日   記



2000年10月31日(火)

決算書を提出した。
弊社は8月決算法人なので、10月末日が提出期限となる。まだフラフラしているが、今日が期限なので行かざるを得ない。
所轄の税務署に行って申告書を提出し、都税事務所に行こうとしたら、一階に簡易窓口があるのを見つけた。
折り畳みテ−ブルを前にして、パイプ椅子に座っている女性がいる。
彼女の横に看板が立っていて、「法人都区民税・法人事業税 受付」と書いてある。
その女性に尋ねると、都税事務所の出店だという。毎月末日には、都税事務所が出張しているのだ。
十年以上税務署に通っているが、知らなかった。
あまりギリギリは性分に合わないので少し早めに提出していた。
とても便利でラッキ−だった。体調が悪い時だからなおさらだった。
とりあえず、何とか今期の申告と納税を終えた。


2000年10月30日(月)

体調が悪い。
体調が悪い時には熱を測らないようにしている。熱を数字で確認してしまうと、ヘロヘロになってしまうからだ。
でも、目を閉じると平衡感覚が鈍ってフラフラする。妻に促され、熱を測ると37度。
私は普段、35度台の冷血動物なので、37度あるだけでヘロヘロになってしまう。
子ども達も順々に熱をだしている。
季節の変わり目は気温差が激しく、体調維持が難しい。
父を往診してくださっている医院に行き、診察してもらう。風邪だった。
先生にはこのところ、親子三代、入れ替わり立ち代わりお世話になっている。


2000年10月29日(日)

パラリンピックが閉幕した。
毎日、パラリンピックが報道され、映像を観ていたが、障害者と言ってもいろいろな人がいるのだと思った。
たまたま下肢だけが不自由だったり、部分的な欠損だったりすると、他の運動機能でカバ−して参加できる。
でも、父の様に肢体麻痺状態の障害者だと、当たり前だけど、どの競技にも参加は不可能だ。
五体満足でも、心臓疾患を抱えている人だって、運動自体、参加できない。
オリンピックは「参加することに意義がある」とされるが、パラリンピックは「参加出来ること自体幸福なこと」だと思う。
介護保険の申請時にも思ったが、一言で「障害者」と言っても個人差が大きく、一括りにはできない。


2000年10月28日(土)

このところ、時々、父をベッドの縁で座る練習をしている。
今日は3分間座る事ができた。もちろん、体の移動も、固定も、私が介護しているのだけど。
座ることに慣れ、耐えることが出来るようになれば、車椅子に10分くらい座る練習に繋げたい。
座る時間が長くなれば、嚥下もやりやすくなり、誤嚥しても吐き出しが楽になる。
更に長く座る姿勢ができれば、胃ろうの交換も、外来で病院に行くことも可能になる。
行動範囲が飛躍的に広がる。・・・と先走ってはいけない。

父の一連の介護を終え、全日本プロレス日本武道館大会を観戦した。
今日のメインは 川田利明 VS 天龍源一郎 の頂上対決だ。
黄金カ−ドなのに、何だかワクワクしない。どっちが勝っても全日本の身内だからだろうか。
この日はどちらかと言うと、セミファイナルに興味があった。
太陽ケア(マウナケア・モスマン) モハメド・ヨネ VS 新崎人生 垣原賢人
垣原選手はプロレスリング・ノアに参加したが、旗揚げ戦で離脱して、全日本に出戻りとなった。
旗揚げ戦ではオ−プンフィンガ−グロ−ブを装着しパンチ主体で臨み、タッグでのタッチワ−クも拒否し続けた。
そこまで自己主張するのなら、PRIDEやリングスに参加するのかと思えば、全日本に戻ってしまった。
彼が何をしたいのかに興味が湧いた。

セミファイナルを観た。
垣原選手が何をしたいのか解らなかった。
パンチをしたい割には中途半端。キック主体にしたい割には中途半端。相手に合わせないかと思えば中途半端に合わせる。
彼自身も迷いながら戦っているように感じる。
彼を活かすも殺すも相手次第。太陽ケア選手は優れた選手だが、今シリ−ズは負傷欠場していて、この日が休場開けだった。
ケア選手が万全だったら、また違ったのだろう。人生選手とのシングルでも良かった。
今の垣原選手はシングルの方が良いと思う。

メインイベントはメインらしい試合だった。
結果は天龍選手が勝った。50歳のオヤジが勝ってしまった。
確かに、天龍選手がすんなり負けてしまったら、これでしぼんでいく一方になってしまう。
オヤジの意地だったのだろう。
意地の張り合いはプロレスの醍醐味だから、その点ではとても良い試合だった。


2000年10月27日(金)

建築設備検査を行なった。
検査員が来訪し、一軒一軒訪ねていく。年に一度の検査で、居室内では換気設備の能力測定をする。
この検査には罰則規定が無い。
だから、オ−ナ−さんの中では、うっちゃらかしてやらない人も居ると聞いている。
でも、もしトラブルが発生すれば
「この物件のオ−ナ−は、再三の勧告にも応じず、検査を行なわなかった・・・」
と報道されるのだろう。
実際、毎年やっていて、検査そのものはそんなに役に立っていないように感じる。
それよりも、各居室を見てきた検査員からの、その他の設備についての報告が参考になっている。
他の人の目による、設備チェックとして認識すれば、有効な機会だと思う。
何か理由がないと、なかなか確認作業を怠ってしまう。
私は生来の怠慢男だから、こういった機会を大切にしたい。

消防署へ行った。
9.9付日記に書いた講習会の終了証を受取るためだ。
登録証も新しく更新したが、またしても私の名前が間違って明記されていた。
どこに行っても、頻繁に名前を間違って明記されてしまう。本当に失礼なことだと思う。
そんな時は、私も他人様の名前を極力間違えないようにいつも自戒している。


2000年10月26日(木)

84歳の男性居住者が入居している。
ご近所の方なのだが、家を新築される間、入居したいとの希望だった。
今日の昼、昼食中のラ−メン屋さんで携帯が鳴った。出ると社会福祉協議会の訪問員だという。
84歳の方の部屋を訪ねたが、新聞が何枚もささったままで心配だという。
数十分前に本人と遭っていたので、その旨伝えると安心したようだった。
考えてみると、彼は独居老人と表現できるのだな。元気なおじいさんで、自転車を乗り回し、軽自動車も運転している。
高齢の独居老人だと、訪問員の担当が付き、さらに民生委員の担当者も居ると教えて貰った。
でも、84歳だって、耳は遠くなっているけど自分で食事や歩行も出来るのだから、たいしたものだ。
父は70歳未満でほぼ植物状態なのだから、うらやましい限りだ。


2000年10月25日(水)

人間ドックに行った。
毎年、10月に行なっている。今年も言われたことは同じ。アルコ−ルを減らし、体重を減らす事だった。
分かっています。でも、そんなに飲んでいないと思うのだが・・・
以前、会社に勤めていたころは、集団検診を受けていた。考えてみれば楽だった。
現在は自分で気をつけるしかない。


2000年10月24日(火)

心臓エコ−検査を受けた。(10.10付日記の続き)
今回も心臓の動きに特に問題は無いということで、経過観察を続けることになった。
心臓の筋肉が一部肥大しているということだったが、ラジオを聴いていたら関連することが話題になったのでおどろいた。
健康に関する話題で、アルコ−ル性の心臓肥大を取り上げていた。
「10年間、毎日五合飲み続ければ、ほぼ確実に動脈硬化になります」
私の心臓もアルコ−ル性なのだろう。
酒、やめなくては。


2000年10月23日(月)

警察主導で、10.9付日記に書いた小学校での「交通地図」説明会を開いた。
朝、全児童を体育館に集めて会を開催したが、結論から言うと警察さんの自己満足で終ったような内容だった。
警察さんは地図を作成し、講習を開いたという実績が欲しかったのだろう。
各クラス単位で説明した方がもっと効果的で細やかな対応ができたろう。
私達も学校側も承知していたが、警察さんのリクエストを無下に断ることも出来なかった。
これで、残った後始末は、印刷会社へのお礼だけになった。


2000年10月22日(日)

幼稚園の運動会の日。
末っ子が在籍しているので、お手伝いした。
運動会は年齢が低い方が面白い。幼稚園児は無防備で面白い。
中学生くらいになると「照れ」で手抜きをしたりして、不愉快になる。
雨もなんとかもってくれて助かった。


2000年10月21日(土)

岐阜県加茂郡富加町の町営住宅で幽霊騒ぎが話題になっている。
音が鳴ったり、茶碗が飛んだり、電気製品が勝手に動いたりと、原因不明な現象が続いている。
住んでる人は気味悪がって、引っ越す人もいるようだし、面白がって夜中にきもだめしをやる輩が発生もしているそうだ。
民間の賃貸だったら大変だ。解約が相次ぎ、瑕疵物件として経営困難に陥ってしまう。
まだ、公営(町営)で、母体が安定しているから良かった。
各報道を散見している私の感想としては、本当に幽霊の仕業なのだろうかと疑問に感じる。
日本音響研究所の鈴木氏が言う「ウォ−タ−ハンマ−」や「温湿度変化による軋み」ではないかと思う。

公営で、しかも希なケ−スの現象なのだから、この際、腰を据えた調査をすべきだと思う。
一ヶ月程度の観察期間を設け、温度、湿度、天気、人の出入りと「不審音」の発生時刻と場所の精密な観察を行う。
何らかの規則性や各因子との相関性を探れば良い。
たかだか徹夜で一泊する程度では何も解らないだろう。
疑わしい因子が絞れたら、条件を設定して再現実験を行えば良い。
全部屋で同時にトイレで水を流してみるのも興味深いだろう。特定の行為を偶然に集団で行なった時間帯があったのかもしれない。

電気に関しては、以前、立花隆氏の「臨死体験」で「電気人間」についての記述を読んだことを思い出した。
ごく希に、電気を帯電している人間が居るということで、その人が近づくと、電気製品が次々壊れてしまう。
生活していて、とても不便な人だと思う。電話やテレビが次々壊れてしまうのだから。
人間はレアケ−スとして、いろいろな人が存在する。
「それも自然現象の一つ」として扱って、淡々と調べて行けば良い。
どうしても解らなければ、観光資源としてオ−プンすれば良い。
正真正銘の「幽霊屋敷」として宿泊料金を採れば良い。案外採算が取れるかもしれない。公営なら出来る。

幽霊、幽霊、と言っても、遠隔から砲撃すれば跡形も無く吹き飛んでしまう。
生き物に憑依したとしても、そいつが死ぬだけの話で、たいして巨大な力を持っているわけでもない。
でも、「幽霊」は人間が生活していく上で必要な存在だと私は思っている。
世界各地の様々な伝説等では、その社会でのタブ−を幽霊に託して表現している例もある。
幽霊に託して納得してしまう「逃げ道」としても必要だ。
だからムキになって解剖したいとは思わない。

話は変わるが、岐阜県は最近注目されている。
マラソン金メダリストの高橋尚子選手、ノ−ベル賞受賞の白川英樹教授、FOCUSされた近藤サト、
岐阜出身者が活躍している。


2000年10月20日(金)

今日の午前中、弟に時間があったので、父を任せ、母が用足しに外出した。
9月2日に退院以来、母は一度も外出していなかった。
私も日中の介護の時は、いろいろ母と二人で介護作業をしてしまうので、なかなか母を外出させることができなかった。
50日ぶりの外出で母の感想は
「足がしびれた。足が弱っているのが分かった」だった。
やはり家の中だけでは完全に運動不足になっている。
数日前、午前中、父が安定している時、母が父に少し外出して良いか確認したことがあった。
「ちょっと20〜30分外出したいけど、良ければ手を握って」
何度尋ねても、父は手を握らなかった。
入院中もそうだった。
急性期は交代で泊り込みをしていたが、「通い」に切り替えて良いかと質問した時に限って、決して手を握らなかった。

無理矢理にでも時間を作って、母を外出させないと衰弱してしまう。
病院に看病で通っていた時は、通院自体が運動になっていた。
確かに在宅になって楽にはなったが、運動不足が問題点になってしまう。
父は母にべったりなので、なかなか開放してくれない。でもこのままでは、最悪、憑き殺されてしまう。
何とか定期的に母を外出させるロ−テ−ションを早急に考えなくてはならない。

訪問サ−ビスや数々のサ−ビスは、本当にありがたいし、助かっている。
でも、従事者は移動自体が気分転換になっていたり、運動になっている。
仕事を離れればプライベ−トの時間が持てる。
一人に24時間張り付いていなくてはならない家族の在宅介護の「限界」と「つらさ」を感じる。


2000年10月18日(水)

ゴルフに行った。
年に二回しかやらないゴルフ。特に練習する訳でもなく、今回も125も叩いてしまった。
これが、私にとって今世紀最後のゴルフになるだろう。


2000年10月17日(火)

エレベ−タ−ピット内、防水工事を行った。エレベ−タ−改修の第一弾工事だ。
数年前からピットの底に水が溜まるようになった。壁や底に亀裂が生じ、水が浸透しているのだろう。
放っておけば、各部を錆付かせてしまう。

朝一番から作業が始まった。
一階エントランスのほとんどをビニ−ルで養生し、準備してから開始した。
二階のエレベ−タ−ドアに換気扇を取付け、蛇腹のパイプで延長し換気を行う。
三階以上のドアは目張りし、埃が散らない工夫をする。
防水層をドリルで削り、下地のコンクリ−トをむき出しにさせる。
「XYPEX」という材料を混ぜたモルタルで補修していく。
この材料、コンクリ−トに浸透して、水分と出会うと結晶化して防水するらしい。なおかつ通気性を保持しているという。
本当ならばスグレものだ。
結局、数年、経過観察していかないと効果は分からない。


2000年10月16日(月)

昨夜、作業をしながらNHKテレビを点けていたら、過去の作品を放映する「NHKア−カイブ」という放送枠で、
佐々木昭一郎ディレクタ−作品「さすらい」をオンエア−していた。
佐々木作品に出会ったのは高校の時、「四季・ユ−トピアノ」だった。
芸術祭や海外での受賞は多いのだが、局内で干されていた寡作のディレクタ−だ。
抒情的な作風は、馴染めない人には虫酸が走るかもしれない。
何故、私が飽きないで観たかは解らないが、なぜか気に入ってしまった。
その後の作品は全て観ていたが、過去の作品を観る機会がなかなか無かった。
たまたまNHKにチャンネルを合わせたら、ドキュメンタリ−の様な個性的な映像が映っていた。
「もしかして」と番組表を確認したら「さすらい」だった。

独特のドキュメンタリ−の様な16_撮影での映像。同時録音で現場音を大切にしている。
ロ−ドム−ビの部類に入るだろう。
高校の時、フェデリコ・フェリ−ニ監督の「サテリコン」を観て、最初「なんだこりゃ」と思ったけど何だか魅せられてしまった。
佐々木作品を観た時に、同様な印象を持った。
佐々木ディレクタ−としては、それなりにいろいろな要素を論理的に盛り込んで映像を作っているのだろう。
でも、観ている私にはそんな事はどうでも良いことで、音も含めた映像や雰囲気が気に入っただけだ。
きっと、彼の心の中では、いろいろ考えて作り込んでいるのだろうな。その点は私には全然解らない。
「さすらい」は昭和46年(1971年)の作品。
もはや画面の背景自体に風俗史的価値があって面白い。

妻は「冷え」で腰が痛いようだ。
昨日のフリ−マ−ケットで体を冷やしてしまったようだ。
早速、針治療を受診していた。
¥6500円稼いで、¥3000円使ってしまった。何のためのマ−ケットだったのか。


2000年10月15日(日)

近隣の公園で区役所主催のフリ−マ−ケットが開催された。
妻が出店登録をしたので、ウチからも品物を出すことになった。
3m×3mの区画で、約90区画が用意されている。1区画¥1000円の費用がかかる。
妻は幼稚園の知り合いのお母さんと共同で出店することにした。そうすれば一人¥500になるからだそうだ。主婦は渋い。
10:00AM開始、3:00PM終了予定だったが、2:30PMころに雨が降り出し、皆さんあわてて店仕舞いとなった。
妻は引き出物の残りやヌイグルミ等を出した。良くあるネタで、大半の人々も同じ様なものだった。
店は完全に妻に任せ、他の店を見て歩くと、8_フィルム撮影機を売っている店があった。
Canon製のダブル8撮影機と、ELMO製ス−パ−8サウンド撮影機で、ELMO製は 7.5〜75_の10倍ズ−ムが付いている。
両方とも¥2000円で売っていた。ELMOの撮影機は子どもの頃、眺めていただけの高級機だ。¥2000円ではカメラがかわいそうだ。
「それ¥1500で良いですよ」
お店を出している若夫婦のご主人が声をかけてくる。
「これは10倍ズ−ムの高級機ですよ。新品のフィルムカ−トリッジも入ったままですよ」
「ああ、いいんです、いいんです。こんなガラクタ、家に一杯あるんです。オヤジがプロなもんで。TBSの元カメラマンだったんです」

以前、中古カメラ屋さんに行って店員さんと話をした時、こんな話になった。
「いろんな事情があるのでしょうが、買ったカメラを手放すことが私には理解出来ないですね。コレクタ−の手に渡ったら
手放さないでしょうから、なぜ中古市場があるのか不思議な気持ちもします」
「そうですね。皆さんが皆さん、コレクタ−では無いということなのでしょう。興味の無いご家族の方々が処分の為に手放すことが多いですね」
まあ、そうでなきゃ中古市場は成り立たない。
離れて8_を売っている店を眺めていたら、スチ−ルカメラを首にかけている若者が興味深そうに手にとっていた。
しばらくして店を見たら8_は売れたのか、なくなっていた。

フリ−マ−ケットの売上げは、妻が¥6500円、長男(小4)が¥7500円だった。
長男の売りネタは「遊戯王カ−ド」と「ポケモンカ−ド」だった。子ども達が群がった。
雑魚のカ−ドは一枚¥10円、光沢有る活字でできたレアカ−ドは¥200〜300円で売っていた。
子どもには子どもの世界があるのか、多くの子ども達が興味を持ったようだ。
妻よりも小学生の長男の方が売れてしまったのだから面白い。長男の売上げは全て貯金する。


2000年10月14日(土)

昨日、賃貸契約が一件あった。
私は普通、入居希望者を紹介されると、簡単な事前調査後、その方とお会いすることにしている。
お話した上で、契約するかどうかを決めて、契約日を決める。
ところが、昨日の場合、先方が急いでいるらしく、契約をしたいと言ってきた。
事前調査で問題が出ていなかったので、即日契約も出来る体制でお会いすることにした。

賃貸条件等について先方と食い違い等が生じたが、こちらの対応を明確にして一つ一つ話合った。
これまでオ−トロック付分譲マンションの賃貸に住んでいたということで、当ビルの様な庶民的な環境に馴染めるかが心配だったが、
結局、契約することにした。
急遽の当日契約になったが、正式に決定した後に、先方の奥さんが「実は・・」と話し始めた。
先方さんの娘さんは、ウチの妻や子ども達と旧知の方だった。つまり契約者は、いろいろと繋がりのある方のご両親だった。
契約条件ではシビアな話し合いになったが、コネクションについては一切言及されなかった。
厳しそうな年配のご夫妻だけど、筋の通った方だと感じた。
私の場合、契約までは慎重になるが、契約を済ませば契約者の為に最善の努力をしたいと常々気をつけている。
契約後に、契約条件について私の方から譲歩した。

更に話を聞いていると、既に電話局(NTT)に工事の手配を済ませてしまっているとの事。
「もし、私が契約に応じなかったらどうするのですか?」
完全に契約するものと決めて、面談に臨んだようだ。
果たして、この先どうなりますか。


2000年10月13日(金)

夜、近隣小学校 6校のPTA関係者が集まって、親睦会を開いた。
いつもは屈託のない宴席になるのだが、今回はある小学校のトラブルを皆に相談された。
その小学校に隣接している空地にマンションが建つ。マンションの駐車場出入口が、小学校の通学路に設置される。
そのため、既設のガ−ドレ−ルが、駐車場出入口部分の長さで撤去されることになる。
また、駐車場出入口は小学校非常通用門から4.5mしか離れていない。

ところが、その小学校のPTA会長と副会長の意見が割れてしまっている。
副会長は署名運動等の際にPTAとして意思表示したい。
会長はPTAの名前では協力できないとしている。PTAのTは教師の意味で、校長からクギをさされてしまったのだ
「学校は一切、運動に協力できない」という姿勢だ。一部の教師が協力姿勢を見せるだけで、校長室に呼ばれてしまうらしい。
更に細かい事情が錯綜している。
会長の職業は建築関係で、マンションの施工業者は言ってみればお得意さんだ。
都議会議員秘書が会長の不在に自宅を訪ね、留守番の老父にあまり動かぬ様にクギをさして行った。
彼は板挟みになっている。
「私はゼネコンの強引なやり方を良く知っている。あまり揉めると相手も強行手段に打ってでるかもしれない」
私は反対意見だった。
「それはどうでしょう。強行手段って、ヤ−さんを使うってことでしょ。ヤ−さんだってタダじゃないですよ。
この間だって、熊谷組が2000人リストラで話題になってたじゃないですか。大手ゼネコンが数万円の工事を横取りしていく今の景気で、
彼等にそんな余力があるでしょうか。本当にゼネコンは青息吐息ですよ」
交渉は決裂している。施工業者は11月1日着工に向けて、設計変更はせずに強行する姿勢だ。

様々な意見が交わされた。
都心の学校だと、身近な問題である。隣接土地に大きな物件が建つことは、いつあってもおかしくない状況だから。
・今更「日照権」や「風害」を追求はしない。生徒が減少傾向の中、大きな集合住宅の建設は児童数増加につながるかもしれない。
  ただ、児童の通学の安全を確保したいだけだ。
・署名や要望書も、本当に影響力のある人間に届いていないのだろう。
・業者が強行姿勢を崩さないのは、彼等にとって「痛いところ」を突いていないからだろう。
・子供達の安全を守るためならば、PTAの名前で運動しても何ら差し支え無いのでは。

私ならどうするだろう。
・法律の専門家に相談して理論武装し、我々の交渉カ−ドを模索する。
・登下校時に厳重に注意するために、駐車場出入口の遮断機等に新しい安全技術は無いのか調査する。
・通学路は登下校時に車輌通行不可になるのだから、遵法闘争して、時間で明確にバリケ−ド管理する。
  しかも、通学路は一方通行なので、使い勝手としては不便だ。これを物件の瑕疵としておおいに宣伝してやり、
  入居希望者に妨害してやる。
これらの交渉カ−ド作りをするだろう。
そして、保護者や地域住民に提示して審を問うだろう。
私も共同住宅を管理経営している身なので、施工側の気持ちも良く分かる。
住民が増える訳なので、地域の活性化にも繋がり、大切にしたい事業だ。出来ることならば共存共栄すべきだと思う。


2000年10月12日(木)

毎年恒例の建築設備検査の書類が、1〜2ヶ月くらい前に届いていた。
すっかり忘れていた。
たまたま封筒を発見し、締切りを確認すると11月1日締切りだった。
いつも依頼している業者に電話し、検査して貰うように手配した。検査は今月27日の予定。
この建築設備検査、罰則規定が無いので、検査しない人も多いという。
ウチは一応やっているけど、やらない気持ちも解る。


2000年10月11日(水)

CD-RWを買った。
業界紙から依頼されたセミナ−の講演で、資料を投影するのに CD-R の形で持ち込もうと思ったからだ。
内蔵型を買ったので、帰宅後に早速取付けたが、なかなか上手くPCがドライブを認識してくれない。
タワ−式のPC本体がPCデスクの棚の上に載っているので、テ−ブルトップに足をかけて体重をかけて本体をいじっていたら、
メキメキという音と共にテ−ブルトップの合板が壊れた。
幸いにもPCが棚から崩れ落ちることもなく助かったが、PCデスクも更新どきのかもしれない。
以前にも足元にコピ−用の紙を束にして置いていたら、板が壊れてしまった。
床に雑誌を積んで、下敷きにして板を押さえ、今でも使用していた。今度はテ−ブルトップを壊してしまった。
満身創痍のPCデスクだ。

幸いにもドライブは認識してくれた。
HPのデ−タも ISO9660 形式で CD-R に入れることができた。良かった。


2000年10月10日(火)

やっぱり本当の体育の日は晴れる。
なんで祝日を変えてしまったのかは、本当に疑問だ。体育の日には根拠があったのに・・・

1999年10月12日付日記で書いた心臓の検診から一年以上が経過した。
前回、毎年観察していこうと言われたので、予約をとって、今日受診した。
今年は心電図の他、負荷心電図も測定した。
負荷心電図とは、表彰台を小さくしたような階段が、寝台の脇に用意してあり、その階段を昇ったり降りたりして運動負荷をかける。
運動後すぐに測定する検査だ。「運動」は、約1分30秒、昇り降りする。
最初は馬鹿にしていたのだが、最後は結構、息が荒れた。恥ずかしい限りだ。運動直後にすぐ寝台で心電測定する。
心電図では、安静時と運動直後では、脈拍は増えているのは当然として、波形上の異常はみられなかったようだ。
次は超音波(エコ−)検査となり、約二週間後の予約をとった。

父の容態は相変わらずで、「悪い状態が普通」というままだ。
今日、「座る姿勢」をしてみた。
電動ベッドを一番下まで降ろし、ベッドの柵を外し、上半身側を電動で起こした。
私が父を後ろから抱える様にして移動し、ベッドの縁に座る姿勢をとらせた。
すかさず時計を確認し、60秒間、座る姿勢を保持した。その後、父を元に戻し、ベッドに寝かせた。
たった一分間だったけど、座る姿勢に耐えた。
母が苦しかったら手で合図するように声をかけていたが、父は「大丈夫」という仕種を手で表示し続けた。
座る時間が徐々に増えていけば、車椅子にも座れるようになるかもしれない。


2000年10月 9日(月)

管轄警察から連絡があった。
PTAで交通上危険な箇所を指摘してもらうアンケ−トを募り、集約してマップを作成した。
大日本印刷さんにご相談したところ、完全ボランティアで1000枚、カラ−印刷して下さった。
それが、今日、警察を通じて私の手元に届いた。
警察さんは、せっかく作ったマップなので、全児童や保護者、更に地域の人達を招いて交通安全教室を開きたいとリクエストしてきた。
また、仕事が増えてしまった。

新日本VS全日本の東京ド−ム大会を昨夜、TV観戦した。
全日では小柄な川田利明選手が、佐々木健介選手より体に厚みがあった。
小橋選手が新日のリングに上がったら面白いだろうなと思う。
試合はプロレスらしいプロレスの攻防だった。
チョップ合戦、ラリア−ト合戦。「意地の張り合い」という、私の好きな展開だった。
でも、何か緊張感が少ない。全日は負けたら後が無いのに。
いや、だから負けるはずが無いという先入観が出てきてしまうのかもしれない。
川田が負けちゃったら、1.4 や 1.28 の東京ド−ムが吹き飛んでしまう。
負けられない立場の人間程、強さを発揮する。
その経験則が今回も当てはまった。

これでやっと10.28日本武道館大会が面白くなってきた。


2000年10月 8日(日)

昨夜のTVで、「ピッキング」を特集していた。
タレントの峰竜太氏が、ネット通販で購入したピッキングセットを使用して、ドア鍵を開けてしまう実演を試みていた。
そして、数十秒で実際に開けてしまった。
美和ロック株式会社にもインタビュ-していて、旧型のディスクシリンダ−は、ピッキングで簡単に開いてしまうことを認めていた。
当ビルの鍵も、旧型のディスクシリンダ−を使用している。
1ドア2ロック+ドアチェ−ンにはしているが、以前から危機感があったので、少しずつだけど更新している。
当ビルの2〜6階の居住区画は25区画ある。
既に2、3階はU9シリンダ−(ロ−タリ−ディスクシリンダ−)に変更しているが、4〜6階の15区画は未だ旧型だ。
ドア一枚にシリンダ−二つで、15区画更新すると30万円以上の費用がかかる。でも、やらなくてはならない工事だ。
現在、当ビルのU9シリンダ−では、逆マスタ−シリンダ−を組めるシリ−ズ構成にしている。
逆マスタ−シリンダ−とは、どの子カギでも開けることが出来るシリンダ−で、屋上や入口ドアにつけると、居住者なら誰でも出入り出来る。
古いビルの場合、オ−トロックシステムを導入するには、かなりの設備投資が必要になる。
屋上管理も、防犯上は閉めておきたいが、防災上は開けておきたいという矛盾がある。
逆マスタ−シリンダ−を使うと、これらが解決できる。(ただ、オ−トロックの様に遠隔で居住者が鍵を開けることは出来ないけど)

日記作成を初めてから、今日でまる一年になった。
昨年の10月 8日付からネット上で日記を書き始めた。
筆慣らしの為に始めたが、よくまあ、一年も書き続けたものだと思う。


2000年10月 7日(土)
 

昨夜、TVの news を観ていて気になる報道があった。
今日の新聞で更に確認した。

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「児童にPCBかかる・教室で蛍光灯部品破裂 八王子」 (朝日新聞朝刊 10.7付)

東京都八王子市犬目町・市立陶鎔小学校で4日、蛍光灯の部品が破裂し、中に入っていたPCB(ポリ塩化ビフェニ−ル)油が
児童にかかる事故があった。
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蛍光灯の安定器からPCB油が漏れ、破裂したのだ。
PCBは発がん性物質で、昭和47年8月から製造中止になったとTVで伝えていた。
ということは、昭和45年竣工の弊社物件には、まだPCB安定器の蛍光灯器材をまだ使用していることになる。
法律的には合法なのだが、早急に交換を検討しなくてはならない。
廊下や階段の共用部に20W直管一本灯が30基以上、二本灯が2基、40W直管一本灯が1基ある。
電気屋さんに依頼すれば、簡単に見積もっただけで40万円近い費用がかかる。
自分でやるか。でも、大量のPCB廃棄物が出る。正規のル−トで廃棄しなくては問題になってしまう。
検討を続けよう。

なんと、INAXからバルブ部品が届いた。
昨日、電話連絡して翌日に届いた。明日から連休なので、ありがたかった。
早速、居室に電話してバルブを交換した。作業は5分で終了した。部品があればすぐ直せるが、部品が無いとどうしようもない。
外したバルブは分解して勉強してみようと思う。

早朝に昨夜メ−ルを出したHPの管理者さんから返信が届いた。
質問にまで回答して頂いた上に、当HPをリンクして下さった。感謝しかありません。


2000年10月 6日(金)

朝、INAXの部品センタ−に電話で注文をする。

夜、ネットで興味深いHPに出会った。
建築設備診断技術者が作成したペ−ジで、設備について分かりやすく解説してくれる貴重なサイトだと思った。
早速、メ−ルでご挨拶し、リンクに追加することにします。


2000年10月 5日(木)

昨日に続いて、今日も朝からINAX新宿ショ−ル−ム内のパ−ツセンタ−に行った。
さすがに今日は営業していた。早速パ−ツの相談をした。
窓口の女性社員の製品知識はとても豊富だ。色んな書類を参考にして、私が注文したパ−ツを探してくれる。
マニアックな質問にもすぐ答えてくれる。

調べていくと、いくつか問題点が出てきた。
今回「渋く」なってしまった給湯用バルブは、取付け時期を考慮して、3種類のバルブが候補として挙げられる。
どれもバルブの長さが違う。現場の水栓がどのバルブなのかは、実際に取外して寸法をあたるしかない。
どれも同じ金額だったので、前金で支払い、私が現物の寸法をあたって、明日、電話で連絡することにした。
「INAXさんにお願いしたいのは、部品を統一してほしいということです。また、各器具に、せめて型式を打刻印してほしいですね。
何て製品なのかは、カタログと見比べて調べていくしかないですよ」
「私達もそうやって調べてるんですよ。本当、そうなってると良いですよね」
簡単に同意されてしまった。

夕方、居住者の帰宅を待って、理由を話してから部品を取外した。
寸法をあたり、バルブが確定した。これでやっと直せる目処がついた。明日、早速、電話で注文する。
部品が手元に届くのは来週中だろう。


2000年10月 4日(水)

混合水栓のバルブ部品を調達するために、INAX新宿ショ−ル−ム内のパ−ツセンタ−に行った。
エルタワ−21Fに到着すると、「毎月第一水曜日が定休日」という看板が置いてある。
「あれ、今日は第一水曜日だったっけ?」
今日は第一水曜日なのであった。月に一度の定休日だったのだ。
私は運が良いのか悪いのか。
ムダな時間になってしまった。

昨日内見した人が、不動産屋さんを通じて契約を申し込んできた。
まあ、実際に正式契約を結ぶまではどうなるか分からない。面談のセッティングを依頼した。


2000年10月 3日(火)

父の介護中、妻から携帯に呼び出しがかかった。
居室の浴室混合水栓から水漏れがしているというクレ−ムだ。
なにしろ電話だけでは状況が伝わってこないので、とにかく現場へ行くことにした。

ハンドシャワ−付混合水栓のヘッドパ−ツから水が漏れていた。
INAX製のヘッドパ−ツは以前購入してあった。早速持ってきて交換したところ、無事直った。
もう一つ追加クレ−ムがあった。
浴槽側の混合水栓の給湯用バルブが「渋く・固く」なっていて、交換が必要な状態になっていた。
残念ながら、このパ−ツの在庫は無い。明日にでも INAXの部品センタ−で入手しなくては。

今日、CFシ−ト工事をして空室の模様替えをすることになった。
「物件なんでも鑑定団」で指摘された絨毯を、CFシ−トに変更する工事だ。
工事前・工事後を同じアングルから撮影する予定で、後日UPしようと思っている。
床材の変更で、どう印象が変わるかが興味深いと思う。
今回の模様替えで、どう契約に影響が出るか楽しみにしていたのだが、工事中に偶然「内見」が二組あり、契約になりそうな感じだった。
これなら、模様替えする必要は無かったのか?
現実とはそんなもので、重なる時には重なるものだ。

更に、屋上防水工事の見積のために業者が来訪した。
今回初めて依頼する業者だが、以前から別の工事で出会った方が独立して興した業者なので期待している。


2000年10月 2日(月)

昨日が運動会だったので、学校は振替休日になった。
平日が休みになることはめったにないことなので、家族で東京ディズニ−ランド(以下TDLと略す)へ出かけた。
昨日に引き続きどんよりとした空の下、いつ雨が降るかと冷や冷やしながらの家族サ−ビスだ。

最近、TDLでは、混んでいるアトラクションについて、「Fast pass」というシステムを始めた。
簡単に言えば「予約券」を発券してくれるのだ。「Fast pass」を持っている人は、予約時間範囲で割り込みが公然と出来る。
いくつかのアトラクションで採用されているのだが、いくつも同時に予約を取ることが出来ないようになっている。
観覧予約時間が過ぎないと、別のアトラクションでは「Fast pass」を発券してくれない。良くできている。
私達は新しいアトラクション・「プ−さんのハニ−ハント」の「Fast pass」を10:30AM時点で取得してしまったので、
その後はキャンセルしない限り、別のアトラクションで「Fast pass」を入手できなくなってしまった。
10:30AMに発券して、「7:45PM〜8:45PM」の予約なのである。スゲ−混み具合だと思った。
昨日に学校イベントがあり、振替休日になった子供達は大量に居たのだろう。
いつも平日しかTDLに来ないのだけど、いままでで一番混んでいた。休日並みだったのではないだろうか。

他のアトラクションでは「Fast pass」が入手できないので、正攻法で「ビッグ サンダ− マウンテン」に並んだ。
「70分待ち」が掲示されていたが、実際には100分かかった。うんざりした。そして、「Fast pass」の威力が分かった。
乗り場直前で「Fast pass」持ってる奴がどんどん割り込んでくるのだ。これじゃたまらない。
これが良い経験になった。混んでるところでは、「Fast pass」でなけりゃ絶対に並ばないようにしよう。
どんなに面白いアトラクションでも、30分以上待って観たら怒りや不満しか残らない。

断続的に雨が降り、子供達にレインコ−トを着せたり脱がせたりしながら観覧をこなす。
雨の中、やっと「プ−さんのハニ−ハント」の予約時間が来た。正攻法の列では「110分待ち」の札が出ている。
「Fast pass」のお陰で私達は20分程度の待ち時間で乗り物に乗れた。
「プ−さんのハニ−ハント」は、プ−さんの世界を、5人乗りのハニ−ポッドが自動運転で案内してくれるのだ。
ハニ−ポッド3台でフォ−メ−ションを組んで一つのグル−プになり、出発することになる。
私達家族全員で一つのポッドに乗り込んだ。
コンピュ−タ−制御と思われる動きで、3台のポッドが複雑なフォ−メ−ションで小イベントをこなしていく。
3台が全て同じ動きをする訳ではないので、最低3回以上乗車しないと全ての体験が出来ないように作っている。
あざといと言うか、実に上手な設定だと思った。
確かに最新アトラクションなので、機械技術的な面や、スピ−ディ−な演出はお見事という他ない。
でも、これに110分待たされて乗ったら、満足できないだろう。
110分待つ程の価値は無い。
そして、大前提として、私は「プ−さん」というキャラクタ−が大嫌いだ。
他人の集めた蜜を勝手に搾取し、自堕落な生活を送っている。簡単に表現すれば「なまけもの」だ。
こんなキャラクタ−をメインに据えて、面白い訳がない。
マンガには理不尽なキャラクタ−はたくさん居るが、たいていはそいつなりに必死に行動している。

雨がひどくなり、夜のパレ−ドは中止になった。
8:30PM雨が降りしきる中、子供達と駐車場へ向かった。TDL側の配慮なのか、突然、雨の夜空に花火が咲いた。
既に駐車場なので、花火は遠くにしか見えないけど、しばし足を止めて親子で眺めた。
末っ子が「きれいだね」と呟いた。少しは報われた。


2000年10月 1日(日)

どんよりとした空の下、子供の小学校で運動会が行われた。
小雨もあったが、終了の 3:00PMまで、なんとか雨がひどくならずに予定をこなすことができた。

地域や保護者が参加する「綱引き」に参加したが、最初の勝負で圧倒的に私が参加した側が勝ってしまった。
サイドチェンジの時、私一人、わざと相手側に移動してみた。
次の勝負では膠着状態となり、勝負つかずになった。
片方に20人以上が参加しているのに、一人が移動しただけでこんなに勝負に影響が出るの興味深かった。
この「綱引き」は、運動会の得点には関係無いので、ちょっといたずらしてしまった。