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7.自己紹介と地元紹介

1.自己紹介
- 私は昭和五十二年から十年間ほど年賀状関係の仕事に没頭したことがあります。国内はもとより欧米豪東南アジアに良く出掛け展示会に参加したり、その国のグリーティングカードも随分と研究しました。そこで知ったのは日本のように国民こぞってこんなに年賀状を出す国はないということでした。
- 年賀状は版画、プリントゴッコ、スクリーン印刷、毛筆、イラスト、漫画、写真等を使った手作り志向があり、文章も近況報告、決意表明、願い、夢、俳句、川柳、短歌、漢語、英語、いろんな表現方法を駆使して交換しあいます。海外のグリーティングカードもユーモアがあり、通年的で楽しいのですが全て専門家の作品です。こう考えると日本の年賀状文化も捨てたものじゃない、誇って良いレベルのものだと分かります。
- 宝くじ付き年賀はがきは昭和24年に開始されています。(年賀郵便は明治32年です。)この年に田舎の小学校に入学している私は年賀状の時期になると年賀状に使う版画の作成を仲間と競い合いました。三、四本の彫刻刀でゴム版や木版を彫りました。主題は圧倒的に柔道漫画のイガグリ君や鉄腕アトムだったと記憶しております。考えてみますと日本の版画教育と年賀状は深い関係があるように思います。
- 一方、日本の年賀の紀元はどこまで遡れるのでしょうか。これも興味あることです。大伴家持が万葉集を締めくくる際に詠んだ年賀の歌をこの道の大家に教えられました。「新しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いやしけよごと」(・・・・今日降る雪の いやしけよごと = ・・・きょう降る雪のように もっと積もれよいこと、という意味) この大友家持よりも更に古く遡れて、年賀の紀元は、人間が自然神に対して持つ、祈り、感謝、決意の表明の儀式、あるいはそれらそのもの、に近づいて行くように思います。
- パソコン年賀状はこうした脈々と続いた日本の年賀状という表現文化を継承する力があるのでしょうか。国民こぞって使うにも不十分だし、中身もまだ未熟だと思いますが可能性、将来性はあると思います。逆に年賀状文化のパワーがパソコンをレベルアップさせる力もあると信じています。こんな気持ちからパソコン年賀状をウォッチして自分なりの考えが言えたらと思っています。6月と10月の年二回、さらにできればもう一度と年三、四回の更新を予定しています。
- あら横十郎と名乗らせていただきます。江東区に住んで約三十年になります。二十年程前から毎朝ジョギングをしております。荒川か横十間川を家内と汗を流す程度に走り、体操をして帰ります。時々遠くまで足を延ばして野球やサッカーを見ながら走ります。私のエネルギーは荒川と横十間川を動き回ることから得ており、ピッタリの名前だと思っています。
2.地元紹介
- 横十間川は、両脇が絶好の散歩コースです。猿江公園も含めて緑と水が豊富で、鳥が飛び泳ぐ魚も見えます。江東区もスッカリ綺麗になりました。傍にはサッカーJ1のFC東京の練習場があり、テレビでみる選手達も練習しています。
| 和船漕ぎ |
本格ボートの練習 |
カヌー漕ぎ |
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| 冬は日、水曜日に乗れる |
時々朝夕練習している |
春夏教室開催している |
- 都立城東高校もすぐ傍にあり毎朝その前の緑道を通ります。最初に甲子園に出場した時にはOBの長男達と一緒に甲子園まで出掛けました。今でも休みの日の練習試合は時々覗いています。

有り難うございました。
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