の要求を放棄して現在は「中道」を唱導するダライ・ラマと話し合いのテーブルにつき、誠意を持って彼と交渉して、彼を通して「安定」と「調和」をなぜ実現できないのだろうか。 それは両者の権力の差異が大きすぎるからだろう。我々は人も多過ぎ力も強過ぎる。我々漢人は武力と金、そして文化的破壊と精神的レイプ以外に「調和」を実現する術を知らないのだ。 仏教を信仰する彼らは、因果と魂の輪廻転生を信ずるが故に、怒りと憎しみに対峙し、漢民族主義者たちが決して理解し得ない哲学を創り上げたのだ。私の友人である何人かのチベット人僧たちは寺院にいる「厄介者の僧侶」の類の僧侶にすぎないが、その彼らが私に「独立」についての彼らの見解を次のように説明してくれた。「実際、前世では私たちも漢民族だったかもしれず、来世で漢民族に生まれ変わるかもしれない。また、漢民族の中にも前世でチベット人だったり来世でチベット人として生まれたりするかもしれない。外国人も中国人も、男も女も、恋人も敵も、魂の世界では終わることなく輪廻する。輪が廻るかのように状態が生じて滅する。したがって独立を求める必要があるのだろうか」と。この種の宗教、この種の信者のことをコントロールしやすいと誰が考えられるだろうか。ここにパラドックスがある。彼らに独立の望みを諦めてほしいと思うなら、彼らの宗教を尊重して保護するべきなのだ。 最近、私はチベットに関するオンライン・フォーラム上で過激なチベット人による投稿をいくつか読んだ。いずれの投稿も大体は次のように言っている。「我々は仏教を信じないしカルマ(業)も信じないが、チベット人であることを忘れてはいない。我々の祖国を忘れてはいない。今、我々はあなた方、漢人の信念、すなわち"権力は銃身から生まれる"という考えを信じている。あなた方漢人はなぜチベットにやって来たのか。チベットはチベット人のものだ。チベットから出て行け!」 もちろん、これらの投稿の背景には、漢人「愛国主義者」からの膨大な数にのぼる投稿がある。ほとんど例外なく、漢人の返信には「彼らを殺せ!」「全滅させろ!」「血で洗ってしまえ!」「ダライ・ラマは嘘つきだ!」など、我々漢人がすっかり慣れ親しんだ暴力崇拝者の「激情」の言葉が並ぶ。 私はこれらの投稿を読むととても悲しくなる。これが業なのか…… 先週、インターネット妨害に起因する情報のブラックホールに直面して通じない電話の受話器を置いた後、新華社が言ったことを私でさえ信じてしまった。すなわち、「チベット人たちが店舗に火を放ち、ただ生活のためにそこにいただけの罪のない漢人を殺した」ということを、奇妙にも私は信じてしまったのだ。そして私は今なおどうしようもなく悲しい。一体いつの日からこのような種が蒔かれていたのか。1959年の動乱のとき? あるいは、文化大革命中の大粛清のとき? 1989年の弾圧のとき? 彼らのパンチェン・ラマを自宅監禁して漢人の操り人形で置き換えたとき? 寺院において政治的な集会と告解が数限りなく行われていた頃? あるいは、壮麗な雪山で、ダライ・ラマに会いたがっていたからというだけで17歳の尼僧が銃殺されたとき? …… それはまた、些細なことのようにみえて恥ずかしい思いをした数々の瞬間かもしれない。チベット人が漢人の露天魚売りから生きた魚を買い、その魚をラサ川に放したのを見たときや、ラサの路上に漢人の乞食がどんどん増えるのを見たとき (彼らは漢人地域ではなくチベットで物乞いをするほうが簡単だということを知っているのだ)、さらに朝陽に輝く聖なる山々の山肌に鉱山から出る醜い傷跡を見たとき、私は恥じ入る思いをした。また、漢人エリートたちが、中国政府は莫大な資金をチベットに投じ経済政策はチベット寄りでGDPも急成長しているのに「チベット人たちはほかに何を望むのか」と不平を言うのを聞いたとき、私は恥ずかしくて仕方なかった。 なぜあなた方は人には様々な価値観があることを理解できないのか。あなた方、漢人は洗脳や武器の力、金の力を信じているが、チベット人の心の中には何千年間にもわたって崇高な信仰があり洗い流すことはできないのだ。あなた方が自分たちのことを「奴隷社会からチベット人を救う救済者」と主張するなら、私はあなた方の傲慢さと妄想が恥ずかしい。銃を携えた軍警察がラサの路上で私の横を通り過ぎるとき、私がラサに行くたびに幾重もの軍事基地が見えるとき……そう、漢人の私は恥じ入るのだ。 何よりも、私が最も恥ずかしく思うのは「愛国的な大多数」だ。漢人は殺戮による征服しか知らなかった秦の始皇帝の子孫だ。力で弱者を抑え込む狂信的優越主義者だ。銃の後ろに隠れて犠牲者に発砲しろと命じる臆病者だ。ストックホルム症候群 (*1)に苦しむのだ。凌遅刑(*2) や去勢といった「高度な」文化が生み出した残虐な狂人なのだ。「愛国的」旗を振る不健全な人間なのだ。私はあなた方を軽蔑する。あなた方が漢人なら、私は自分があなた方の一員であることに恥じ入る。 ラサは燃えている。四川省や青海省のチベット地域では銃撃が行われている。私でさえこれを信じる。実際、私はこの事実を信じる。「彼らを殺せ!」「全滅させろ!」「血で洗ってしまえ!」「ダライ・ラマは嘘つきだ!」などと叫ぶ数々の「愛国的」投稿の中に、私は写し鏡のようにチベット人過激派の姿を見るのだ。あえて言うが、あなたたち若者(「愛国的若者」)は漢人とチベット人との間の何千年にもわたる友情の念を破壊する優越主義者の漢人なのだ。民族間の憎しみを増幅させているのはあなた方なのだ。あなた方は当局を「強く支持」しているわけではなく、実際には「チベットの独立」を「大いに支持」しているのだ。 チベットは消滅しつつある。美しい平和なチベットを作っている精神も消滅しつつある。チベットは中国になりつつある。チベットがそうなりたくないと願うものになりつつあるのである。チベットは疎外される不安に直面したとき、ほかにどのような選択肢があろうか。独自の伝統と文化にすがりついて古の文明を蘇らせるのか? あるいは、漢民族主義者の残忍な恥ずべき栄光を助長するだけの自滅的行動に出るのか? そう、私はチベットを愛する。チベットが一国家であれ一地方であれ、チベットが自由意志を持つ限り、私はチベットを愛する漢人だ。個人的には、私は彼ら(チベット人たち)にも私が属している大きな家族の一員であってほしいと思う。私は、管理や強制されるのではなく、自らの選択で対等の立場で生まれる国家間および民族間の関係を尊重する。民族間、国家間で相手を恐れさせ従わせる「強権」感覚には興味がない。そのような感覚の背後にあるものにはまさに吐き気をもよおすからだ。数年前にチベットを後にしたが、惜別の念は私の日々の生活の一部となっている。私は歓迎される漢人としてチベットに戻りたいと痛切に願う。対等な隣人として、あるいは家族の一員として、真の友情を育むために。 訳注: *1. ストックホルム症候群:犯罪被害者が、犯人と一時的に時間や場所を共有することによって、過度の同情さらには好意等の特別な依存感情を抱くこと (Wikipediaより) *2. 凌遅刑:清の時代まで中国で行われた処刑の方法のひとつで、生身の人間の肉を少しずつ切り落とし、長時間苦痛を与えたうえで死に至らす刑 (Wikipediaより) xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx 【転載】 中国政府に提出した中国の一部知識人有志の12の文書 http://chinadigitaltimes.net/2008/03/twelve-suggestions-for-dealing-with-the-tibetan-situation-by-some-chinese-intellectuals/ (上記の英文中にある青い文字の here をクリックすると、中国語の原文を読むことができます) (以下、邦訳) 1.中国の政府系メディアによる現在の一方的な宣伝のあり方は、民族の怨恨をあおり立て、情勢の緊張を高めることになり、国家統一という長期的な目標を擁護する上で非常に有害である。我々は、こうした宣伝をやめるよう呼びかける。 2.我々は、ダライ・ラマの平和的呼びかけを支持し、善意、平和、非暴力の原則に従って民族紛争の根本的原因を適切に処理することを希望する。我々は、罪のない一般民衆に対するあらゆる暴力行為を非難し、中国政府には暴力による鎮圧を停止するよう強く促すとともに、チベット族民衆にも暴力活動を行わないよう呼びかける。 3.中国政府は「これはダライ・ラマ一派が組織的かつ計画的に、入念に画策した事件だという十分な証拠がある」と主張しているが、その証拠を提示するよう希望する。また、国際社会のこれとは相反する見方や不信の念を改めるため、政府が国連人権理事会を招き、証拠や事件のプロセス、死傷者などについて独自の調査を行ってもらうよう提言する。 4.我々は、チベット地区の中国共産党指導者の言う「ダライ・ラマは袈裟をまとったオオカミ、人面獣心の悪魔だ」といった文革時代さながらの表現は、事態収拾の助けとならず、中国政府のイメージにマイナスとなると考える。国際社会にとけ込もうと努力している中国政府であれば、現代文明にふさわしい政治のあり方を示すべきだと考える。 5.ラサで暴動が起きたその日(3月14日)に、チベット自治区の責任者が「ダライ・ラマ一派が組織的かつ計画的に、入念に画策した事件であることを裏付ける十分な証拠がある」と公表したことに、我々は留意している。これは、チベット当局が暴動の発生を事前に予見していながら、事態の発生と拡大を効果的に食い止められなかったことを物語っている。そこに職務怠慢がなかったかどうかについて、厳しく調査して処分を行うべきである。 6.もし今回の事件が、組織的かつ計画的に、入念に画策されたものだと最終的に証明できなければ、今回起こされたのは「人民蜂起」だったことになる。人民蜂起が発生したことについて詳しく調査するとともに、虚偽の情報を捏造して中央と国民を欺いた責任者は真摯に反省し、この経験を総括して二度と同じ轍を踏むことがないようにすべきである。 7.我々は、チベット族民衆一人一人に踏み絵を踏ませたり、事態収拾後に報復したりすることがないよう、強く要求する。逮捕者の裁判は公開かつ公正で透明性のある司法プロセスにのっとって行い、真に各方面の納得を得られるものとしなければならない。 8.我々は、国内外の信頼あるメディアがチベット族居住地域で独自の取材・報道を行うことを中国政府が認めるよう強く促す。現在のように報道封鎖を敷いていては、国民や国際社会の信頼が得られるはずはなく、中国政府の信用を損なうことになると考える。政府が真相をつかんでいるのなら、どんなあら探しをされようとも恐れることはない。開放の姿勢をとらない限り、我が国政府に対する国際社会の不信を払拭することはできない。 9.我々は中国民衆および海外華人に対し、冷静さと寛容さを持ち、よく考えるよう呼びかける。過激なナショナリズムの姿勢は国際社会の反感を招くだけであり、中国の国際的イメージを損なうことになる。 10.1980年代のチベット動乱はラサに限られていたが、今回はチベット族の住む各地に広がっている。こうした状況の悪化は、チベット工作に重大な失敗があったことの表れである。関係部門は深く反省し、失敗に終わった民族政策を根本から改めなければならない。 11.今後同様の事件が起きることのないよう、政府は憲法に明記された宗教の自由および言論の自由の権利を遵守し、チベット族民衆が自らの不満や希望を十分に表明できるようにし、政府の民族政策について各民族の国民から自由な批判や提言が行われるようにすべきである。 12.我々は、なすべきことは民族的憎しみを解消し、民族の和解を実現することであり、民族間の分裂を継続・拡大することではないと考える。国家が領土の分裂を防ぐためには、何よりもまず民族間の分裂を防がなければならない。したがって、我々は国家の指導者がダライ・ラマと直接対話を行うよう呼びかける。漢族・チベット族両人民の間の誤解を取り除き、交流を広げ、団結を実現するよう希望する。政府部門であれ、民間組織であれ宗教人であれ、誰もがそのために努力すべきである。 2008年3月22日 署名した人:王力雄(北京、作家)/劉曉波(北京、フリーライター)/張祖樺(北京、憲法政治学者)/沙葉新(上海、作家、回族)/于浩成(北京、法学者)/丁子霖(北京、教授)/蒋培坤(北京、教授)/孫文広(山東、教授)/余傑(北京、作家)/冉雲飛(四川、編集者、トウチャ族)/浦志強(北京、弁護士)/滕彪(北京、弁護士、学者)/廖亦武(四川、作家)/江棋生(北京、学者)/張先玲(北京、エンジニア)/徐■[王+玉](北京、研究員)/李駿(甘粛、カメラマン)/高瑜(北京、ジャーナリスト)/王徳邦(北京、フリーライター)/趙達功(深セン、フリーライター)/蒋亶文(上海、作家)/劉毅(甘粛、画家)/許暉(北京、作家)/王天成(北京、学者)/温克堅(杭州、自由業)/李海(北京、フリーライター)/田永徳(内モンゴル、民間人権派)/■[処の下に日]愛宗(杭州、ジャーナリスト)/劉逸明(湖北、フリーライター)/劉荻(北京、自由業) xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx 仏教者であるための最後の機会 ご存知とは思いますが、チベット問題について天台宗の執事長が発言しています。 http://www.youtube.com/watch?v=BOfvNdd-esk 「いま私たち日本の仏教者の真価が問われています。 チベットでの中国の武力行動によって、宗教の自由が失われる事に、心から悲しみと止むに止まれぬ抗議を表明せずにはいられません。私たちはあくまでも宗教者、仏教者として僧侶をはじめとするチベット人の苦しみをもはや黙って見過ごす事ができません。チベット仏教の宗教的伝統をチベット人の自由な意思で守ると言う事が大切な基本です。 皆さんは日本の全国のお坊さんがどうしているのかとお思いでしょう。日本の各宗派、教団は日中国交回復の後、中国各地でご縁のある寺院の復興に力を注いできました。私も中国の寺院の復興に携わりました。しかし、中国の寺院との交流は全て北京(政府)を通さずにはできません。 ほとんど自由が無かった。 これからもそうだと全国のほとんどの僧侶は知っています。そして日本の仏教教団がダライ・ラマ法王と交流する事を北京(政府)は不快に思う事も知られています。あくまでも、宗教の自由の問題こそ重大であると私は考えています。しかし、チベットの事件以来、3週間以上が過ぎてなお、日本の仏教界に目立った動きは見られません。中国仏教会が大切な友人であるなら、どうして何も言わない。しないで良いのでしょうか? ダライ・ラマ法王を中心に仏教国としての歴史を重ねてきたチベットが今、亡くなろうとしています。私たちは宗教者、仏教者として草の根から声をあげていかなければなりません。しかし、私の所属する宗派が中国の仏教会関係者から抗議を受けて、私はお叱りを受ける可能性が高いし、このように申し上げるのは私たちと行動を共にしましょうという事ではないのです。それぞれのご住職、壇信徒の皆さんがこれをきっかけに自ら考えていただきたいのです。 オリンピックに合わせて中国の交流のある寺院に参拝予定の僧侶もいらっしゃるでしょう。この情勢の中、中国でどんなお話をされるのでしょう。もしも宗教者として毅然とした態度で臨めないのならば私たちはこれから、信者さん檀家さんにどのような事を説いて行けるのでしょう。私たちにとってこれが宗教者、仏教者であるための最後の機会かも知れません。 書寫山圓教寺執事長大樹玄承 平成20年4月5日」 xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx 「ダライ・ラマ法王日本代表部事務所」のサイトに「ダライ・ラマ法王から中国の皆様への呼びかけ」と題する声明が出ています。チベット亡命政府発表のコーナーにあります。 http://www.tibethouse.jp/ xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx お知らせ2 xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx チベット http://www.geocities.jp/t_s_n_j/index.html http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=1533 http://www.tibethouse.jp/ http://www.geocities.jp/aijptibet/index.html http://www.tibetanolympics.com/ http://www.tibetsites.com/ http://www.phayul.com/ http://studentsforafreetibet.org/ http://www.thepetitionsite.com/takeaction/471938946?z00m=14360770 かつて、チベット人の焼身自殺があったそうです。 http://tanakanews.com/980513tibet.htm ビルマ(ミャンマー) http://www.burmainfo.org/politics/88GSG_200708.html http://dvb.no/ 沖縄 http://henoko.jp/info/ http://blog.livedoor.jp/kitihantai555/ http://atsukoba.seesaa.net/article/89795705.html 核 http://jp.youtube.com/watch?v=_QFl8fLczf0 http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/abm/qa/nucfreeindex.html 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